第81話 トムテのプレゼント


 煙突から顔を出したトムテと名乗った精霊は、するりと煙突から……暖炉から這い出して、暖炉の前に立ってパンパンと自らの赤い服を叩き始める。


 すると服にまとわりついていた煤や灰が舞い上がり……すぅっとまるで吸い込まれているかのように暖炉の方へと向かっていって、最初からそこにあったかのように音もなく暖炉の中に収まる。

 

 精霊の魔法、魔術とは全く別種の業を見てソフィア達が目を丸くする中、ふっくらとした樽のような腹を揺らしたトムテは、いつのまにか肩に担いでいた白い袋をユサッと揺らし……ゆっくりと床に置いて、その中に手を突っ込み始める。


「ユールのトムテは良い子の味方だ。

 これまで良い子で過ごしてきた子にだけ、プレゼントをあげちゃうぞ。

 ほれほれ、まずはソフィアちゃん……君はとっても良い子だったようだね」


 そう言ってトムテは白い袋の中から細長い木箱を取り出し、ソフィアの方へとぐっと差し出してくる。


 それを受けてソフィアはキャロラディッシュを見やり、キャロラディッシュが「受け取りなさい」とそう言って頷いたのを見て、トムテの側へと足を進め……。


「ありがとうございます、トムテさん」


 と、そう言って木箱を受け取る。


「さぁさぁ、開けてごらんなさい」


 それに対しトムテは満面の笑みでそう言って、ソフィアが言葉の通り木箱の蓋を開けると……中には一本の、上等な作りの羽ペンが収められていた。


「それはね、魔力をインクにする羽ペンだよ。

 魔力があればいくらでも文字を書けるから、頑張って勉強するようにね」


「あ……ありがとうございます……!」


 それは明らかに人間の手では作り出せないもので、キャロラディッシュの知識があっても仕組みを理解出来ないもので……ソフィアは驚きながらもそう言って目を輝かせる。


「次はマリィちゃんだ。マリィちゃんも良い子だったようだね……ほらプレゼントだよ」


 そう言ってトムテが白い袋から取り出したのは、小さな……マリィの両手の平程の大きさの白い袋だった。


「あ、ありがとうございます……」


 マリィがそう言いながらその袋を受け取って開封すると、中には可愛らしい赤い木の実の模様があしらわれた手袋が入っており……マリィが「わぁ」と声を上げながらその手袋を手に取ると、またも満面の笑みとなったトムテがその手袋が何であるかの説明をし始める。


「その手袋はあらゆる毒からマリィちゃんを守ってくれる手袋だよ。

 マリィちゃん達は色々なお薬の調合をするみたいだからね、それをつけていればお肌が荒れることも無いんじゃないかな」


 その説明を受けてマリィが今まで見たこともないような笑顔を浮かべて、その場でぴょんぴょんと跳ねて嬉しさを表現していると、トムテは満足そうに頷き……そして今度は屋敷中の猫達の名前を呼び始める。


 グレース、ヘンリー、ピーターなどなど。


 屋敷の外に居る猫達の名前まで口にしたトムテは……白い袋の底の方を摘んでばっさばっさと、白い袋を振り回す。


 すると暖炉の間にいた猫達の手の中に突如として木箱や袋や紙束の姿が現れ……どうやらそうやってトムテは全ての猫達にプレゼントを配ってみせたようだ。


「お次はアルバートちゃん、ロミィちゃん、シーちゃんの番だね。

 アルバートちゃんにはその刃の光で所持者と周囲の人々を守ってくれる短剣、ロミィちゃんにはその足で掴んだ物や人の重さに関わらず持ち上げて空を飛べるようになる足輪、シーちゃんには中に入れた花蜜がとっても甘くなって、病を癒やしてくれるようになる小瓶をあげようね」


 今度はそんなことを言って先程振り回したばかりの袋の中に手を突っ込むトムテ。

 

 すると白い袋の中からそれらの品々が姿を現して……アルバート、ロミィ、シーの順にそれらが配られていく。


 そうした品々はどれもこれも伝説にあるような、とんでもない力を秘めた品々で……このトムテという精霊は一体全体どうしてこんな品々を、この屋敷の住人達に配っているのだろうかとキャロラディッシュが髭を撫でながら訝しがっていると……キャロラディッシュの方を見やり、にっこりと笑ったトムテがゆっくりと口を開く。


「さぁ、最後はハルモアちゃんだ。

 ハルモアちゃんも今日まで良い子だったようだねぇ……さぁ、この魂の器をあげようじゃないか。

 君は特別だからね、二つもあげちゃうよ」


 そんな言葉にキャロラディッシュが……まさか自分までが対象だとは思いもしなかった白髭の老人が唖然としていると、トムテはロッキングチェアに腰掛けるキャロラディッシュの下までやってきて、優しく微笑み……そうしてから二つの、手のひら大の雫の形を模したガラス細工といったような何かを手渡してくる。


 唖然としたままそれを受け取ったキャロラディッシュが、両手でそれらを一つずつ握ってみると……見た目にはガラスのようだが、ガラスとは全く違った感触が手に伝わってきて……温かく柔らかく、なんとも言えないその手触りに、これは一体何で作られたどんな物なのだとキャロラディッシュが困惑していると、トムテが他と同様の説明を始める。


「それは名前の通り魂の器だよ。

 それには魂を込められるからね、正しく使うと良いよ」


「……ま、待て、それでは説明していないのと同じではないか!

 もっと分かるように……他の者達にしたような説明をしてくれても―――」


 トムテの説明を受けてキャロラディッシュがそんな言葉を返していると、微笑んだトムテは一言、


「説明なんかしなくても、君はもう分かっているはずだよ」


 と、そう言って……踵を返し、暖炉の方へと足を向けてしまう。


 そうして暖炉の中へと……煙突の中へと入っていって、


「バイバイ、またね」


 と、そんな言葉を残して何処かへと去っていくトムテ。


 その姿を見送ったキャロラディッシュは……もしかして、もしかしてこれはあそこで使うものなのかと思い至り……二つの魂の器を手にしたまま、何も言わずに暖炉の間から駆け出ていってしまうのだった。

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