第68話 宝石と琥珀


 妖精女王からキャロラディッシュ達へと贈られた三つの宝石。


 そのうちソフィアとマリィの宝石は、それぞれが肌見放さずもっている、ペンダントの隠し蓋の中へと納められることになった。


 ドラゴンに思う所があるらしい妖精女王の宝石とドラゴンの宝石を同じところに納めて良いものかという疑念はあったが……まだまだ幼い子供がいくつもペンダントやアクセサリーをしているのも問題あるだろうと、そういうことになった。


 そしてキャロラディッシュの宝石は……以前手に入れた琥珀と共に、キャロラディッシュの自室の机の上に鎮座してしまっていた。


 妖精女王がなんらかの想いがあって、考えがあって贈ってきた品だ、肌見放さず持っているべきなのだろうが……ソフィア達のようにペンダントというのもおかしいような気がして、今更この歳で指輪というのもどうかと思えてしまって、そうしてキャロラディッシュはそれらの宝石をどうすべきなのか、結論を出せずにいたのだ。


「旦那、アクセサリーの類が嫌だってんなら、もう杖にしちまったら良いんじゃねぇですか?

 杖の先端とか握り手にはめ込む感じで、本とかの挿絵でもよく見る、いかにもな魔法使いの杖って感じで……中々良い感じに似合うと思いやすがね」


 スプリガンと邂逅した日の夕方。

 キャロラディッシュが自室で、それらの宝石を見やりながらうんうんと悩んでいると……いつのまにか自室に入り込んできたらしい、職人猫のピーターがそんな言葉をかけてくる。


「……いつのまに入ってきたのだ。

 そして杖に宝石を付けるなどそんな真似、下品にも程があるだろうが」


 振り返らず、机の上を睨んだまま……自室の中央に佇んだままキャロラディッシュがそう言うと、ピーターはやれやれと頭を振ってから言葉を返す。


「職人からしてみりゃぁですね、旦那みたいにそこらで拾った枝をほぼそのまま、杖でごぜぇますって振るってる方が下品っていうか野蛮だと思いやすがね。

 職人の手を入れてしっかり加工して……それ相応の見栄えに整えてこそ権威ってもんが宿るってもんでさぁ。

 ……杖そのものにくっつけるのがどうしても嫌だってんなら、宝石をこう、金具の台座で固定してですね……その金具に紐を縛り付けて、その紐を杖の根本か先端に縛り付けるってのはどうですかい?

 杖を振るう度ゆらゆら揺れて、きらきら煌めいて……そりゃぁもう良い見栄えになること間違いなしですぜ」


 そう言ってぽんぽんと自らのエプロンを叩き……叩いた手をそっと差し出して、まるでそれが決定事項であるかのように、その宝石を渡してくれと態度で示してくるピーター。


 振り返って半目でその姿を見やったキャロラディッシュは……大きなため息を吐き出してから、机の上の琥珀と宝石を手に取り、落とさないように慎重に丁寧にピーターの手のひらへと乗せる。


「……それであればアクセサリーよりはマシであろうな。

 紐で縛るだけなら杖に合わせての付け替えも出来ようし……他に手も無いことだしな。

 ただし……琥珀は絶対に削らず台座の方の形を合わせること、琥珀も宝石も絶対に台座から外れないようにしっかりと固定すること。

 紐もまた切れたりしないようにしっかりとしたものを使い、ほどけたりしないようしっかりと結んでおくように」


 二つの宝石をしっかりと握ったピーターは、エプロンのポケットから白いハンカチを取り出して……それでもって琥珀と宝石をしっかりと包み、ポケットの中へとぐいと押し込む。


「へへへっ。

 了解でございやす、了解でございやす。

 ……んじゃぁ杖の方も、台座と宝石に相応しいものを、こっちで用意させて頂きやすね。

 旦那はヤドリギの枝が好きなんでしたっけ?

 アレは細くて加工し辛いんですが……ま、旦那のためだ、良い枝を探してきて、旦那に相応しい仕上がりになるように良い感じに整えさせていただきやす」


 ポケットの中に両手を入れたまま、無くしてしまわないようにしっかりとハンカチを握ったまま、そう言ったピーターはそそくさとその場を後にする。


「つ、杖は今あるので十分―――!」


 と、そうキャロラディッシュが声を上げたにも関わらず、聞こえていないのか聞こえていないフリをしているのか、工房へと駆けていくピーター。


 その背中を見送り、その気配が遠くにいってしまったのを魔力で感じ取ったキャロラディッシュは……魔術でもってピーターを制止すべきかと一瞬悩むが……ピーターに悪気は無いのだからと、渋々といった様子で頷き……どうにかこうにかといった様子でピーターの善意を受け入れることにする。


 キャロラディッシュとしては、手の込みすぎた杖は好みでは無いのだが……こうなっては致し方なし。

 ピーターがこれから仕上げてくれるだろう杖は肌見放さず持ち歩いて飾り杖のように扱い……今まで愛用してきたヤドリギの杖を普段遣い用というか懐にしまっておいて、魔術を使う時用、いざという時用として使おうことにしようと、そう心に決める。


 琥珀は側にあればそれで力を発揮してくれるし……宝石も、恐らくは持ち歩いていればそれで良いはずだ。


 ドラゴンの宝石の時と同様にキャロラディッシュなりに色々と調べてみたが、一体何の為の宝石なのか、どんな力があるのかは、判然とせずに……唯一感じ取れたのは、宝石に込められた妖精女王の善意と込められた言葉のみ。


『幼く未熟なあの子達に祝福あれ』


 “キャロラディッシュを含めた三人”に向けられたその言葉は、キャロラディッシュにとってなんとも受け入れがたいというか、不愉快というか、勘弁して欲しいものだったが……何しろ相手は妖精の女王だ。

 

 寿命や生命といったものを超越している存在だ。


 彼女にとってキャロラディッシュは、つい先日生まれたばかりの赤子でしかないのだろう。


 自分はもう生先短い老人であり、決して赤子ではないと、そう釈明したくとも、妖精女王に言葉を届ける方法など存在せず、会うことなど殊更不可能なことで……その言葉をただ受け入れることしか出来ないキャロラディッシュは、自室の窓から空を見上げながら……妖精女王がいるだろう、重ね世界に想いを馳せながら、大きなため息を吐き出すのだった。

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