第66話 スワッグ


 屋敷のサンルームはこの時期、あまり使われることがない。

 サンルームを使うまでもなく温かく、日光に溢れている中、陰ることのないサンルームに居続けてしまうと、夏の暑さに蒸し焼きにされてしまうからだ。


 本も片付けられ、大事な道具も布を被せるなり、箱にしまわれるなりして……秋の程よい時期が来るまでは換気と掃除を繰り返すだけの空間となる。


 ……と、そんなサンルームだったのだが、今年はマリィが来たことによって例年とは全く違う、色に溢れた華やかな光景が広がっていた。


 以前皆で摘んだハーブの数々、それらを綺麗に水で洗い、よく水を切り、根本を紐で縛り、その紐を長い棒に引っ掛けてぶら下げて……その棒をまるで干し竿のようにサンルームの中に吊るし、窓を開けて風通しを良くしておく。


 するとハーブがその形を崩すこと無く、腐れること無く綺麗に乾いてくれて……冬でも楽しめるドライハーブとなってくれる。


 ドライハーブとなったならそれをハーブティにしても良いし、料理に使っても良いし、香として焚く事もできるし……マリィが得意とする大陸の魔術に使うことも出来るという訳だ。


 サンルームには他にも何種類かの花々も干されていて……それらには毎日欠かすこと無く、マリィの手によって魔力が込められていた。


 逆さに干された花々の、花びらにそっと手を掲げ……呪文を唱えながら魔力を込めていく。

 そうやってゆっくりじっくり魔力を込めながら乾燥させていってドライフラワーにしたなら、それらを束ね組み合わせての魔除け花……スワッグ作りに使用されることになっている。




「病や臭気、呪詛に悪精、そういったものを防ぎ、浄化してくれるのが、す、スワッグです。

 魔力の込め方もそうですが、花の色とか種類とかにもよって効果が違って……あ、あと豊作の時はドライベジやドライフルーツも作ってこれに添えます。

 野菜と果物があると、み、見た目も華やかですし、効果にもちゃんと影響があります。

 ……病の気が特に強まる大陸の冬にはこれが必需品なんです」


 ある日の午後。

 食堂の中央のテーブルに、マリィが持ってきた大陸の魔術用の紋様のかかれた布を敷き、その上にいくつかのドライフラワーを並べ……それらを組み合わせながらそう言うマリィ。


 キャロラディッシュを含めた屋敷の面々を前にしての講義とあってか、その表情は凍りつき、動きはぎこちなく……これでもかと緊張してしまっている。


 大陸の魔術……魔具を使う魔術に関する知識はある。

 魔具そのものは勿論のこと、何冊かの文献も持っているし、何度か魔具を作る現場を目にしたこともあるのだが……それでもやはり専門家の知識にはかなわない。


 ソフィアに大陸の魔術を教えてやりたいという気持ちもあって、キャロラディッシュが講義をしてくれないかとマリィに頼むと、マリィはすっかりと仲良くなったソフィアと屋敷の皆が相手なら緊張することもないだろうと、快く了承してくれたのだが……それでもいざ皆を前にしてしまうと、どうしても……気心の知れた相手であっても緊張してしまうようだ。


「く、組み合わせ方が適当でも、雑に作ってしまっても効果はあるんですが……き、綺麗に作ると、より効果が高まるとされています。

 み、皆さんの良い視線が……綺麗だなって気持ちと、もっと見ていたいって気持ちが込められた視線が集まると、それだけ魔力が良いものになるって、お、おばあちゃんから教わりました。

 寝室とか、キッチンとか食堂とか……毎日目にするところに飾るものですから、効果のことがなくても、き、綺麗なものにしたいのは自然なことだと思います」


 皆の視線が集まる中そう言ってマリィは、緑の葉のついた枝を手に取ろうとするが……緊張のあまりそれを取り落してしまう。


 すると側に立てられた止り木で見守っていたロミィがばさりと飛び立ち、その枝が地面に落ちる前にクチバシでもってつかみ取り……テーブルの上にちょんと立ってからそっとマリィの手へと戻す。


「あ、ありがとう、ロミィ」


 そう言って「えへへ」とはにかんで笑ったマリィは、その枝をそっと布の上に置き……それを下地として色とりどりのドライフラワーを重ね置いていく。


 緑が下地、根本に黄色の小さな花、その上に白く花びらの大きな花が置かれ……一番上には連なる青い花を一房。


 そうやって組み合わせて見て眺めてみて……良い組み合わせになったかをよく見て、距離を置いてから再度見てみて……よく考える。


 良い出来になっているなと思ったならそのまま根本を紐で……乾燥させた草の蔓や柔らかな細木などで縛り上げる。


「く、崩れないように、落ちたりしないようにしっかり縛って……。

 縛りがあまかったり、上手く縛れなかったりしたら、樹液を塗ってくっつけちゃったりもします。

 おばあちゃんは縛るのが伝統だからそんなことするなって怒るけど……樹液にも魔力は込められるし、樹液を使った方が良い形になることもあるので、あたしは使っちゃいます。

 あと実は……透明度の高いガラス瓶にドライフラワーを入れて精油をたっぷりと入れて封をするって手もあったりします。

 ぜ、全然スワッグじゃないんだけども効果は同じで、精油のおかげで長持ちすることもあります……こっちもおばあちゃんに怒られちゃうんですけどね」


 縛り上げたドライフラワーの束を手に取り逆さにし……その出来具合と色具合をしげしげと眺めて確認しながらそう言って……「うん」と、頷くマリィ。


 どうやら満足行く出来になったらしいそれを、ロミィの止り木にぶら下げて……再度「うん」と頷くマリィ。


 それは最初からそこにかける為のものだったのだろう。

 自らの呼び声に応えてきてくれて、自らの側に居ることを良しとしてくれたロミィ。


 そんなロミィへの感謝の印と、ロミィが病におかされないようにとの気持ちを込めて作ったスワッグのことをじぃっと見つめたロミィは……その意図を理解して目を細め、テーブルから止り木へと戻り……スワッグの側に立って体を休める。


 すると綺麗にまとめられた良い見栄えのスワッグが、ロミィの羽根の色により一段と目を引くようになり……その光景を見てマリィはなんとも嬉しそうに微笑む。


 そしてそれをきっかけに、椅子に座って大人しく講義に耳を傾けていたソフィアが勢いよく立ち上がり……マリィの下へと駆け寄っていく。


 自分もスワッグを作ってみたい。

 こんなにも綺麗なスワッグを仕上げてみたい。


 そういった想いでその目をキラキラと……ギラギラと輝かすソフィアに、マリィは思わずたじろぐ。


 教えるのも良いし、一緒に作るのも良いし……元々そのつもりでいくらかのドライフラワーを用意していたのだが……ソフィアの勢いというか意欲があまりにも強すぎて、目をそらしたマリィはキャロラディッシュへと視線をやり、助けを求める。


 ……が、キャロラディッシュは今しがた聞き知ったことを手元の紙に書き記すのに夢中で、ペンを動かすのに忙しくて……マリィの視線に全く気付いてくれない。


「マリィ! マリィ! 私も、私もスワッグを作ってみたい!

 精油のことももっと教えて!!」


 両手を胸元に寄せてぐいぐいと迫りながらそう言ってくるソフィアに、マリィは仕方なく、どうにかこうにか頑張って視線を合わせながら……勇気を振り絞ってこくりと頷くのだった。

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