第29話 兵士と警備


「キャロット様、税についてはよく分かりました。

 では、もう一つの義務である軍の編成と出兵についてはどうされているのですか?」


 机の上の書類をじっと見つめていたソフィアからそう問われて、キャロラディッシュはこくりと頷く。


「当然、法に定められている通りに果たしておるとも。

 件の領地から希望者を募り、100名の軍を編成した上で、いつでも出兵出来るように備えておる。

 ……が、王宮からの命が下ったことは一度も無く、実際に出兵したことは一度も無いな。

 そんな状況にあることと、待遇がそれなりに良いのもあってか、兵長が勝手な判断で人員を増やしているようでな、今では130名程になっておるそうだ。

 ……だがまぁ、そのくらいの甘えはな、許してやっておる」


 そう言ってキャロラディッシュは、サインをしたばかりのとある書類をその指でトントンと叩く。


 その書類にはつい最近になってまた更に人員が増えたことと、人員を増やした理由として、病気などを理由に働き場の無い者達への救済であることが記されていて……書類の最後にそのことを認可するキャロラディッシュのサインが記されていた。


「救貧院は救貧院でしっかりと運営しておるのだがなぁ……。

 どうやら救貧院に行きにくい理由がある者や、脛に傷のある者達の掃き溜めとなっておるようだな。

 ……いくらでも金を出して貰えるからと、甘えに甘えて何十人も、あるいは何百人も人を集めるようであれば即時解散させるところだが、数年に数人のペースであれば、まぁ、許容できる範囲内ではある。

 兵長もそこら辺をよく理解しておるようでな、その思慮深さがあるうちは好きにさせてやるつもりだ」


 キャロラディッシュのその言葉に耳を傾けていたソフィア、マリィ、アルバートはそれぞれに複雑そうな表情を浮かべながら思慮を巡らせ……そのことを既に知っていたヘンリーはうんうんと頷く。


 それから少しの時が流れて、十分に思慮を巡らせたらしいソフィアが、ゆっくりと口を開く。


「キャロット様……この兵士達は遠方の地に居るのですよね?

 そうすると、このお屋敷……と言いますか、この一帯の警備とかはどうなっているのですか?」


 ソフィアのその言葉を受けて「ふぅむ」と唸ったキャロラディッシュは、自らの髭を一撫でしてから、一枚の白紙を机の中から取り出す。


 そしてそこに大雑把な地図を描き……描いた地図の各所を指で指し示しながら口を開く。


「ソフィア達もここに住む以上は警備のことが気にかかるだろうしな……今ここで教えておくとしよう。

 ……まずこれがこの辺りの地図で、この円の内側が儂の私有地となっておる。

 そしてこの屋敷がこの円の中心にあり……屋敷と工房と、畑と牧場がある以外はほぼ手付かずの平野となっておる。

 中々に広大であるこの平野をどう警備するのか……その答えは当然魔術ということになる」


 と、そう言ってキャロラディッシュは、私有地を示す円の内側に、もう一つの円を書き加える。


「まずは魔術結界だ。許可なきものを決して立ち入らせぬ強固なものとなっている。

 外に住まう者の中で許可を得ているのは、儂の親族と魔術協会の何人かと、ビルとお抱え商人達だけとなっていて……今は特例としてマリィの保護者である、あの婆さんにも許可を出している状態にあるな。

 これを力づくに破るには相応の魔術師を数十人は集める必要があり……そうやって破られた時の為に備えて……あー……いくつだったかはっきりとした数は忘れたが、様式の違う結界を何重にも重ねてある。

 確か50枚は確実で……100枚はいってない……はずだ」


 新たな結界の様式を思いつく度に張っていき、何十年もかけてそうして来た為に、張った本人ですらその全容を把握出来ていないという結界群。

 これだけでも警備として十分と言えるのだが、キャロラディッシュの説明は更に続いていく。


「それら全ての結界が突破された時のことを考えて、ここらに思う付くままに仕掛けた、いくつかの魔術的な罠がある。

 更に罠の周囲には人の接近を感知して起動するゴーレムが何十……いや、何百体だったかが設置されておるな。

 そうした魔術的仕掛けのある一帯を突破したならば、次に待っているのがロビン達の巣箱だ。

 空を自由に舞い飛ぶ事のできるロビン達からどうにか逃れたとして、その次には牧場の周囲を警備する猟犬達の鼻があり、牧場の世話をしている者達の目があり、そしてこの屋敷の周囲には猫達が昼夜を問わずうろついている訳だ」


 仮にそれら全てを突破したとして、最後に待っているのはこの国随一の魔術師であるキャロラディッシュ当人。


 何を目的とした侵入であれ、その達成はほぼ不可能と言って良い程に難しいものであり、仮に達成したとしても、全くもって割に合わない被害を受けることになるだろう。


 そうしたキャロラディッシュの説明が一段落したのを見て、静かに耳を傾けていたソフィアが、おずおずと声を上げる。


「……あの、キャロット様。

 なんだか物凄い警備網ですが、ここまでする必要はあるのですか……?

 こんな、まるで要塞みたいな一帯に侵入しようとする人なんて……」


 厳重過ぎる程に厳重で、あまりにも物々しい。

 そこまで労力と魔力をかける必要があるのか、もっと簡単なもので良いのではないか。


 そうした疑問から出て来たソフィアの言葉に、キャロラディッシュは大きく頷く。


「当然必要はあるとも。

 これだけしても尚、ここに侵入しようとするものは後を絶たず、毎年の恒例行事と言っても良い程だ。

 馬鹿な貴族共に盗賊共に……奴らにとって国内有数の資産家という肩書は、襲いかからずにはいられないものであるらしいな。

 今もちょうど、ほれ……馬鹿共がやってきたようだぞ」


 と、そんな言葉を返したキャロラディッシュは、杖を手に取り軽く振るう。


 すると、ソフィア達の目の前の空気が揺らぎ、揺らぎながら形を成していって……空中に鏡のようなものを作り出し、そこにある者達の姿を映し出す。


 杖を構える数十人の魔術師と、武装した数十人の兵士達と、騎乗した数十人の騎士達。

 そしてそれらを率いる、いかにも貴族といった格好をした者の姿を見てソフィアと、マリィと、アルバートは……それぞれに「まさか貴族がこんな馬鹿なことを……」と、そう言いたげな表情を浮かべるのだった。

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