中編「食事」
「いつもすいません。手料理まで御馳走になってしまって……」
「あら、いいのよ。竜司くん、美味しそうに食べてくれるから、私の方が嬉しいくらいだわ」
私の家の食卓で、彼がうちの母とそんな言葉を交わしたのは、公園デートから一ヶ月後くらいの出来事だった。
「それにしても……」
母は私と彼とを見比べて、
「竜司くんは、しっかりしてて、本当に大人びてるわねえ。うちの真奈美とは大違い。同い年とは思えないくらいで……」
と、頬に手を当てながら、大げさにハーッとため息をつく。
「真奈美ったら、高校生にもなって、料理の一つも出来ないんだから……。竜司くんだって本当なら、せっかく恋人の家に招かれた以上は、私みたいなオバサンじゃなくて、真奈美の手料理を食べたいでしょうに……」
「『オバサン』なんて下手な謙遜は、かえって嫌味になるのよ、ママ」
母の言葉を止めたくて、口を挟む私。
亡くなった父と母は
実際、竜司が初めて家に来た時も「真奈美って、お姉さんがいたのか?」と私に耳打ちしてきたくらいだった。
「そうですよ。こんな美味しい料理をいただいたら、『それより真奈美の手料理を食べたい』なんて、とても思えません」
と、竜司も、母を褒め称えるような発言をする。それも、お世辞でも何でもなく、本心からの言葉のように聞こえた。
「僕の家は両親が共働きで、いつも帰りが遅くて……。小さい頃から、いわゆる『おふくろの味』みたいなものを口にする機会がほとんどなかったので、こういうのはむしろ憧れの味です!」
彼が熱っぽく語るので、
「あらまあ。そこまで言われると、なんだか照れちゃうわね……」
母はまるで若い娘のように、少しモジモジした態度を見せる。
とはいえ、それもほんの一瞬。すぐに年相応に戻って、
「そういえば、竜司くん、前にも言ってたわね。夕飯は一人だから、自分で作ることが多いって」
「はい。今から自炊に慣れておくのも、大人になって家を出る時のことを考えれば、良い練習になると思っています」
「その言葉、うちの真奈美に聞かせてやりたいわねえ……」
「ちゃんとここで聞いてるわよ、ママ」
わざとらしい母の言葉に、律儀にツッコミを入れる私。母はそれをスルーして、
「本当に、真奈美こそ女の子なんだから、料理を覚えないといけないでしょうに……」
「今はそういう発言は性差別になるのよ、ママ。男でも女でも、料理はしたい者がすればいいの」
「そうですね。とりあえず今のところ、僕は料理のレパートリーを増やしたい、と思っていますし……」
さすが竜司は私の交際相手だ。この件に関しては、私に加勢する側の立場になってくれた。
「……今夜の料理だって、いや今夜だけでなくいつも御馳走になる手料理、作り方を覚えて帰りたいくらいです」
さすがに、そこまで言うのは言い過ぎだろう、と思ったのだが。
「あら、そう? じゃあ真奈美の代わりに、竜司くんが我が家の味付けをマスターしてくれる?」
「教えていただけるんですか? わあ、嬉しいなあ!」
竜司の顔に浮かんだのは、私とのデートでも見せたことがないくらいの、明るい笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます