第14話外伝~エリス~

私は夫とバルスが亡くなったと知らせを受けた時、しばらくの間呆然と立ち尽くしていた。


その胸中は、正直自分自身でもよくはわからなかった。


ただ、涙が溢れてくるのを止めることができなかった。


ああ……とりあえず私は、愛していた夫と、私を蔑ろにしてたバルスの死を悲しめているのだなと思った。


そしてどこかで、これでよかったのかも知れないという冷静な自分がいた。


もちろん、嬉しいという感情はなかった。


一度でも愛した男と、腹を痛めて産んだ子供ですもの。


ただあの2人がいることで、ユウマとエリカが酷い目にあっていたことを考えると、複雑な気持ちになる。


そんなことをぼんやりと考えたあと、私はランドと出会ったころを思い出していた。


あれは私がまだ16、ランドが17のときだった。


私は幼い頃、貴族である両親が事故で死亡してしまいました。


そして身寄りがなかったので、教会に引き取られました。


そして私は、そこでは大切に扱われながら修行を重ね、15の時このデュラン王国に派遣された。


この国に来た当時の私は、自分でいうのもなんだけどそれはそれはモテていた。


この国では珍しい銀髪に整った顔立ち、スタイルも良くて、当然といえば当然かもしれない。


自分で言ってて、恥ずかしくなってきた。


さらに恥ずかしいことに、上位の神聖術を使え教会に勤めていたことから、ついたあだ名が聖女だった。


ち、違うのよ!?自分ではそんなことちっとも思ってないのよ!?私は誰に言い訳してるのだろう・・


まあそんな私は、寄ってくる男達にウンザリしていた。


そんな時だった、ランドと出会ったのは。


私が食事をしていると、いつものように何人かの男達が話しかけてきた。


その方たちは下品な方々ではなかったので、護衛の方に追い払わなくて大丈夫ですよと言い、同席を許可した。


どうせ、この方達を追っ払ったところで次がくるだけですし。


だったら、まだまともそうな人のがマシですものね。


そして、その中にあの人はいた。


身長180ほどでそこそこ整った顔立ち、綺麗な黒髪黒目、引き締まった身体。


まあ、正直そこまでタイプではなかった。


しかし、他の男性が私に夢中なのに、あの人はこっちを一度も見ないので気になった。


それが新鮮で変わった人と思い、その日はそれで終わった。


そしてしばらく経ったある日、私は護衛の目を盗み街出かけた。


その帰りに、不覚にもタチの悪い人達に絡まれてしまいました。


私は禁術である、過剰回復による人体破壊をするしかないかと思っていたら、あの人は現れた。


相手は5人いたのに、1人で立ち回り1人も殺さず、自分は無傷で勝利した。


不覚にもカッコいいと思ったが、私がお礼をいうとあの人はこう言った。


おい、聖女だがなんだか知らないが、若い女がこんな時間に彷徨いてるんじゃねえよ。


そう言ったあとため息をつき、おまえは馬鹿なのか?と。


私は、男性にそのような口をきかれたことがなかったので、咄嗟に言葉が出なかった。


私が黙っていると、あの人は付いて来いと言って私を待たずに歩き出した。


私は悔しいけど大人しく付いて行き、教会の近くまで送ってもらった。


その帰り際に、俺が暇だったら連れてってやるからと言いました。


そして自分の住所を記した紙を渡し、こちらの返事も聞かず去って行きました。


私は、そのギャップにやられたのかもしれない。


あのひとのことが、気になりだしていた。


そして街に出るたびに、あの人は付いてきてくれた。


最初は会話もなかったが、徐々に心を開いてきて、いつも仏頂面なのにふと見せる笑顔に心を奪われた。


あのひともおまえは見た目と違って肝が据わってるなと言い、気に入った様子だった。


そんな私達が男女の関係になるのは、至極当然のことだった。


そして、私達は結婚した。


当時の教会は今ほど腐敗してなく、さらにこの国と仲良くしたいと思っていたらしいので、わりとすんなり許可は下りた。


あの人の家は準男爵家だけど上昇志向が高く、これから爵位が上がるだろうと見越してのことだった。


あの人のお家でも歓迎され、よくこんな無愛想な息子にこんな綺麗なお嫁さんと言われた。


その時のあの人の苦い顔ったら、今思い出しても笑えるわ。


そして、すぐに妊娠をした。


その間は、とにかく幸せだった。


お腹の子を慈しみながら夫の帰りを待ち、義弟であるシグルドが話相手やお世話をしたりしてくれた。


ふふ、あのころはシグルドも可愛かったわね。


そしてバルスが生まれた。皆が待望の長男と言うことで、お祭り騒ぎになった。


あの夫すら珍しく良くやった!ありがとうと言ってくれた。


私は、この幸せがずっと続くと思っていた。


しかし、その直後くらいに義母様が亡くなられた。


最後に息子と結婚してくれてありがとう、孫を抱かせてくれてありがとうと。


そしてあの子は見た目と違い、繊細な心の持ち主だからよく見てやっておくれと。


その時重く受け止めなかったことを、私は今でも後悔している。


それからは何事もなく過ぎ、22の時にユウマを出産した。


あの人が大層喜んでいたのを、今でも覚えている。バルスも弟が出来たと喜んでいた。


この子は銀髪でお前に似て、貴重な回復魔法を使えるだろう。


剣が得意なバルスと対立することなく、支えてくれるだろうと。


これには理由があり、攻撃系の武器と攻撃魔法両方の適性がある子はいるが、攻撃系の武器と神聖術の両方に適性のある子は滅多にいないからだ。


理由は解明されていないが、恐らく繊細な魔力コントロールを必要とする神聖術と、苛烈な攻撃を繰り出す攻撃系の武器とは相性が悪いのではと言われている。


そして、事件は起きた。


12歳になったシグルドが、25歳であるランドを模擬戦で打ち破ってしまったのだ。


これは本来なら、あり得ないことらしい。


青年期を終え身体の出来上がった夫と、まだ幼少期を終えたばかりのシグルドでは、どちらが勝つかなんかはわかりきったことのはずだった。


確かに素人の私から見ても、ここ一年くらいのシグルドの成長は眼を見張るものはあったけれども。


シグルドは身体的能力の不利を、有り余る才能で補ったようだ。


しかもシグルドは無邪気に喜び、兄上!次は本気だしてくださいね!と。


そして夫も、なにかの間違いだと思ったのだろう。もう一度模擬戦をした。


だが、結果は残酷なものだった。


さっきまでは互角だったのに、次はもうどう見てもシグルドの勝ちだった。


私達は才能の開花というのを、目の当たりにした。


そして、2人が模擬戦をすることは二度となかった。


そして、そこから歯車が狂い出した。


夫はあんなに可愛がっていたシグルドを避けるようになり、父が避けるからかバルスもあんなに懐いていたシグルドに近寄らなくなった。


そして病気に臥せっている義父に代わり、家のこと取り仕切るようになりだしたあたりから、徐々に使用人や私に強く当たるようになった。


しばらく経った後、義父が亡くなった。


葬儀を済ませ、しばらく経ったころ、寝ているユウマを抱いていた私をシグルドが訪ねてきた。


そしてシグルドが突然土下座をして、申し訳ないと謝ってきた。


俺が考えなしのクソガキだったせいで、家族の仲を壊してしまったと。


でも私は、シグルドを責めることはしなかった。


なぜなら、義母様に言われたことを思い出していたからだ。


あの人は、繊細で傷つきやすいと。


でも私は真に受けず、それを放置した。私にも責任があると。


するとシグルドは涙を流しながら、もし義姉さんの頼みがあれば俺はなんでもするからと。


だから私は、シグルドにとても懐いているユウマの頭を撫でながら、この子がもし困っていたら助けてあげてとお願いをした。


シグルドもユウマを撫でながら、ゴメンなユウマと言った。


そして、わかりました!何かあればおっしゃってくださいと。


そして、シグルドは家を出て行った。


私はまさか、この時言ったことがあとで役に立つとは考えもしていなかった。


そしてシグルドがいなくなったことで落ち着いたのか、以前の夫に戻りつつあった。


夫婦仲も良好になり、30の時にエリカを出産した。


初めての女の子ということもあり、夫も喜んでいた。


ただ難産だったのが原因か、私は神聖術をほとんど使うことが出来なくなっていた。


恐らく激痛の中、繊細なコントロールを要する神聖術を、無理に行使したからかもしれない。


でもそれ以外は、母子共に異常なかったのでそれだけで十分だった。


そしてちょうどそのころ、夫も今までの働きが身を結び男爵に昇格したところだった。


私は、元の夫と生活が帰ってきて良かったと思った。


ただ男爵になったことで、慣れない政治の駆け引きなどで疲弊していくのが心配だった。


そんなとき、また事件は起きた。


ユウマが8歳の時、剣の才能もあることが判明してしまった。


きっかけは、ひょんなことからだった。


ユウマと街を歩いていたら、前のほうから騒ぎがした。


そして強盗だー!誰か捕まえてくれー!と声がした。


女と子供とみて、安全だと思ったのか私達の方へ走ってきた。


すると、ユウマは私が害されると思ったのだろう。


母上!と私の前に立ち、貴族が服装の一部として持ち歩く刃のない剣を抜き、私には見えない早業で強盗を打ちのめした。


私は驚き、ユウマにいつ剣なんて習ったの?と聞いたら衝撃の答えが帰ってきた。


え?だって父上と兄上が、模擬戦してるの見てるからわかるよと。


私は万が一に備えて、ユウマに剣を握らせなかった。


しかし神聖術はしっかり教えていたので、夫とバルスの模擬戦の怪我を、練習として治していることを思い出した。


この子は、それを見ただけで再現してしまった。


素人の私でもわかる。それがどれほどのことか。


そこからは、もう坂道を転がり落ちるようだった。


通行人が沢山いたし、兵隊さんにどこの子だと聞かれ、答えないわけにはいかずミストル家のものですと。


そして家に帰ると、鬼の形相をした夫がいた。


ユウマは無邪気にお父様、僕お母様を守ったよ!と言い駆け出そうしたが、その夫の顔を見て、何か自分が間違ったことをしたのかと思い黙り込んだ。


すると、夫はお前もなのか!と怒鳴り散らした。


ユウマは、訳が分からず泣きそうな顔をしている。


でも、私にはわかってしまった。


夫が、ユウマをシグルドに重ねていること。


慣れない男爵の仕事で疲弊していたところに、この出来事が重なったことで夫の中のなにかが壊れたことを。


あとは特に語ることはなく、夫はユウマに冷たくし、バルスもそれを見て真似をしだした。


私は夫と話そうと思ったが、無視をされてばかりだった。


さらに夫は煩い私が嫌になったのか、浮気をして家族は崩壊寸前だった。


辛うじて崩壊しなかったのは、ユウマが色々察して我慢したことだろう。


あと末っ子である、可愛いエリカの存在が大きかった。


恐らくエリカがいなければ、とっくに崩壊していただろう。


本当に、エリカとユウマには申し訳ないと思う。


2人とも、こんな何もできない母を大好きといい、自分達は我慢をしてくれた。


ユウマに至っては、幼少期の頃に父や兄に可愛がられた記憶を無意識のうち忘れてしまったようだ。


でも、そんな日々もこれで終わりねと思うと複雑な気持ちになった。


私は涙を拭き、ユウマがくるだろうからきちんとしなくてはと思った。


ユウマ、ごめんなさい。


また貴方に、苦労をかけてしまうわね。


でもきっと貴方は、そんなことは思わないのでしょうね。


だって、本当に優しい子だもの。


私は母として、貴方に何をしてあげられるかしら?


私はそんなことを考えながら、静かにユウマを待っていた。


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