閑話 【コップコミック版&クラフトスキル1巻発売記念閑話】二人の創造者 後編
クラフトスキルが発動する感覚が体に伝わってきた。
よかった、ちゃんとスキルは発動する。
もしかしたらこの不思議な部屋ではスキルは使えないかもしれないと僅かに考えていたが、それは杞憂だったようだ。
「椅子が床から生えた!? それに机も!?」
実際には僕のクラフトスキルによって、椅子が二つと小さめの丸い天板の机がクラフトされただけだったが、どうやらシアンの目には椅子が突然床から生えてきたように見えたらしい。
僕はその新鮮なリアクションに気をよくしながら、出来上がった椅子の片方に腰を下ろす。
「スキルで作っただけさ。さぁ、座ってくれ」
後で考えれば、初めて会ったばかりの人間に周りにはなるべくバレないように隠してきたクラフトスキルを見せるなんてどうかしていたと思う。
だけれど、その時はそんなことは全く頭に浮かびはしなかった。
それは多分、突然身に降りかかったおかしな出来事に混乱していたせいなのだろう。
「そうですか。レスト殿の加護の力でしたか」
「加護? ああ、スキルのことを君の国では加護と呼ぶのか」
僕ら二人は椅子に座るとお互いのことを話し始めた。
話を聞くと僕はまだ領地に着いたばかりであるのに対し、彼はすでに領地で色々な結果を残していると知った。
年齢では僕の方が上だけれど、領主としては彼の方が先輩だ。
「君のスキル――加護も凄いじゃないか」
「レスト殿の力に比べたら全然です。ああ自分にも同じ加護があればもっと領地を豊かに出来るのに」
「そんなことはないさ。僕のスキルと違って君のスキルは魔力さえあれば素材がなくてもつくり出すことが出来るのだろう? 私のスキルは素材がなければ何も生み出せないからね」
彼の持つスキル……彼は加護と呼ぶが、それは手に出現させた杯から水を初めとした液体状の物質を、自らの魔力で生み出すことが出来るというものだった。
ものを作るというスキルという意味では、僕のクラフトスキルと似ている。
しかし素材を必要とするクラフトスキルと違い、彼の力はまさに無から有を生み出すに等しいとんでもない力だ。
だというのに彼は自分のその力に自信がないらしい。
「でも君の力のおかげで、領民たちが救われたんだろう? それは私の力では出来なかったことだよ」
川や湖に出向いて水を素材化して収納し、オアシスに流せば一時的に似たようなことなら可能だろう。
しかし、そのためには水を補充するために大量の水のある場所に通う必要がある。
それに海水と違い、淡水はそう大量に一度に手に入れることは出来ない。
なのでそんなことをずっと続けられはしないのだ。
だけれど彼の力であれば水を汲みに遠くまで出向く必要もなく、魔力の回復さえ待てば無限に水を生み出すことが出来るわけだ。
今いるような小さな拠点の水を補うことは出来ても、町一つを賄い続けることは僕には出来ない。
「それにその神具……だっけ? その神具の真の力はまだ解放されていないんだろう?」
「ええ、女神様はそうおっしゃってましたが」
「だったら君の力だって私の力と同じことが出来るようになるかもしれないだろ?」
僕の言葉にシアンは手にした聖杯を握る手に力を込めた。
そして俯かせていた顔を上げる。
その顔からは先ほどまでの自信のなさそうな表情は薄らぎ、希望の光が瞳にともっていた。
「君の力は間違いなく領民を幸せにしてきたはずだ。むしろ誇るべきだよ」
年上だからと偉そうなことをいってはいるが、僕は彼と違ってまだ領民すらいない。
領主としてみれば彼の方が遙かに立派で結果も残している。
彼を励ましているようにして、実際は自分自身を鼓舞しているだけなのかもしれないな。
「そうだ。先ほど聞いたけれど君のその聖杯を使えば美味しい紅茶を飲むことが出来るんだろ?」
「ラファムの紅茶のことですか?」
「そう、そのラファムの紅茶とかいうのを僕にも飲ませてくれないか?」
僕はシアンにそう告げると、机の上にティーカップを二つクラフトスキルを使ってつくり出す。
「その力、本当に便利ですね」
「確かに便利だけど、君の力と違って魔力だけでは何も造れないからね。どんな力も一長一短があるってことさ」
シアンがティーカップに紅茶を注ぐのを見ながら、僕は足を組み替える。
先に聞いていた通り、何も入っていないはずの杯から、琥珀色の液体が流れ出す。
とてもよい香りが白い部屋にただよう。
ただ湯気は出ていないのは、彼の力で出せるものは常温のものだけだからなのだろう。
しかし、いずれ聖杯の力が解放されていくとしたら、いつかは温かい紅茶も出せるようになるのかも。
「どうぞ」
「いただくよ」
僕はティーカップを手に取ると口元に近づけ香りを楽しむ。
アグニが淹れてくれる紅茶も王国の一流店に劣らないものではあったが、この紅茶の香りは更にその上を行くものに思える。
常温状態でこれなら、淹れたてならどれほどのものなのか。
「素晴らしい香りだ」
「でしょう?」
「出来れば家臣たちにも飲ませてやりたいが……」
そう呟きながら紅茶を素材化して持ち帰れないかスキルを発動してみる。
しかし――
「無理か」
「どうかしましたか?」
「いや、私のスキルでこの紅茶を素材化して収納出来ないかと思ったんだけどね。どうやら無理のようだ」
「そうでしたか。レスト殿のスキルも万能ではないのですね」
そのものを素材化出来ないのであればクラフとするしかないのだがそれも不可能だ。
クラフトするためにはこの紅茶を構成している素材を全て集め、更にその配合率や抽出するための知識も必要になる。
しかしシアンの聖杯は、そのものがどんな成分で作られているのか知らなくても、杯の中に入る液状物質であればほぼ全て複製可能と来ている。
どちらが上だ下だではないと僕は改めて思い、ティーカップに残っていた紅茶を一気に飲み干した。
「ん?」
その時だった。
シアンが突然立ち上がると後ろを向いた。
「どうした?」
「いえ、何か聞こえたような気がして」
彼が見つめる先にあるのは例の扉らしき長方形の筋が入った壁だった。
「ぼ……ま……き……い」
意識を集中すると、確かにその扉の方角から女性の声が聞こえ。
「ラファムの声だ」
「この紅茶のかい?」
「そうです。あの扉の向こうにいるのかもしれない」
シアンはそういうと扉らしき壁に掛けよっていく。
すると。
「これは」
「ドアノブだな」
確かに一瞬前には存在しなかったはずのその扉にドアノブがいつのまにか付いていたのだ。
「どうします?」
「どうするといわれてもな」
二人で開けて見るかどうしようか相談している間にも扉の向こうで彼を呼ぶラファムという女性の声がどんどん大きくなっていく。
そのおかげで彼女が何をいっているのかも聞き取れるようになった。
「坊ちゃま、起きてください。そろそろ準備をしませんと置いていかれますよ」
その言葉の意味する所は、つまり……。
「これはもしかして夢……だったのですか?」
どうやらこの扉の向こうではシアンが眠っているらしい。
つまり今俺たちが話しているこの場所は夢の中だということなのだろうか。
「……様……レスト様。そろそろ朝食の時間ですぞ」
混乱した僕の耳に、今度は背後にあるもう一つの扉から別の声が聞こえてきた。
「キエダ?」
慌ててその扉に駆け寄ると、今度はその扉にもドアノブが現れたではないか。
振り返った僕はそのことをシアンに告げる。
「もしかしたらですけど」
シアンは少しの間、思考を巡らせた後口を開いた。
「僕の夢とレスト殿の夢が繋がってしまった野ではないでしょうか?」
「そんなことあるのか?」
「さぁ。でもそんな加護……スキルがあってもおかしくないとは思いませんか?」
「だとすると私と君のどちらからその力に目覚めたということかい? 二つ以上のスキルを同時に使える人間族なんて聞いたことがないが」
「僕も複数の加護を持った人の話は知りませんね。だとすると誰か別の人の力に偶然巻き込まれたのかも」
お互いの扉の向こうから、それぞれが信頼する家臣が自らを呼ぶ声が大きくなる中、僕とシアンはお互い軽く肩をすくめた。
今、僕たちがやるべきことは原因究明ではない。
声音に心配を含ませ始めた家臣を……家族を安心させることだ。
「それじゃあ。また会えるかどうかはわからないけど、またな」
「はい。お互い頑張りましょう」
「お互い……か。そうだな、私も君のように沢山の領民を幸せに出来るように努力するよ。なんせ今はまだ一人も領民がいないんでな」
「えっ」
新しい領地が孤島で、新領主になり開拓を始めたのはシアンには伝えていた。
だが、まだその領地には領民が一人もいないことは伝えていなかったのである。
すでに多数の領民を幸せにしている彼の話を聞いて、そんなことは言い出せなかったからだ。
「というわけでシアン先輩に負けないように私……僕も立派な領主になるよう努力するよ。それじゃあ」
背後から戸惑いの気配を感じながら僕はドアノブを回し、思いっきり扉を開いた。
瞬間、目の前が真っ白な光に包まれたかと思うと――
「レスト様!! よかった。お目覚めになりましたか」
「キエ……ダ? ここは僕の部屋か」
「昨日出来たばかりで慣れてないのでしょうけど、間違いなく貴方様の部屋ですぞ」
「そっか、そうだったな。どうやら夢を見ていたようだ」
僕はゆっくりとベッドから起き上がると、つい先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。
だけれど、記憶の奥に伸ばした手が届く前にそれはどんどん消えていってしまう。
「どんな夢ですかな?」
そう尋ねるキエダに僕は唯一覚えていることを告げた。
「そうだな。とても美味しい紅茶をご馳走になった……そんな夢だったよ」
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真っ白な部屋の中。
突然その中空に丸い穴としか形容できないものが現れた。
「反応はここからでしたが……」
穴からひょっこりと顔を出したのは若い男であった。
町を歩けばすれ違う女性の十人の内十人全てが振り返るような整った顔立ちのその男は、穴から上半身だけ外に出しながら誰もいなくなった白い部屋の中を見回す。
顔を左右に動かす度に揺れる髪から突き出した長い耳を持つその男はエルフ族という種族であった。
森の民と呼ばれ、自然と共に生きる種族とよくいわれる彼らであったが、その男はそんな自然からはほど遠い服装をしている。
知る人が見ればそれがスーツと呼ばれるビジネスマンの装束だとわかったはずだ。
「山田さん、そろそろランデブーポイントに向かわないと間に合わないよ」
穴の中からもう一人の若者らしき声が彼――山田と呼ばれたエルフを急かした。
「うーん、確かに世界樹同士のゆらぎが計測されたのですがね。被害者もいなさそうですし戻りますか」
山田はそういうともう一度部屋の中に誰もいないことを確認してから、スーツに身を包んだその体を穴の中に沈めていった。
そして穴が現れた時と同じように一瞬で消え去ると、真っ白な部屋の中にはレストがクラフトした机と椅子、そしてティーカップだけが残されたのだった。
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