第66話 スペクタクルな光景に呆然としよう!
「な、なんだ」
「来ましたわね。レスト様、急いで登りましょう」
僕たちはその音から逃げるように高台に先に昇っていたヴァンとトアリウトに引き上げられるように昇った。
何が何やらわからないまま音の方へ振り返ったその瞬間だった。
ボガンと何かが破裂したような音と共に地響きが足下を揺らした。
「わわっ」
「大丈夫ですか?」
思わずふらついてしまった僕の肩に柔らかな手が添えられた。
どうやらそれはエストリアの手だったが、その時の僕はお礼を言うことも忘れて目の前で起こっているとんでもない現象に目を奪われていた。
「水が……吹き上がっている!?」
先ほどまで地獄まで続くかのような奈落の姿を見せていたあの大穴から、天井へ向けて大量の水が吹き上がっていたのだ。
先ほどの地鳴りと爆発音は、あの海水が一気に大穴を昇ってくる音だったらしい。
「間欠泉みたいですわよね」
予想外の出来事に混乱する僕の耳元に、落ち着いた優しい声が聞こえた。
その時になってやっと僕は自分の体を支えてくれているのがエルトリアだと気が付く。
「す、すみませんエストリア様。支えて貰って」
「ふふっ、気にしないでください。私も獣人族ですので力はありますの」
頭の上の可愛らしい二つの耳以外は可憐でか弱く見えるエストリア。
だが、やはりその体には獣人族の血が流れているのだろう。
地面の揺れでバランスをすぐに崩した僕と違い、彼女は全くふらつきもせず、それどころか僕の体を支えるまでしてくれていた。
「それにしても今のレスト様のお顔はなかなかユニークでしたわ」
耳元に小さな笑い声と共に届いたその言葉に僕は恥ずかしさで僅かに顔が熱くなるのを感じた。
「そんなにおかしな顔をしてましたか?」
「ええ。それにヴァンもあの水柱を初めて見た時は同じような顔をしてたので、それを思い出してしまって」
「あんなものを見たらそれは驚いて当然ですよ」
僕は彼女から少し離れる。
そして顔を両手でさすって表情を意識して戻した。
「もしかしてエルトリア様たちもあの間欠泉のように打ち上げられたのですか?」
僕は収まりつつある吹き上がった水を見ながらそう問いかける。
といってもあれだけの勢いで打ち上げられたら命が無事であるとは思えない。
でも獣人族の身体能力なら――そう考えたのだが。
「いいえ違いますわ」
「違う?」
「はい。私たちの時はもっとゆっくりと海面は上昇しましたの」
エルトリアが言うには自分たちの時は渦に巻き込まれた後ゆっくりとこの入り江まで運び込まれるように辿り着いたのだという。
「私たちの先祖も同じようにこの浜辺に辿り着いたと聞いている」
後ろから話を聞いていたのであろうトアリウトもそう答える。
話を聞くとどうやらあの穴の中の海水は急激に落ちた後に勢いよく吹き上がる時と、ゆっくり上下する時と様々な動きをするらしい。
「島の周りの海流か天候か色々な要素が相まってそんな現象が起こっているのかも知れませんな」
キエダがあごひげを撫でながら推測を述べる。
時に自然は人の考えを遙かに超えた不思議な現象を引き起こす。
キエダも冒険者時代に様々な土地を巡り様々な自然現象を見聞きしてきたと聞いている。
その冒険譚の一部は僕を寝かしつける時に寝物語として聞かされてもいた。
僕が貴族社会に嫌気がさして自由になりたいと思うようになった一因かもしれないが、そんなことを言うとキエダが気に病みそうなので言えない。
「完全に収まりましたな」
「ですわね」
僕たちの目の前には吹き上がった海水でぬれた砂浜が広がっていて、その先には最初に見た時と同じような入り江の海が出来上がっていた。
まだ少しだけ水面が揺れているが、先ほどの大スペクタクルの余韻はすでにそれだけになっている。
「そろそろ行こうぜ!」
そんな水面を眺めていた僕たちに、ヴァンのそんな声が掛かった。
振り返ると彼は既に大きな荷物を数個担いで洞窟の入り口の前で僕たちを待っている。
「そんなに慌てなくてもいいでしょうに」
「姉ちゃんはのんびりしすぎなんだよ」
「確かにそろそろ戻らないと長老たちも心配しているかもしれんな」
「ですな。早く帰って皆を安心させるべきですぞレスト様」
トアリウトとキエダはそう言うと自らも一つずつエストリアたちの荷物を持って洞窟へ向かっていく。
「それじゃあ僕たちも行きましょうかエストリア姫」
「ええ。でも『姫』はおやめください。私はもう国を捨てた身ですから。あと『様』付けも」
「……わかりました。それでは行きましょうかエストリアさん」
僕はそう言ってエストリアに片手を差し出す。
そしてその手に柔らかな手が重なったのを確認して握りしめると皆の後を追って洞窟へ向かうのだった。
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次話からの閑話について
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次話とその次の話は、このクラフトスキルと共に同じ月に発売した自著『水しか出ない神具【コップ】』のコミカライズ1巻発売記念ということで、2作品のコラボ短編となっております。
ですので興味のない読者様は、その二話を飛ばして先をお読み下さい。
特に本編に影響するような内容はありませんのでご安心を。
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