第36話 香水で聖獣様を助けよう!

「それじゃあ今から香水と薬のクラフトを始めるよ」


 ロマリーとミトミの群生地を回って、採取しても大丈夫な量を素材化した僕は、座り込んで待つ聖獣様の元に戻ると、早速香水と体質改善薬のクラフトに取りかかった。

 まず石の机を造ってから、香水と薬を入れるガラス瓶をその上にクラフトしていく。

 香水用に十個、薬用に三個。

 蓋はとりあえずコルク栓にしておいた。


「テリーヌ、どっちを先に造った方が良いかな?」

「そうですね、薬は即効性も無いですしまずは香水からお願いします」

「わかった」


 僕は脳内にテリーヌに教えてもらった香水のレシピを思い浮かべた。

 これでクラフトに必要な素材と必要量がわかる。


 次にその素材が僕の素材リスト、もしくは近くに存在するかどうかが自動的に検索されるのだが、この時に素材が足りない場合はどれくらい足りないのかが感覚的に伝わってくる。

 今回は既に全ての素材が揃っているので、僕はそのまま心の中でクラフトスキルを発動させれば香水は完成するのだけど。


「香水クラフト!」


 机の上に並べた香水瓶の上に手をかざし、僕はそう口にする。

 別に「クラフト」と言わなくてもスキルは発動できるのだけど気分の問題なのと、周りで見ている人たちへの合図のためにあえて・・・そう言うようにしているのだ。


「うわぁ」

「綺麗な色ですね」

「スーッとする良い香りが漂ってきましたぞ」

『何度見ても不思議な力よな』


 透明なガラス瓶の中に次々と現れる薄緑をした香水に、皆が声を上げた。

 野外で遮る木々も無い場所なので、日の光が降り注ぎガラス瓶の中の液体を輝かせる。


「蓋をしておきますね」


 テリーヌが机の上に並んだ香水瓶に、一つ残して全てコルク栓をした。

 そして残った一つを持って聖獣様の元に向かう。


「聖獣様、今からこの香水をお体にすり込ませて頂きますね」

『うむ、頼む。少しかがんだ方が良いか』


 聖獣様は背の部分がちょうどテリーヌの肩の高さだ。

 なので別にかがまなくても手は届くのだが、かがんで貰った方が塗りやすいと判断したのだろう。


「お願いします」

『優しく頼むぞ。特に角は敏感でな、その清らかな指で――』

「テリーヌ、コリトコにも手伝って貰いなよ」


 僕は聖獣様の言動が怪しくなりそうだったので、慌ててコリトコの背を押しながらそう提言する。

 あからさまに不満げな表情になった聖獣様だったが、コリトコが無邪気に「聖獣様、あっちも塗っていい?」と小首を傾げて頼み込むと渋々ながらそれを受け入れるしかなかったのだった。


「それじゃあコリトコ、手をこういう風に出して」

「はーい」


 手のひらでお椀を作る様に差し出したコリトコの手に、テリーヌが香水を垂らす。

 そして同じように自らの手にも垂らすと、一旦瓶を地面に置いてから両手を揉み込む様にする。


「こうやって手のひら一杯に香水を広げてから聖獣様の肌に擦り込む様に塗ってくださいね」

「うん! この水すっごく良い匂いだね」


 二人の手が聖獣様の体を撫で回し始める。


 ぬりぬり。

 ぬりぬり。


 手に着いた香水が薄くなる度に瓶から香水を手に付けてまた塗る。

 聖獣様の体全体に塗るとなると思ったより香水の消費量が多そうだ。


「もう少し追加しておくか」

「そうですな。あれでは直ぐに無くなってしまいますぞ」


 僕は追加で二十本ほどの香水をクラフトしておく。

 そして、香水を作った時と同じように、今度は体質改善薬をクラフトして瓶に詰める。


「テリーヌ。薬のほうも出来たけどどうする?」

「でしたら十粒ほど聖獣様に飲ませてあげてください」

「十粒で良いんだな」

「はい。毎日一回、十粒を一月ほど飲み続ければかなり効果が出るはずです」


 僕は一度閉めたコルク栓を抜いて、手のひらに十粒の薬を出す。

 そして水の入ったコップをクラフトすると、それを持って聖獣様の前に向かった。


「聖獣様、薬です」

『かたじけない、では口の中に入れてくれるか?』


 そう答えた聖獣様が開いた口の中に僕は錠剤を全て放り込んだ。


「水も入れますから、一緒に飲みこんでくださいね」

『あぐあぐ』


 無理に返事しようとしなくてもいいのにと思いながら、コップの水を口の中に入れると、聖獣様は口を閉じ一気に薬ごと飲み込んだ。


『少し苦いな』

「良薬は口に苦しって言うでしょ」

『それはお主の国の言葉か? まぁ、意味はわかるが――ん? 終わったのか?』

「はい、お体の方はこれで終わりです」


 どうやら香水の体への塗り込み作業も終わったようだ。

 のこるは首から上と角を残すのみ。


『それでは残りを頼む』

「それではレスト様、場所を変わって頂けますか」

「了解」

「あとコリトコのために踏み台を一つ作ってそこへ」

「踏み台? ああ、コリトコの背丈だと首を下げてもきついのか」


 僕はテリーヌの指示通りに踏み台を作ると、コリトコが早速上に登って聖獣様の顔に手を伸ばした。


『あまり動くと落ちるぞ』

「大丈夫だよ。さぁ聖獣様、頭を下げてくださーい」

『こ、こうか』


 コリトコの前でゆっくりと頭を下げていく聖獣様の横でテリーヌが香水をコリトコの手に付けている。

 そしてちょうど聖獣様の頭がコリトコの顔の辺りまで下げられると――


『んほぅっー!』


 コリトコが香水にまみれた両手で聖獣様の角を掴んだのであった。

 突然の刺激におかしな声を上げた聖獣様に驚いて、コリトコは慌てて手を離す。

 

「ご、ごめんなさい。痛かったですか?」


 どうやら強く握りすぎて、聖獣様が痛がったのだと思ったらしい。


『い、いや。突然角を握られて驚いただけだ』


 聖獣様はそう言い繕うと、隣に立つテリーヌに目線を向けて口を開く。


『乙女よ。お主が角に香水を塗ってくれるのでは無いのか?』

「はい。コリトコがどうしても聖獣様の大事な角は自分がやりたいと言うものですから」

『……そうか……コリトコよ』

「なあに? 聖獣様。あっち頑張るよ!」

『……ああ……優しく頼むぞ』


 純粋な少年のキラキラした瞳に見返され、彼はそう返事をするしか無かったのだった。

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