ドラゴン卵のたっぷり樽プリン
「というわけで
えっへんと自慢げにふんぞり返るジョセフィーヌだったが、その横でツッコミが次々と入ってきた。
「ジョセフィーヌお嬢様、色々と無事ではありません」
「ケインです、気が付いたら走る馬車に引っかかって引きずられていたケインです、ケインです……」
「まぁ、ある意味ジョセフィーヌさんだけは無事すぎるというか、筋トレの一環としてツヤツヤになったから良かったのでは? ドラゴンも山から出ると追ってきませんでしたし」
表情に変化は無いが呆れが声に出ているベルダンディー、トラウマになったのか膝を抱えながら震えている傷だらけのケイン、割とドラゴンを観察できて満足らしいグランツ。
彼らがいるのは、城の一階にある大きな厨房である。
ピカピカに磨かれた調理器具や、様々な食材が並んでいた。
そして厨房であるからして、普段の格好と違って四人はエプロンを装着している。
ジョセフィーヌはフリルの付いた可愛いピンク色のエプロン、ベルダンディーはフリルの付いた可愛いピンク色のエプロン、グランツはフリルの付いた可愛いピンク色の――
「……他のエプロンはないんですか?」
さすがに抵抗があるのか、グランツが聞いてきた。
「定期的に開催するお料理教室用のエプロンしか見つからなかったのですわ! ……ちょっとフリフリなのが気になりますが、まぁエプロンはエプロンですし」
「そうですね、たしかにエプロンの役割を果たせれば見た目は関係な……って、ケインさん。逃げないでください」
精神に負担が掛かりすぎたケインを捕まえながら、グランツはエプロンを強引に装着させていた。
そうしている内に、ベルダンディーが使う分の調理道具や調味料などをテキパキと用意していた。
「そういえば……」
「どうしました? グランツさん」
「初歩的な質問なのですが、プリンってどうやって作るんですか?」
「……た、卵を焼けばいいのでは?」
「しまった、ジョセフィーヌさんは脳まで筋肉で出来ているんだった」
「いやいや、そういうグランツさんだって、知らないじゃありませんこと!?」
「さすがに研究馬鹿のボクだって、玉子焼きとの違いくらいはわかりますよ……」
二人は何とも言えない表情で顔を見合わせ、行き当たりばったりすぎた計画をどうするか不安になっていた。
そんな中、調理道具の用意を終えたベルダンディーがやってきた。
「プリンは奥深いもので、様々なレシピがあります。ですが、スタンダードなものなら砂糖でカラメルを作り、卵を混ぜ、それらを蒸すという工程でしょうか」
「さすがわたくしの侍女、ベルダンディー!」
「……と、ドレッド様からレシピを頂いておりました。しかもドラゴン用にアレンジされたモノです」
「ドレッドさんに先読みされていましたの!?」
さっそく、レシピ通りにプリンを作ることにした。
ドラゴンの卵は巨大で普通のボウルには割り入れることができないのだが、そこは大量の料理を作る城の厨房だ。
数十人分の大きさのボウルも揃っていたので、そこにドラゴンの卵を入れて混ぜることにした。
ドラゴンの卵の殻や、その中身に興味があったケインは復活して、色々と観察し始める。
「これ、私が混ぜてみていいかい?」
「どうぞですわ」
両手で抱えるサイズの銀のボウルを目の前に、ゴクリと息を呑むケイン。
棍棒のような巨大泡立て器を使って、ドラゴンの卵を混ぜようとしたのだが――
「ぐ……ぬぬ……。凄い弾力でメチャクチャ力がいる……もうこれは硬いと表現すべきか……」
ドラゴンの卵は量もさることながら、白身が少なく、濃厚すぎる卵黄が人間の腕力では簡単にかき混ぜることができないのだ。
「はぁはぁ……ギブアップだ」
「バトンタッチですわね」
巨大泡立て器を受け取ったジョセフィーヌは、ボウルの中に精神を集中させた。
「はっ!!」
ギュオッと聞き慣れない機械音と間違いそうなモノが響いたかと思えば、ボウルの中に大海の渦潮にも負けないような流れが出来ていた。
普通に混ぜるのにも力が必要なドラゴンの卵をその状態にするには、ザッと計算して一瞬で数トンのパワーがいる。
それを混ぜ続けているジョセフィーヌは人間離れしすぎていた。
「すごいな……とてもボクたちじゃ真似できない芸当だ……」
「あら、皆さん必要だからここにいるんですわよ」
涼しげな顔で卵の攪拌が終わったジョセフィーヌが言った。
「ふむ、ボクが必要ということは……魔法か?」
「ええ、その通りですわ」
そこに大きな樽が運ばれてきた。
中身が入っていない、空っぽの木製樽。
酒場や市場などでよく見かけるアレだ。
「これはケインさんに作ってもらった特製の樽ですわ」
「樽なら普通のを使えば……」
「ふふふ、それはサプライズですわ、グランツさん。さぁ、これにベルダンディーが作ってくれていたカラメルを流し込んで……次にドラゴンの溶き卵をこしながら流し込みますわ!」
ちなみに卵への砂糖の投入量などはデリケートな作業なので、すでにベルダンディーが終わらせている。ジョセフィーヌだと力士が塩を投げる感覚で入れてしまうからだ。
「そして、蒸す!」
ジョセフィーヌはレシピをチラ見しながら、まるで自分が考えた料理かのような自信満々さで言い放った。
なるほど、とグランツ眺めていたが、その蒸す作業が一向に始まらない。
数分間、ドヤ顔のジョセフィーヌを眺めたあとに気が付いた。
「ああ、そうか。こんな巨大な樽を蒸す設備がないから、ボクが魔法で蒸すのか」
「その通りですわ!」
ビシッと指さしするジョセフィーヌ。
グランツは、やれやれ魔法をこんなことのために使うのか……という表情だが、さすがに今まで良いところが一つもないというのは格好が付かないので、樽用に魔法を構築する。
ただ炎を出すという単純な魔法ではなく、蒸すという結果に結びつけなければならないのだ。
火魔法、水魔法、風魔法を三重詠唱して長時間コントロールし続けなければならないという高度な技術が必要になる。
しかし、普通の魔法使いにできないようなことも、グランツにとっては朝飯前……いや、三時のおやつ前だ。
「ふふ、お任せください。魔法の料理をご覧に入れましょう――それっ!」
風魔法で樽を浮き上がらせると同時に透明な膜で包み込み、水魔法と火魔法を混合して蒸気を作り出していく。
きちんとコントロールされている証拠に、周囲はまったく熱くないのに中のプリンが徐々に固まって蒸し上がっていくのがわかる。
もちろん、温度計などを使わずとも手に取るように内部の熱さがわかるので、調理としても完璧だ。
「やった、ドラゴン卵のたっぷり樽プリン! 完成ですわ!」
こうして、何ともバカバカしくも途方もない伝説級のスィーツが誕生したのであった。
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