暗い仕事

 この聖都にも国直轄の治安維持組織、警察騎士団が常在していた。


 彼らは軍部とも独立した国の実働部隊であり、事故や事件の防止や捜査、解決を任務とする行政機関で、国に族しながらもその活動は中立を原則とし、貴族王族などからの圧力にも対抗しうるよう、末端まで爵位の最低位の『ナイト』を有していた。


 彼らが制服として支給、装備されている白い革の鎧は正義の証、子供が短に感じられるヒーロー像だった。


 そのイメージと、目の前の現実とのギャップに、リーアは苛立ちを隠せなかった。


 着崩した鎧、肩当ては外され、肩紐は雑な結び方、加えて無精髭、フケの溜まった髪、タバコ臭い息、激務で忙しいからとは言い訳できないだらしなさ、そんな中年警察官と警察署の会議室、事情聴取に苛立ちっぱなしだった。


「だから何度も繰り返してるでしょ! 妾の名前はリーア・ファーストフォリオよ!」


「だから何度も繰り返してるが、それはこの国の姫様のお名前なの。こっちが聞きたいのは本名なの。でなきゃ調書にできないの」


「本名言ってるの。そして妾が姫なの、なんど言ったらわかるのよ!」


「わかったわかった。それで、お父さんとお母さんからもらった名前の方は? そっちも聞きたいな」


「だーかーらー」


 机を挟んで互いに座り、そこから一番最初の『まずはお名前から』の段階から続く話の繋がらなさ、リーアの事情聴取は長々と続いていた。


 一応、名前を置いといて、と事の顛末は話し終わってはいた。なのでこれ以上話す必要性を感じないリーアに、中年警察官はしつこく姫ではない名前を訊ねるのだった。


 そこへノック、一礼と共に入ってきたのは若手の警察官、素早く中年の横に着くと耳打ち、頷かれるとまた一礼して出て行った。


「あーあれだ、もう聴取の必要なくなっちゃったや」


 そう言って中年警察官は書いてた紙を束ねて片付け始める。


「何よそれ、どういうことよ」


「そりゃあ、おたくらの話に裏が取れたんだよ」


 リーアの問いに、これまでの聴取である程度性格を理解した中年警察官はこっちの方が早く終われると判断したらしかった。


「まずあの入居者たち。通報通りバッチリ吸血鬼だったよ。なんか言ってた推理通り、過去に噛まれた人がおったそうで、そこから施設内感染、広がってたらしい」


「それで規模は? 犠牲者は?」


「今んとこわかってるのは、これ以上出るとも思えないが、吸血鬼になった入居者と、あとあそこで働いてた若い男女、だけらしいね」


「外部に広がってないの? ボランティアの人たちとかは?」


「あーないない。そもそもここが聖都で、善行が見られやすいからってなんでもかんでもやってるわけじゃないんだよ。善行にも人気格差があって、一番は子供相手、次が異性相手の軽いやつ、そこから年齢が上がる度に人気が下がって、老人相手なんてやってるのは国ぐらいだよ。それこそ、あの男女みたいにね」


「やっぱりあの二人、職員だったのね。それで吸われてた。じゃあ何、二人は吸血鬼に操られてたの?」


「違う、訳でもないか。あの二人、今は医療施設入ってるけど、言うには吸血鬼だとは思わなかった。ただ噛まれて血を吸った後だと大人しくなるから、慢性的に噛まれてた、そうだ」


「何よそれ?」


「言った通りだと思うよ。老人ホームに入れられる老人なんて面倒くさくて家族でさえ持て余すような人たちだから、それが他人が、複数一気に面倒見るとなれば、間違っていても楽な道を選ぶさ。それに過労で正常な判断もできてなかったっぽいしからなぁ。まぁ介護士の資格は剥奪されるだろうけど、執行猶予まで責められるかどうか難しいな」


「……そう」


「それより問題は残された入居者だよ。資格はく奪で人員枯渇、面倒見るやついなくなったからな。他の施設探さなきゃならないんだが、こいつは警察の仕事じゃないからな」


「え? 資格剥奪って、二人だけじゃない。それに入居者も減るわけだからあの施設そのまま続ければ良いだけじゃないの?」


「だから人がいないんだって。あそこの職員、あの二人だけなんだよ。この業界は人手不足だからね」


「は? なんでよ。福祉系手厚くするために職員の最低賃金上げたじゃないの? それで人が集まらないわけがないじゃない」


「そりゃあ、机上の空論ってやつだよ」


 リーアの言葉に、中年警察官は苦い笑みを浮かべる。


「確かに最低賃金は上がった。だけども出す予算は同じだ。だったら人数絞るしかないんだよ。四人を三人に、三人を二人に、ただでさえ人気のない職場が過酷になっていく。賢いやつは逃げ出し、優秀な奴は引き抜かれ、疑問を持たないか義務感に縛られた奴だけが残って何も変わらない。お宅らが介入しなくともすぐさま限界がきて崩壊してたさ。それより死人が少なくてマシ、だといいんだがなぁ」


 ぼやきながら調書を片付け始める。


「まぁ子供が知るには早すぎる現実だ。今は夢と希望だけ見てればいい。帰っていいよ」


「何でよ。伝わっては無いにしろ調書は大事でしょ。しっかりやりなさいよ」


「いやぁ、それでもこっちは残業代出るから構わないが、バッチリ証人になっちゃうとこの後裁判とか色々面倒になっちゃうよ? 今回は相手側も自白してるし、証拠揃ってるし、余計な手間かけないで経費削減狙ってたんだけど、どうする?」


 こう言われ、腹の中に納得しかねないものを抱えながらも、リーアは席を立った。


 促されるまま外に出て廊下、込み合う所内、数多の警察官とそれ以外の中、見覚えのある四人が目立っていた。


 ケルズス、背後から羽交い絞めにして押さえている。


 ダン、両手の指を突っ込み口を無理やり開いている。


 マルク、顔をしかめながら口の中に指を突っ込んでいる。


 三人の中心に、あのしわくちゃの老人がいた。


 開かれた口、歯のない中から、マルクの白い指が掴んで引きずり出された黒はトーチャだった。


 げぽっ!


 下品な音と共に飛び出し、飛び立つトーチャは涎を滴らせながらふらふらと老人から離れていく。


 それをなお追いかけようとする老人を、ケルズスとダンが二人掛りで押さえている。


「何よ。まだ遊んでるの」


 リーアの一言、トーチャが憤怒の表情で何かを言いかけるも押し黙り、代わりに発熱しながら離れていく。


「あなたを待っていたんですよ。色々とね」


 マルク、手首の出血は治まってるらしいけれど、疲れた表情、涎ベトベトの指を持て余していた。


「その人何? ちゃんと返してきなさいよね」


「なぁに言ってやがるお嬢ちゃん、これが目的だろ?」


「これって?」


 ケルズスに言われてしばし考えるリーア、そして思いあたって、だけども否定した。


「違うわよ。この人、枢機卿様じゃないわよ」


「いや、本人に間違いない、らしい」


 それを更にダンが否定する。


「ここの警察が調べた結果だ。指紋、魔力、書類、裏はとれたと聴いている。別人なら、この警察の落ち度だろう」


「そんな!」


 更に更に否定しようとして、リーアは止めた。


 代わりに改めて老人の前に立ち、顔をしげしげと見る。


 ……やっぱり、違うと思う。


 前に、最後にあったのは三年前、引退のセレモニー、豪華な衣装に盛大なお祭り、洗礼をしてもらったリーアも参加して、ちゃんと挨拶もかわしていた。


 そのころに比べると、もっと皺が無くて、歯もあって、元気だった。


 信じられないリーアの顔、それをやっと見つけた老人は、皺の中から目を捻り出し、それからとろけるような笑顔を見せた。


「これはこれは姫様、今日のミサは面白かったでしょ?」


 この一言に、ぱぁっとリーアの表情が明るくなる。


 そしてどうよとの表情を、男らに見せつけた。


「……それに女王様も、相変わらずお美しい」


 余計な一言、老人、枢機卿様、余計な一言、向けたの振り返った先、羽交い絞めにしていた、よりにもよってのケルズスにだった。


「相変わらず母娘おやこ揃ってお美しい。これも信仰心のなせるものですな」


「あ、あぁ」


 ケルズス、引いてるのか言葉に詰まる。


 ダン、笑いをこらえている。


 マルク、気の毒そうにリーアの方を叩く。


「お気の毒ですが」


「何よ! わかってるわよ!」


 証明一つを失い、吸血鬼事件もすっきりしない終わり、何より知ってたはずの人のあまりな変化に、リーアは耐えるのがやっとだった。


 お風呂に入ろう。それからいっぱい食べよう。ウマイモは減らしてお豆を食べよう。


 現実逃避に近い今夜の予定を思い浮かべてる中、なんとも言えない空気に緩んだ拘束、枢機卿がするりと抜け出し、駆けだした先にはトーチャがいた。


 奇襲からの口、右手、左足、連続攻撃を慣れ切ったトーチャは軽々とかわして距離を離す。


 そこへ、かーっぺ、タンが履きかけられベトリと命中、怯んだところにグワリといった。


 …………今度は四人がかりで引っ張り出した。

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