第95話 ニムルド修理

 ニムルドの全長は80mもある。これを直すための場所を確保するのは大変だった。

今このズイオウ租借地の平地は、ほぼ全てが街として整備されたか整備計画で使用目的が決まっているかだった。

これだけの巨大な物体を置ける場所なんて、もうズイオウ山の山腹斜面しか残っていない。

となるとやることは一つ。

森の木を伐採し、斜面を削って台地を作るしかない。

削られた山側の崖は崩れたりしないように強化もしなければならない。

豪雨で土砂災害なんて大惨事を起こすわけにはいかない。

こういった自然に対して人が手を入れたところから災害が起こってはならないのだ。


 土魔法で斜面を削ると崖の法面を固めて強化魔法をかける。

この時水抜きの穴を開けておかないと強化された向こう側に水が溜まって法面ごと崩れることがある。

台地となった水平面も大重量に耐えられるように、表面だけでなく地下深くまで固めておく。

簡単なようで手間のかかる面倒な作業だった。


 出来た台地にニムルドの残骸をインベントリから出す。

街から見上げる場所にあるから目立つ目立つ。

憎き北の帝国の陸上戦艦を被害者である国民の目に晒すのはどうかと思ったけど、破壊された残骸であったため、国民には殊の外喜ばれてしまった。


「うちの国王は北の帝国の最強兵器を破壊できるんだ!」


 俺の株まで上がっていた。

サラーナとアイリーンは撃破の瞬間を見ていたので、国民に対して鼻高々でその時のことを話している。

その場にはなぜか屋台が現れて飲み物や食べ物が売られ、お祭りが始まってしまったぐらい盛り上がった。

これを直して運用するんだけど大丈夫かな?


 ニムルドの残骸は魔導砲に撃たれて開いた大穴で二つに折れている。

その大穴以外はほぼ原形をとどめている。

ニムルドは、ひっくり返ったボートの底に上部構造物が乗っているような形だ。

別の言い方だと長ーいアイロンか?

上部構造物は3階建てぐらいの艦橋とその前方に魔導砲塔単装1基、後方の甲板に貨物用のコンテナが設置されているといった感じだ。

魔導砲塔は元々壊れていたらしくただのオブジェと化していたようだ。

内部にある重力制御機関は二基とも壊れていたが、魔導機関が生きていたのは幸運だった。

あの大爆発は重力制御機関が破壊されたため、魔力ストレージに溜まっていた魔力が放出され爆発したものらしい。

魔力バーストと呼ばれる現象と同じ原理だろう。

そのため魔導砲の直撃で1基、魔力爆発のダメージで2基目の重力制御機関が破壊されたようだ。

艦体のダメージは思ったより少なかった。

中甲板では火薬砲の炸薬が誘爆していたのだが、火薬砲の破壊と乗組員を死に至らしめた以外はほぼ無傷と言って良かった。

乗組員の死因は炸薬の誘爆による爆死と爆発による酸欠死、艦の墜落による墜落死のようだ。

さすが何百年も生き残っていた古代の遺跡、頑丈なため機材は思ったより壊れていない。

これは魔法により状態保存がかけられているかららしい。

そこに魔導機関が空気中の魔素から魔力を抽出して供給するため、魔導機関さえ無事ならば永久に状態保存が効いているのだ。

キルトタルは魔導機関がスクラムしていたが、高出力が出せないだけで魔力ストレージにはジワジワと微量ながら魔力が溜まり続けていた。

そのおかげで状態保存が効き、何百年も姿を保っていたのだ。


 さて修理だが、基本的にユニット構造になっているおかげで破壊カ所ごとユニット交換が可能になっていた。

重力制御機関をユニットごと『レビテーション』で持ち上げて抜きだし、錬成で修理を試みる。

重力制御機関は生きている実物をキルトタルで見て来たので錬成出来ると期待している。

一基はほぼ完品の残骸を材料にしているので、魔力も少なく錬成できた。

二基目の錬成に移る。これは残骸をかき集めても元の半分も残っていない。

魔導砲により半分以上が塵となっていたのだ。

これも時間がかかったが錬成できた。

手元に材料が無い場合、魔力によりどこからか補充されて錬成されるため、余計に魔力が必要かつ時間がかかるということだった。


 重力制御機関のユニットにはエネルギー伝送管もついていて、これを魔力ストレージのコネクタにに繋げれば修理完了だ。

これらを定位置に配置したうえで、艦内部の構造材や外殻の装甲をお得意の謎装甲物質で作り上げる。

これは塀などの構築に何度も使っていた構造材なので、イメージ通りにサクっと錬成できた。

思った以上に早く直せてしまった。生産の極の力、半端ないわ。

むしろ崖の法面工事の方が手間がかかっていた気がする。


 あとは。最後の仕上げだな。

俺はキルトタルの電脳と通じているモバイル端末を持って艦橋に上がる。

そこには、キルトタルと同じようなシステムコンソールがあった。

モバイル端末からキルトタルの電脳の声が聞こえる。


『優先コード送信。管理者権限の書き換えシーケンスに入ります』


 モバイル端末がニムルドのシステムに干渉をはじめ、コンソールのパネルが光の点滅を始める。


『管理者登録をお願いします』


 俺が手のひらをパネルにあてると魔力パターンがスキャンされる。

手の甲に紋章が浮かぶとニムルドのシステムコンソールの色が変わり男性声のメッセージが発せられた。

ちなみにキルトタルの電脳の音声は女性声だ。


『管理者クランドを上位権限保有者と確認。

現状の管理権限を解除。

本艦ニムルドは管理者クランドを最上位管理者と認めます』


 どうやら無事に管理権限が俺に委譲されたようだ。

これで北の帝国の奴らにこの艦が利用されることは無いだろう。


『システムコマンド、セルフチェック開始』


 俺はニムルドの修理状況を確認するためセルフチェックを命じた。


『セルフチェック起動。

制御システム異常なし。

魔導機関異常なし。

魔力ストレージ異常なし。

重力制御機関1番異常なし。

重力制御機関2番異常なし。

重力傾斜装置異常なし。

第一魔導砲塔エラー。

武器制御システムエラー。

魔導通信機エラー。

魔導レーダーエラー。

魔導障壁展開装置異常なし。

セルフチェック終了。

武器使用不能、ただし航行に支障なし』


 おお、重力制御機関の修理は完璧だな。

航行に支障なしということは輸送艦としては使えるということだな。

魔導通信機と魔導レーダーはキルトタルの実物を見れば修理出来るだろう。

いや、キルトタルと同じうようにアンテナを設置すれば直るのかもしれない。

ここは200番代ゴーレムを派遣して修理させよう。


『魔力ストレージに魔力が足りません。

魔導機関の緊急停止を解除してください』


 ああ、これは魔導機関まで直接行かないとならないあれだ。

今回は艦が傾いていないので普通に歩いていけるから楽だわ。

とりあえずゴーレムの派遣が先だろうな。



 キルトタルの電脳の指示で予備部品を持った200番代ゴーレムが派遣され魔導レーダーと魔導通信機が直った。

俺も魔導機関まで出向き、管理者として緊急停止を解除し魔導機関を再起動した。

これでこの艦は第13ドックまで自動でも航行できる。

艦の名前はニムルドのままだとあれなので、新しく名前を付けた。

艦名は『ルナワルド』、ルナトークの大地という意味だそうだ。

命名はアイリーン。

今まで農園の艦の方をキルトタルと命名して運用していたため、バランスが取れて良かった。

だが、これだとザールの民からクレームが出そうだと心配したのだが、次はザールの艦を手に入れてくれるだろうと逆に盛り上がっていた。

どうやら俺は陸上戦艦をあともう1艦手に入れなければならないようだ。


 それと、リーンワース王国の領土を通らないとならないので、王国に話を通さなければならない。

キルトタルの時は勝手に通行したが、さすがに友好国となったからには通告する義務があるだろう。

通行の交渉はリーンクロス公爵の爺さんにすればいいだろうか。

それと、北の帝国の陸上戦艦と誤解されて攻撃されないように識別マークが必要だな。

そう、ズイオウ領のマーク、いやキルト=ルナトーク=ザールの国旗が必要になったのだ。

横長の長方形を下は大地の緑、上は空の青で二つに分け、その真ん中に3本の剣が正三角形に重なった意匠の旗。

デザインはシャーロがした。これがこの国の旗となった。

この「三国の難民の集合体が一つの国に纏まるんだ」という共通認識が、ここに生まれた瞬間だった。

ルナワルドは、その国旗を艦首と艦尾にはためかせ、左右の舷側にも大きくペイントした。

中世レベルでそんな塗料があるのかって話だけど、生産の極でペンキを錬成しただけなのだ。

その雄姿に国民の皆がこの艦を誇らしげに見上げていた。


 乗組員は俺と騎士団から30名に200番代ゴーレムと700番代ゴーレムが10機ずつ。

武装は蒸気砲と重力加速砲を装備した。これもゴーレムで各20機。

俺が行くことになったのは、第13ドックの使用権限は俺が行かないと認められないだろうという懸念があったからだ。

それと、ルナワルドの艦首甲板でみつかった魔法陣が転移の魔法陣であり、キルトタルにも同様のものが地中からみつかった。

この魔法陣に向けて転移が可能だと発覚したのだ。

これはマーカーのようなもので、転移魔法が使えないと意味がないのだが、俺は転移魔法が使えるので、いつでも行き来できるとわかったのだ。

これは艦が移動中で位置が変わったとしても有効なので、俺はキルトタルとルナワルドを行ったり来たりするつもりなのだ。


 200番代ゴーレムは諸々の雑務をしてもらう。

700番代ゴーレムは荷役作業と航行中の防衛を担う。

さすがに無人だと対人交渉とかが困るので騎士団にも行ってもらう。

内訳はキルトから5名、リーンワースから15名、ザールから10名だ。

キルトの5名はワイバーン騎兵だ。隊長はニル。

リーンワースからはティアンナが騎士団長として参加する。

ザールは傭兵騎士。ミーナを隊長にしようとしたら逃げられた。

農園での生活が良いらしい。

ミーナが来るなら戦闘機を載せようと思っていたのに残念だ。


 その30名に俺を加えた計31名で第13ドックを目指す。

ドックでルナワルドの整備を行い、キルトタルの修理部品を受領して後甲板に乗せて運ぶ。

片道2190km、往復4380kmの旅だ。

リーンワース王国には迷惑がかかるが、時速40kmを昼夜通して出せれば2日ちょっとで到着し同じ日程で帰って来れる。

現地でどれだけ足止めされるかはわからないけど、2週間はかからないだろう。

この中世に毛が生えた程度の文明世界で、北の帝国にはこの機動力と火力を戦争で使われたんだ。

そりゃ対抗手段を持たなければ国が亡ぶわ。

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