第82話 戦闘奴隷解放1

 ルドヴェガース防衛戦はリーンワース王国の大勝利に終わった。

特に陸上戦艦を落としたという戦果は、これまでに例の無い――ニムルド撃沈は非公式であり未確認のためカウントされていない――大偉業だった。

ガイアベザル帝国軍は撤退も出来ずに壊滅した。

それは陸上戦艦の力を過信していたことと、主戦力の戦闘奴隷を人間の盾にしての撤退作戦を想定していたため、その二つが機能しなくなったがための結果だった。


「ブラハード将軍、戦闘奴隷に手を出さないように王国軍の兵には徹底していただきたい。

この勝利、我が国の武器援助なくして得られなかったこと、にも拘らず我々に危害を加えようとした者がいたことを肝に銘じて欲しい」


 俺は先ほどのユージェフのような痴れ者が現れないようにと釘を刺した。


「申し訳ない。改めて謝罪させて欲しい。

わが命に賭けて徹底させもらうつもりだ」


 ブラハード将軍は俺たちに謝罪しつつ兵に指示を出した。

その顔は鬼気迫るものがあり、兵たちへの厳罰も辞さないと徹底を厳命していた。

これによりこれ以上の戦争奴隷への虐殺行為は無くなってくれると思われた。


 城壁の外にはグミ弾で無力化された戦闘奴隷が倒れている。

戦闘奴隷たちは、隷属魔法で縛られているが、その大人数を制御するために比較的緩い隷属だったため、既に帝国の縛りからは半分抜け出していた。

彼らは骨折や打撲を負っているが、死んではいないという状態で横たわっている者が大半だ。

だが、中には無傷で生き残り、この後どうしたら良いのかわからず、督戦隊の恐怖からか城壁に突撃しようかとする者や、虐殺の恐怖から武器を手放さない者がいた。

この世界、特に帝国では戦闘後の生き残りや怪我人の戦闘奴隷を、物資の無駄だとして、止めを刺して回ることも多々あるのだ。

戦争に負けても同じで、捕虜となったとしても捕虜虐殺を禁じる国際法はなかった。


「あの連中、危険だな。おそらくこのままでは虐殺されると思っていそうだ」


 俺が不穏な動きをする集団を見つけて指を差して示すと、リーゼがその者たちを確認し城壁の上に身を乗り出した。


「皆の者聞け! わたくしはルナトーク王国の将軍リーゼロッテ=フォン=シュタインベッカーだ。

今、わたくしはルナトーク王国第一王女アイリーン=ルナトーク=ササキ妃の下、ルナトーク亡命政権の将軍をしている」


 リーゼは【拡声】の魔法を使って戦闘奴隷たちに話しかけた。

その声が全ての戦闘奴隷たちに伝わるようにと一呼吸置く。

その間を使ってリーゼは俺を城壁の上に引っ張り上げた。


「そして、このお方がアイリーン王女の夫であり、現ルナトーク王のクランド=ルナトーク=キルト=ササキ陛下である!

北の帝国を退け、皆の者が怪我のみで助かったのは陛下のおかげである。

今から陛下がその傷を治し奴隷からも解放してくださる。

武器を捨て素直に投稿せよ!

新しいルナトーク王国の民として我らと共に生きよ!」


 リーゼが俺に目配せをして来る。

あれか、俺にも何か言えってことか?


「アイリーン王女を妻に娶ったことで王として祭り上げられてしまったクランドだ。

俺の目標は北の帝国に奪われた王国の民の解放と、出来れば奪われた国土の奪還だ。

ここで投降したからといって、兵となって戦えということではない。

王国の民として国を支えてくれるだけで十分だ。

我々が身を寄せているリーンワース王国にズイオウという土地を租借している。

そこで農業をするもよし、またルナトーク王国民の身分証を持って離れるもよし。

身の振り方は後で決めればよい。

まずは怪我を治療し奴隷から解放しよう。

リーンワース王国の兵には手出しをさせないと、ここの指揮官であるブラハード将軍と約束している。

安心して投降して欲しい」


 俺の言葉に戦争奴隷たちがザワザワしだす。

だが、キルト族と思われる民たちが言葉が通じずピンと来ない様子だ。


「あ、ターニャ! もう一度キルト語でやらないとだめだ。

キルトの民には言葉が通じてなかった!」


 俺はキルト族との言葉の壁を失念していた。

キルトの民のほとんどは王国公用語を使えないんだった。


 俺の要請でターニャが城壁の上に立つ。


『皆の者、我を覚えているか?』


 ターニャの登場にキルト族たちが息を呑んだ。

慌てて膝を折り臣下の礼をとる民たちも現れた。

その様子に聞き耳を立てると、どうやら『姫騎士様だ』と呼んでいるようだ。


「ん? 姫はサラーナだろ?

ターニャは護衛の近衛騎士だと聞いていたんだけど?」


『皆の者には我ら王族が不甲斐ないばかりに迷惑をかけた。

だが、我らキルト族は新しい王を得た。

この御方はキルトとルナトーク両国を統べる王だ。

クランド陛下ならば、我が祖国を取り戻してくれるだろう。

共に戦ってほしい!』


「どういうこと? ターニャも王族?

まさか、サラーナが姫じゃないとか?」


 俺はその成り行きに頭が混乱した。

その間にもキルト族の民はターニャの存在に盛り上がりを見せている。


『『『うおーーーーーーーーーーー!!』』』


 キルトの民から大歓声が上がる。

この後、ターニャから俺がルナトークの民に言ったことがキルトの立場に改変されキルト語に訳されて伝えられた。


「ターニャ、ターニャも姫だったのか!?」


「いえ、まあ確かに王家の血は引いていますが、分家すじなので王族とは言い難い感じです」


 ターニャが恥ずかしそうに口ごもる。


「では、どうしてキルトの民にあんなことを我ら王族と?」


「それは……。サラーナ様が面倒くさがって、民の前では私が姫騎士として影武者のようなことをしていまして……」


 ああ、その情景が容易に思い浮かぶぞ。

今もサラーナが農園で食っちゃ寝している様子と情景がダブるわ。


「サラーナのやつ……」


 うん。なるほど、サラーナらしいわ。

それで奴隷として売られた時にサラーナの扱いがあんなだったのか。

市民は皆、ターニャの方を姫だと思っていたということか。

それにダンキンも騙されていたんだろうな。

ダンキンは後でキルトの玉璽を俺に渡してきた。

つまり、俺に売ったキルトの奴隷の中に王家の姫がいるということは知っていたということだ。

それがターニャのことだと思っていてサラーナだとは思っていなかったと……。

これでやっと姫のくせにサラーナが奴隷商でぞんざいな扱いを受けていた理由に納得ができた。


「まあ、むしろこのおかげでキルトの民も納得して投降してくれそうだし結果オーライだな」


 戦闘奴隷には獣人も含まれており、その者たちはプチが聖獣モードで戦闘奴隷たちを助けまわったのを目撃し、プチを聖獣様と崇めていた。

プチのおかげで獣人の国であるザール連合ガルフ国の民までが期待を込めた目で俺を見ていた。


「ミーニャの出番が!」


 ミーナは自分の出番をプチに奪われて地団駄を踏んでいた。

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