第62話 空賊

「何あれ?」


 ナランが指さした空の先に何かが飛んでいた。


「ん、あれワイバーン」


 ニルが慣れ親しんだ動きからワイバーンだと判定した。


「何をするつもりかしら?」


 そのワイバーンは編隊を組んでおり、どう見ても人の手によって制御されていた。


「向かって来ますね」


 この世界は領空侵犯などという考えはなく、荒野にぽつんと存在している農園に対して上空を飛んだからと言って、相手を先制攻撃するような真似は出来なかった。


「みんな、屋敷に戻るんだ。

700番台ゴーレムは警戒態勢。

ターニャ、ミーナ、リーゼ、ティアは戦える装備をして来てくれ」


 俺は、皆の安全をはかるために戦闘メンバーと非戦闘メンバーを分けることにした。

もしワイバーンが追手ならば、対処しなければならなかったからだ。

俺は自分自身も冒険者装備をして腰に久しぶりに魔銃を装備した。

空の敵に対して必要だと判断したのだ。


 ワイバーンは急速に接近すると農園の周りをぐるぐると周回しだした。

それはこちらの様子を伺っているようだし、襲撃体制を整えているようでもあった。


 俺は、そんなワイバーンに乗る者たちに対して魔法により増幅した声で問いかけた。


「ここに何の用だ?

用がないなら立ち去ってくれ。女たちが怯えている」


 まともな相手ならばこれで立ち去ってくれるだろう。

だが、厄介な相手ならば、このまま面倒なことになる可能性も否定できなかった。


「げひゃひゃ。かしら、女がいるそうだぜ」


 ワイバーンの上から下品な声が響いた。


「バカ野郎、お前は下品すぎるんだ。

黙っていれば奇襲も出来ただろうにバカか!」


 かしらと言われた男が下品な男を叱責する。

どうやら賊で間違いないようだ。

空を飛ぶ賊だから空賊と呼べばいいだろうか?


「出来ればこのまま立ち去って欲しいんだが?」


 俺は最後の警告として退去要求をしてみた。


「そうだな。金と女を寄越せ。

そうすれば大人しく帰ってやろう」


 完全に盗賊の類だった。

それがワイバーンの機動力を持つとか、なかなか珍しい連中だった。


「主君、これで交戦規定はクリアしたものと思われます」


 リーゼが攻撃開始を具申する。

だが、俺たちにはワイバーンに乗る賊を攻撃する手段が……。あった。

俺はゴーレムのレーザーがあることを思い出した。


「あーん? 抵抗する気か?

ならお前らを殺して全て奪ってやんよ!」


 そのかしらの一言で賊どものワイバーンが一斉に急降下を始めた。

農園の城壁も空からの攻撃には無意味だった。

ワイバーンはその牙爪ともに凶器だ。

特に爪には毒腺があり、その毒は最悪なら人を死に至らしめるものだった。

牙も毒こそ無いものの、そこに繁殖している細菌により重度の感染症を発症し、この世界の人間には毒だと誤解されていた。


「ゴーレム、レーザー使用許可。対空戦闘開始!」


 ゴーレムからレーザーが撃ちあげられワイバーンに直撃した。

慌てた空賊が回避行動をとるが、ゴーレムのレーザーの狙いは正確で、次から次へとワイバーンを撃ち落として行った。


 気が付けばワイバーンは落とされるか逃げるかしており、農園にも住人にも全く被害は出ていなかった。


「逃げたか。まだ他にも残党がいると面倒だな」


 俺はこの緊急事態に昼間だが農園を動かすことを決意した。


「魔導機関始動! ここから逃げるぞ」


『管理者クランドの命令を受諾。

重力制御レビテーション機関1番2番3番4番始動。

浮上します』


 俺はこの隠れる場所の無い荒野を抜けるまでは昼間でも移動することに決めた。

陸上戦艦はそのまま空中を移動し始めた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◆



「ちくしょう、何なんだあれは?」


 空賊のかしらはアジトまで帰ると思わず悪態をついた。

仲間の乗るワイバーンも半数以上が未帰還だった。

彼らは全員死んだのだろう。

あの高度からワイバーンごと落ちれば助かるはずもなかった。


「このままで済まずわけにはいかねーな。

あれを使うしかないな」


 このアジトにはワイバーンを凌駕するある秘密兵器があった。

これであの連中に一泡吹かさせなければ、空賊のかしらとしての矜持が許さなかった。

かしらは鈍い銀色に輝くそれ・・に歩を進めるのだった。

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