第57話 政治情勢1

ガイアベザル帝国宰相執務室


 第一宰相ゲッペルは外交担当官から報告を受けていた。 


「『そのような艦は来ておらぬ』です」


 ワイバーン便で高速輸送された、その外交筋からもたらされたリーンワース王国の公式返答を耳にし、ガイアベザル帝国第一宰相ゲッペルは冷や汗を流した。

こちらが白々しく領土侵犯を『親善航行』と伝えたものだから、リーンワース王国も白々しい回答を寄越したとみえた。


「馬鹿な。それでは陛下を説得出来ぬぞ……」


 ゲッペルは独り言ちた。

彼の頭の中には、先日謁見したガイアベザル帝国皇帝ロウガ2世の言葉がリフレインしていた。



『もし王国が逆らうのなら、その時は潰せ』


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 その日、ゲッペルは第五皇子アギトによるニムルド持ち出しと、リーンワース王国領土侵犯、後のニムルド行方不明の第一報を皇帝陛下に謁見し報告していた。

皇帝、ロウガ2世は黙って報告を聞いた後、こう言った。


「面白い。彼の王国にニムルドを破壊するほどの遺跡があったか」


 ゲッペルは皇帝のその優れた洞察力に驚くとともに、興味の先が最愛の皇子の安否ではなく、ニムルドを行方不明にしたであろう遺跡の方に向いていることに恐れを抱いた。

そのゲッペルの様子を楽しむかのように皇帝ロウガ2世は続ける。


「驚くことはない。ニムルドの価値も理解せずに、勝手に持ち出して失ったバカのことはどうでも良い。

それだけの力、懐柔して手に入れずに敵側に向かわせたならバカの行為は反逆に等しい」


 ゲッペルは自身の思考を皇帝に読まれたことに恐れを抱く。

そして第五皇子アギトに対する処分が、目の前でゴミ箱にゴミを放り投げるが如く簡単に下されたことに冷や汗を流した。


「まずは彼の王国の王の回答を待つ。

当然おぬしが外交筋から圧力をかけたのであろう?」


 陛下には全てお見通しだった。

皇子を失い怒りに任せてリーンワース王国に攻め入るかと思っていたゲッペルは、そうならずに済んで胸を撫で下す。


「はっ、ニムルドの所在とアギト皇子の安否を問い合わせております。

その結果を見て対応を詰めようかと思っておりました。

リーンワースが現地調査に応じれば、不可侵条約の継続。

応じなければ条約を破棄して次の対応を見ようかと……」


 だが、それはゲッペルの見込み違いだった。

皇帝の次の命令にゲッペルは恐怖した。


「彼の王国の王が何も気づいておらぬようなら、戦争をちらつかせて調査団を派遣し、遺跡を奪取せよ。

逆に強硬な態度を取ったならば、遺跡は敵の手の内にあると心得よ。

彼奴らが技術を蓄積する前に遺跡を破壊せよ。

もし王国が逆らうのなら、その時は潰せ」


「ははっ!」


 ゲッペルは皇帝からの勅命を受け、謁見の間を後にした。

どうやら陛下は遺跡には興味があっても、リーンワース王国には興味が無いようだ。

リーンワース王国が遺跡を差し出せば戦争にはならないだろう。

だが、彼らが遺跡を自らの物にしようとするなら容赦なく潰すつもりだ。


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 その謁見時の光景を思い出したゲッペルは、リーンワース王国が戦争へと坂道を下っていることに気付いていないように思えて仕方が無かった。

ゲッペルは、なるべくなら戦争をしたくはなかった。

特に大国を相手にしての戦争は、相手にも自国民にも無駄な損害が出ると思っていた。

人的資源の減少は国の経済を傾かせる。傾いた経済は国の力を落とす。

内政の安定なくば戦争どころではなくなるのだ。


 危険なチキンレースを仕掛けていることに、リーンワース王国は早く気付いて欲しいとゲッペルは思うのだった。

まずは調査団の受け入れを認めさせる。まだリーンワース王が遺跡の価値に気付いたとは判断できない。

これが唯一、勅命に逆らう言い訳となるだろう。


「陛下のご命令ではもう戦争に突入していてもおかしくないのだぞ。

これが最後のチャンスだ。第一宰相の一存ではこれぐらいの時間稼ぎしか出来ぬ」


 ゲッペルは独り言ち、嘆息するのだった。

ゲッペルはガイアベザル帝国にあって、戦争を回避しようと志す稀有な存在だった。

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