第27話 亡国の姫君

 俺はエルフと獣人二人の引き取りのため、オークション会場のバックヤードへと来ていた。

オークションスタッフにギルドカードのチャージで7200万Gを払い、取引は成立した。

ここで金を持っていなかったり、値切ったりなどの行為があれば厳しく罰せられる。

金は払ったので、あとは隷属契約を書き換えるだけ。

ここは奴隷商のダンキンが取り仕切っていた。

隷属魔法専門の公選魔法使いが奴隷契約の主人を書き換える。

作業は滞りなく終わり、二人が俺の所有奴隷になった。


 俺が出品した品の落札代金の合計は200億1660万G。

オークションの主催者に1割と仲介を依頼した冒険者ギルドに手数料1割を払って、160億1328万Gがギルドカードにチャージされた。

チャージを確認後受け取りのサインをして手続き終了だ。



 その時、バックヤードに大声が響いた。


「大失態だぞ! 落札品が行方不明とはどういうことだ!」


 どうやら事件のようだ。

声の主の方に向かうと、そこには太ったいかにも貴族という豪華な服を着た男とその護衛騎士が合わせて五人いた。

対するはオークションの主催者と奴隷商のダンキンだ。


「申し訳ございません、何者かの手引きで逃げたようなのです」


 二人は土下座して謝罪している。

ダンキンが、大汗をかきつつ説明する。


「ただいま捜索しております。目立つ容姿ですので、直ぐにみつかるでしょう」


 どうやらこの太った貴族は、あの貴賓席にいた亡国の姫君を落札した御仁らしい。

こういった場合、どうなるのだろう。違約金が発生するのかな?

そう思いながら、様子を伺っていると、オークション主催者の私兵と思われる者が入って来た。

主催者は立ち上がるとその者へと近づき耳元で報告を受ける。

目を見開く主催者。どうやら悪い報告らしい。


「亡国の姫君が見つかりました」


 その報告を聞いて相好を崩す太った貴族。

だが主催者の次の言葉に鬼の形相になった。


「しかし、顔に怪我をし、右腕は肘より先を失っておりました」


「そんなものに儂は金は払わんぞ! キャンセルだ! いや違約金の発生する事案だ!」


 太った貴族が大剣幕で捲し立てる。


「どうしてそんなことに?」


 ダンキンが私兵に問いただす。


「はっ。逃亡した奴隷は西門から街の外へ出てワイバーン厩舎で青いワイバーンを盗もうとしたもようです」


 ん? 西門のワイバーン厩舎で青いワイバーン?

まさか……嫌な予感しかしない。


「その青いワイバーンの気性が激しく襲われたということのようです」


 ブルーか。あれは召喚したばかりでたぶん俺にしか慣れていない。

よりによってなんでブルーを選ぶかね。


「我が美姫に手をかけたワイバーンだと? 殺せ! それで違約金は勘弁してやろう」


 太った貴族がとんでもないことを言い出した。

いや、俺のワイバーンは巻き込まれただけだろうが。

これだから貴族というやつは……。

俺はラノベの悪い貴族そのままの貴族に辟易した。

これから俺がそいつと交渉しなければならないのだ。


「持ち主に連絡を! それで事が済めば安いもんだ」


 主催者がぶっちゃけた。

だがブルーを殺されるわけにはいかない。


「姫君の命は助かったんだな?」


 俺は私兵に尋ねる。


「ああ、助かったが、ワイバーンの毒で顔の傷は治らなかった。

部位欠損を修復する回復魔法は、ここではかけられないから、傷はそのままになっている」


 それを聞いた太った貴族が声を荒らげる。


「顔に傷の残った女など部位欠損を治すのも勿体ないわ。儂は買わんからな」


 いちいちムカつく貴族だ。なんでそんな冷たい態度がとれるのだ。

一度は側に置こうとした女だろうに。

その時、俺の胸で眠っていたプチが起き出して「ここ掘れわんわん」をした。

プチの後押しで俺は決意した。


「なら俺が買う。そのワイバーンはたぶん俺のワイバーンだ。殺されてはかなわん」


 驚く主催者とダンキン。


「ああ、落札の権利はくれてやるわ。儂は手を引く。それで良いなレイモンド!」


 そうオークション主催者に言うと太った貴族は護衛を連れて帰って行った。


「御仁の寛大な措置に感謝を」


 レイモンドと呼ばれた主催者は、その背中に感謝の言葉を投げかけた。


「よろしいのですか?」


 ダンキンが俺の顔を見つめて問う。


「【リカバー】をかければ問題ないだろ」


「【リカバー】は高位の聖職者しか使えません。

そのお布施たるや、購入額の何倍になるか……」


 そうなのか。まあ、俺は【リカバー】を使えるからいいのだけど。


「部位欠損の奴隷はどうなる」


「余程の物好き以外は買い手がつきません。

売れ残り、そのうち処分ということになりますな」


 ダンキンが言いにくそうに答える。


「俺はその物好き扱いになるのか……」


「それでは手続きの方を」


 レイモンドが揉み手をして会話を遮ってくる。

俺の気が変わらないうちにさっさと売買契約を済ませたいのだろう。


「待ってくれ。今回の取引はキャンセルにする。

(オークションを主催した)商会には解決金として落札額の一割を払おう」


 ダンキンがレイモンドを遮ってそう主張した。


「改めてクランド様には、一割の金額でお売りします。彼女を引き取ってやってください」


 つまりダンキンは解決金負担分以外のお金を取らないということだ。

仕入れ値もあるだろうに完全に赤字だろう。


「いいのか」


「はい。私はクランド様との繋がりの方が有益だと確信します」


 こうして俺は亡国の姫君も引き取ってしまった。

亡国の姫君は協力者によって奴隷契約を破棄されていた。

王国どころかこの世界の国際法に反する重罪だった。

だが、捕まって改めて隷属魔法がかけられた。

所有者は俺。隷属魔法は絶対服従の厳しい魔法になっている。

そんなことをしなくても大丈夫なほど憔悴しきっている亡国の姫君。

だが、重罪に対する処遇なので致し方なかったのだ。


「とりあえず、この中から好きな服に着替えろ。靴はここから選べ。

そんな恰好じゃ外を歩けないだろう」


 俺はインベントリから今日皆のために買った服と靴を取り出して着替えさせた。

洋品店までならまだしも、奴隷服と裸足で連れ帰るのは厳しい。

その洋品店ももう閉まっている時間なので仕方ない。


 俺はエルフと獣人、亡国の姫君を連れて西門を出る。

西門の前は血の海だった。

脱走の協力者がここでオークション主催者の私兵に斬られたのだ。


 俺がワイバーン厩舎に向かっていることに気付いた亡国の姫君が顔を恐怖で引きつらせる。


「あの青いワイバーンは俺の騎獣だ。大丈夫だ。あいつは俺には逆らわない」


 絶対服従なので亡国の姫君は厩舎に付いていくしかない。

そこで俺は拙いことに気付いた。

ワイバーンが一頭しかいない。

焦る俺。調子に乗って落札したが、帰る手段が装甲車になってしまう。

それは時間的に拙い。日が落ちてしまう。

ブルーを厩舎から引き取り、西の街道を歩いて進む。

街の西門が見えなくなったら脇の平原に逸れる。


「まずは自己紹介をしよう。俺はクランド。君は?」


 エルフに顔を向け名前を問う。


「私はシャーロと申します。ご主人様」


 目で獣人に次を促す。


「ミーニャ」


「姫君は?」


 ワイバーンに怯えている亡国の姫君は答えない。


「しょうがないな。これは秘密だぞ」


 俺は三人に秘密を守るように言い含めて魔法を唱えた。


「【キュアポイズン】【リカバー】」


 【キュアポイズン】で毒が消え【リカバー】で亡国の姫君の顔の傷が治っていく。部位欠損の右腕も逆再生のように生えて来る。

これが回復だけなら万能薬エリクサーにも匹敵する回復魔法【リカバー】の威力だった。


「私の腕が……」


 さらに顔に手を触れ傷が無い事を確認し、驚愕の目で俺を見る亡国の姫君。


「内緒だ。ミーニャはワイバーンを操れるか?」


「ミーニャじゃにゃいミーニャだ」


 何を言ってるんだこの子?

あ、”じゃない”が”じゃにゃい”になってるから……”な”が”にゃ”になってる?

となると。


「ミーナか!」


「そうにゃ、ワイバーンは乗れるにゃ」


「ならこれに乗れ」


 俺はワイバーンをもう一頭召喚する。

それはオレンジ色のワイバーンだった。

手綱にタンデムの鞍と鐙を錬金術で作りワイバーンにつける。

鞍と鐙の裁量の金属と革は俺のインベントリから使用されている。


 さて、どういう組み合わせにしようかと俺は悩んだ。

亡国の姫君はブルーに乗るのを嫌がるだろう。

かといってミーナの後ろで大丈夫だろうか?

そう俺が思案していると亡国の姫君が声を発した。


「この子は私を庇った子!」


 亡国の姫君は部位欠損が治り恐怖が薄れたのか、ブルーを見て驚愕の声をあげた。

どうやらブルーが襲ったのではなく、他のワイバーンに襲われたところをブルーが庇ったらしい。

その時亡国の姫君は既に怪我を負っていたので、発見した私兵が近くにいたブルーがやったと誤解したのだろう。


「よし、ならミーナの後ろはシャーロだ。

姫君は俺と一緒にブルーに乗れ。

それとそろそろ名前を教えてくれないか?」


 そこで亡国の姫君は初めて名乗るのを忘れていたことに気付いたようだ。

恥ずかしそうにしながら名のる。


「私はアイリーン。ルナトーク王国の第一王女でした」


 亡国の姫君の故国はルナトーク王国というらしい。

悲し気に”王女でした”と過去形で言うアイリーンを後ろに乗せ、俺達は二頭のワイバーンで農場へと帰還した。

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