ここ掘れわんわんから始まる異世界生活ー陸上戦艦なにそれ?ー

北京犬(英)

 第一章 異世界スローライフ?編

第1話 プロローグ

 目の前が急に真っ白になったと思ったら、急激にまばゆい光が収っていく。

眩しさに瞑っていた目を開けると、そこは鬱蒼うっそうとした森の一角に広がる草原だった。

そこはだいたい体育館ぐらいの広さがあるだろうか?

周囲は完全に森に囲まれているようだが、何故かここだけが草地になっている。

俺は愛犬プチと共にその中心にポツンと立っていた。

つい先ほどまで話していた神様が俺の望みを叶えてくれたならば、異世界転生で送られて来たここはレベルシステムが存在する剣と魔法の世界であるはずだ。

俺と愛犬プチは、お約束の経緯で異世界転生して来たのだ。

だが、俺はこんな密林に転生させられるとは思ってもいなかった。


「騙された! これ、ハードモードじゃないか!」


 俺は思わず叫ばずにはいられなかった。

確かに俺が人里離れた場所で愛犬とスローライフが送りたいと言ったのだが、人外魔境と言っても過言ではないような場所に放り出すとはどういうことだ?

この世界は、剣と魔法の世界。当然剣と魔法で倒すべき魔物がいるはずだった。

このような深い森は、当たり前だが魔物が跋扈ばっこする危険地帯だ。

現に何かの獣の遠吠えが、それも複数聞こえてくる。


 なのに俺は、武器も防具もない身一つでここに立っているのだ。

異世界転生がお約束になりつつある世の中なのだから、神様も初期装備だとか初期の身の安全だとかをデフォルトで用意してくれるものだと俺は思っていた。

その考えが甘すぎたことに俺は愕然とするのだった。


「ステータス!」


 もしかするとインベントリに初心者冒険者セットみたいなものがあるかもしれない。

そう思いステータスを表示してみる。

すると目の前に重なるように半透明のステータス画面が表示された。AR表示というやつだ。


「ステータス表示のやり方はデフォルトなのかよ」


 何気にハイテクなのは、このシステムが地球のゲーム文化が参考になって出来ているからだろう。

まあ、そのような世界を選んだのだから当然なのだが、神様がちらっとそんなことを言っていた気がする。


 だが俺は、そこに表示されたものを読み進めるにつれ頭を抱えることになった。



名前 佐々木 蔵人(ササキ クランド)

種族 ヒューマン

性別 男

年齢 15

職業 農民

基本レベル 1


HP 100 

MP 100


STR  5+1

DEF  5

DEX  9

VIT  3

AGI  4

INT 10

LUK  1


スキル 農業Lv.1 体力増強Lv.1 錬金術Lv.1 

    魔道具作成Lv.1 薬作成Lv.1 獣契約Lv.1

    インベントリLv.1 自動拾得Lv.1 異世界言語Lv.1

    異種言語Lv.1


生活魔法 水魔法Lv.1 火魔法Lv.1 風魔法Lv.1 土魔法Lv.1

     光魔法Lv.1


所持金 0G

所持品 リード 胴輪

契約獣 プチ



 見事なまでに最弱のレベル1。

器用で頭が良いだけの貧弱な能力数値と農民のJOB。

年齢が15と死ぬ前より10歳以上も若返っているのは神様のサービスか?

いや、これはむしろ体がまだ出来ていない分、農業をやるにはマイナスかもしれない。

もらったスキルは豊富なのだが、全てが初心者レベルであり、しかも戦闘向きが一切無い。

唯一の救いはインベントリを取得していることか。

これは神様に無理を言って強請ねだったので、使えるようになっていて良かった。

これさえあれば職には困らないはずだからだ。

大量の物資を重さ0で、しかも時間停止で運べる運び屋をやれば大儲け間違いない。

インベントリがあると無いとでは異世界生活の質がかなり違ってくることだろう。


 インベントリをイメージして空間を探ってみると愛犬のリードと胴輪どうわが出て来た。

やったね。これで愛犬と散歩が出来る……。って違うわ!

もしかすると初心者冒険者セットでも入っているかと思ったのだが……。

いや、わかってたよ? ステータスに所持品出てたしね。

武器もなければ金もない。


 しかももらったスキルは農業と錬金術などの生産系の初級スキル、さらにLv.1のみ。

身体能力も一般人と変わらない。だって職業農民だしね。あはは。

魔法も基礎的な生活魔法しか使えない。

愛犬が契約獣になってはいる。でも愛犬チワワだよ? 戦力になるわけがない。


 俺は白い部屋での神様との会話を思い返し、己のミスを検証することにした。




◇  ◇  ◇  ◇  ◆




「ここは?」


 何者かが手を舐めている感覚で目を覚ますと白い部屋だった。

刺激のあった手の方を見ると、そこには舐めるのを止めた愛犬プチが俺の顔を心配げに見上げていた。

うるうるした目に抱きしめたくなる。憂い奴じゃ。モフモフして頭を撫でまわす。


『やっと目覚めたようじゃの』


 唐突な声にそちらを見ると、今まで誰も居なかった場所に白い髪に白い髭、白いローブのような衣装をまとった老人が座っていた。

白い部屋の中で白い外観というのは一種の光学迷彩だろうか?


『ほれ、そこへ座るがよい。話が長くなるでの』


 老人がそう言うといつのまにかテーブルと椅子が出現していた。

俺は老人にうながされるがまま愛犬プチを抱えて椅子に腰かけた。


「これはもしや……」


 俺にはピンと来るものがあった。

これはラノベお約束の異世界転生パターンだ。


『日本人は話が早くて良いのう。そうじゃ異世界転生のお誘いじゃ』


 どうやら俺の思考は読まれているらしい。

皆まで言わず思っただけで老人には俺の考えがお見通しだった。


「ということは俺は死んだのか」


 だが疑問に思うことがある。なんで愛犬プチと一緒なんだ?


『それを説明させてもらおうかのう』


 老人がそう言うと老人の後ろの床に土下座をした女性が現れた。

老人と同じ白いローブの衣装を着た女性は、長い金髪が床に落ち顔が隠れていて見えないが、スタイルも良く相当な美人だとうかがえる。


『申し訳ございません!』


 女性は顔を上げずに謝罪をする。

わけがわからないが、どうやらこの女性が何らかのミスをしたので転生できるらしい。

ラノベ知識を総動員して察するに、老人が上級神で女性が地球担当女神といったところだろう。


『そうじゃ。察しが良くて楽じゃのう』


 神様が俺の心を読んで話を進める。


『お主は死んだときの状況を覚えておるかの?』


 神様にたずねられるままに思い出してみると、どうやら俺はトラックにかれて死んだようだ。


『そのとおりじゃ。トラックにかれて亡くなった。だが、おかしなことは無かったかの?』


 俺はよくよく事故の瞬間を思い出してみた。


「そういえば、そのトラックのファーストアタックはプチが急に止まって回避できたんだった。

しばらくそのまま散歩していたら、またそのトラックがやって来て俺たちをいたんだ」


 俺は愛犬プチと散歩中だった。

いつもはその歩道を喜んで歩いていくプチが、その日に限って急にその歩道を通ることを拒んだ。

どうしたのかと思っていると目の前の歩道にトラックが突っ込んで来た。

そのまま歩いていたらかれていたタイミングだった。

危なかったなぁと思いつつ散歩を続けると急にプチが体当たりをしてきた。

何かと思って顔を向けると、さっきのトラックが目の前に迫っていた。

その瞬間に俺は理解した。プチは俺を突き飛ばして助けようと体当たりをしたんだ。

だが小型犬故に体重が軽いので俺はびくともせずにその場に留まった。

そして俺とプチはトラックにき殺されたのだ。


『同じトラックが二度もきに来るとは変じゃろう?

それをやらかしたのが、女神こやつじゃ!』


 神様が土下座女神を指さし糾弾する。


『お主は、あの日トラックにかれて亡くなる運命じゃった。

しかし、その運命をその犬の行動によって回避してしまったのじゃ。

焦った女神こやつは、その奇跡を無かったことにするべく運命線をいじってトラックにもう一度かせたのじゃ!』


 なるほど。それで土下座させられているのか。

となると、この女神が俺を殺した張本人ってことか。

それで俺の運命を変えた詫びでラノベ展開ということだな?


『いや、お主が死ぬのは確定じゃから、別の手段で死ぬことになったじゃろう。

しかし、女神こやつが手抜きをしたおかげで、トラック運転手は運命がねじ曲がってしまった。

自動車運転過失致死で処罰されるはずの運命が、故意に人をいた殺人罪で処罰されることになったのじゃ。

二度きに行くなど故意以外には考えられぬからの。

それに加えて死ぬはずの無かったその犬も死んでしまった。

つまり女神こやつは二つの魂の運命を変えてしまったのじゃ』


 俺はその説明に女神いや駄女神のしょうもなさに愕然としてしまったのだが、よくよく考えると俺が転生させてもらえる理由がないことに気付く。

俺はそのことを素直にたずねてみた。


「そうなると救済で転生出来るのは運転手とプチになるんじゃないのか?」


『運転手は生きておるから別にして、その犬の魂が強くお主に結びついておっての。

そのためお主にも転生してもらうことにしたのじゃ。女神こやつのミスの詫びも含めてな』


 どうやら俺は愛犬プチのオマケで転生できるらしい。


『それでじゃ。転生にあたって何か希望があれば受け付けようということじゃ。

まあ、お主はオマケじゃからチートは無しじゃぞ』


 俺はしばし考えた後に希望を伝えた。趣味全開で。


「転生先はラノベお約束のレベルシステムのあるゲームのような剣と魔法の世界が良いな。

ゲームのように魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていて冒険者が退治をするような、地球でいうと中世レベルの文明世界だ。

そこで愛犬プチと農業や生産をしてスローライフを送りたい。

それにあたって必要なのは農業を行える土地・・・・・・・・農業と収穫に役立つ・・・・・・・・・スキル、加えて農具を作る・・・・・ためのスキルかな。

場所は静かであまり人の寄らない・・・・・・・・・食べ物を採取できる・・・・・・・・・豊かな森の側・・・・・・がいいな。

農具の金属加工もいるから錬金術・・・と、あ、明かりを灯したり、生活水や種火が出せる生活魔法・・・・も欲しいかな。

あと病気になると困るから完全病気耐性なんてスキルは……」


 神様の方を見ると手で×を作っている。


「なら薬草の知識と薬を作る・・・・・・・・・・スキルかな。

それと現地人との接触に必要な読み書き・・・・のスキルと愛犬と話せる・・・・・・スキルがあるといいな。

あと亜空間倉庫。所謂インベントリ・・・・・・というやつ。これ必須だからね?」


『それは……』


「え? これが無いと異世界転生じゃないんだからな? マストよマスト」


『仕方ないのう。初級で良ければくれてやろう』


 俺の強請ねだりに根負けしたのか、神様はある意味チートスキルのインベントリを認めてくれた。

ここで有頂天になったのが俺の失敗だった。

もっと強請ねだるべき項目はいくらでもあったのだ。


「よし、こんなもんかな?」


『随分要求したのう。まあそのぐらいなら許そうぞ』


 神様はそう言うと次にプチと会話を始めた。

プチとも同じように条件を詰めるのだろう。


『わんわん』


「わん。わわわん。わん。わんわんわん」


『わん……。わん』


「わんわん」


 犬語なので何を言っているのかはわからなかった。

ふと見ると、いつのまにか駄女神は消えていた。挨拶もせず消えるとは逃げたな。


『よし準備は良いかの? それでは転生を始めるぞ。

お主たちの新しい人生に幸のあらんことを』



◇  ◇  ◇  ◆  ◇


 農業を行える土地、農業と収穫に役立つスキル、農具を作るスキル=農民JOB。

静かであまり人の寄らない食べ物を採取できる豊かな森の側=鬱蒼とした森。

錬金術と生活魔法、薬草の知識と薬を作るスキル、現地語の読み書き、愛犬と話せるスキル=戦闘スキル無し。

そしてインベントリ……。


「ああ……。俺の希望通りじゃないか……orz」


 俺は自分の詰めの甘さを呪った。

なぜたったひとつの単語”安全に”を付けなかったのだろうか。

それと身を守るスキルの一つも、武器の一つも、そして生活に必要な金をなぜ要求しなかったのだ。

自業自得なのかもしれないが、俺の異世界ハードモードがいま始まった。

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