第一章:夕暮れの忘れ物 2

「皆さんおはようございます。カニボウズ校長からお知らせがあります」


 体育館の壇上だんじょうで、スーツ姿の可児校長が生徒一同に向けて話している。所謂朝礼というヤツだ。オレがいた時代から変わらず、月曜日の朝に行っているようだ。

 オレはその朝礼を壇上の隅――暗幕の裏で聞いていた。これから全校生徒の前で紹介されるためにスタンバイしているところだ。

 緊張もいよいよ最高潮だ。噛まないだろうか、声が上擦らないだろうか。不安になってくる。


「駆郎にぃ、大丈夫?顔が真っ青だよ?」


 ふわふわ浮いているななが心配そうな眼差しでのぞき込んでくる。


「どう考えても大丈夫じゃないね。もう口の中ぱっさぱさ」

「血でも飲む?目からいっぱい出るけど」

「ドリンクバーかよ」

「はい、トマトジュースで~す」

「色しか合ってねぇから」

「じゃあブラッドオレンジジュース」

「そういう意味じゃない」


 誰にも聞こえないよう、小声で下らない掛け合いをする。端から見れば一人でぼそぼそつぶやいている変人にしか見えないな。


「それでは、今日から夏休みまで皆さんの勉強のお手伝いをしてくれるお兄さんを紹介しましょう。大きな拍手で迎えて下さいね」


 可児校長のその一言の直後、割れんばかりの拍手が体育館内を埋め尽くす。

 何これ、出づらい。


「ほらほら、出番だよ」

「分かってるよ、行くから押すな」


 ななに押されながら壇上へと向かう。子供と思えないほどの力で押されている。霊なだけあって力加減は文字通り思いのまま、本人の感情に左右される。

 ということは、ななは素直にオレのことを応援してくれているのか。

 よし、それならしっかりとしないとな。


「晩出中央高校から来てくれました、天宮駆郎君です。彼はここの卒業生、つまり皆さんの先輩ですね」


 笑顔で可児校長がオレの紹介をしてくれる。勉強で分からないことがあったら相談するといいとか、各クラスを回ってくれますとか。その他色々。


「最後に駆郎君から皆さんに一言どうぞ」


 そしてマイクが手渡される。

 激しく高鳴る鼓動を、深呼吸で押さえ込む。

 格好付けるのはやめよう。初対面が大切なのだから、ここは普通に挨拶して第一印象を良くしなくては。


「オレが天宮駆郎です」


 まずは第一声。よし、声は上擦ってない。


「これから二ヶ月間お世話になります。みんなよ、よろしゅきゅっ…」


 噛んだ。


「ぃよろしくぅっ!」


 勢いで誤魔化ごまかしました。

 だがしかし噛んだのは全生徒にバレバレ、体育館は大爆笑の渦に飲み込まれていった。

 ドンマイ、と言いたげに可児校長がオレの肩をぽんと叩く。それをななも真似してくる。

 やめてくれ、泣きそうだ。



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