【閑話】仮面を被るモノたち

 成功報酬金剛貨三十枚という色々な意味で普通ではない仕事を引き受けたジュリアは、パーティメンバーと共に町の中心地にある料理屋へと訪れていた。

 彼女たちは冒険者ギルドからの仲介を受け、此処でこれから仕事の依頼主と会う約束をしているのだ。


「全員ちゃんと持ってる中で一番上等な武具を準備してきたわよね?」


 依頼人らしき者の姿は、まだない。

 店の入口のところに立っていた給仕係に用件を説明して案内してもらった、店の最奥にある店内で最も上等なテーブル席へと案内された彼女たちは、互いの身だしなみを確認し合っていた。


「それは勿論抜かりなしっス! ちゃーんと倉庫からこの通り引っ張り出してきたんで!」

「……オレはこの鎧、あまり好きじゃないんだけどな……耐魔力性に優れてるってのは認めてるけどよ、無駄に飾りばっか付いててかさばるし、重いし」

「今だけだから我慢してちょうだい。まがりなりにも英雄パーティ一行が仕事の依頼を引き受けたのよ、見た目が貧弱そうとか舐めて見られるわけにはいかないでしょ? しかも報酬金剛貨三十枚っていう大きな仕事の依頼主と会うのよ? こういうのは第一印象が大事なのよ」


 冒険者がギルドで受注した仕事の依頼人と初めて顔を合わせる際に見栄を張るのは、ままあることだった。

 外面が悪いせいで折角の依頼契約を依頼者側から破棄されてしまったり、足元を見られて約束の報酬を減額しようとしてきたり。穏便に顔合わせが済む時は済むのだが、主に報酬絡みでひと悶着起きる事例が後を絶えないのだ。

 そのための防衛線として、冒険者は自分が所有している武具の中で一番上等な品を身に纏い、依頼者と面会するのである。自分はこんなに良い武具を所有できるほどに仕事ができる冒険者なんですよと先手を打って主張するために。


「ま、あたしの顔は広く知られてるから、あんたたちが多少粗末な格好してても問題はないだろうけどね」

「あっはは、嫌っスねぇもう。その言い方だと、まるでオレたちがジュリアのオマケみたいに聞こえるじゃないっスかぁ。オレたちだって一応金剛アダマントランクなんスよ? ちゃーんと役に立ってみせますって!」


 パーティの先頭に立ち敵からの攻撃を一身に受け止めて仲間を守る、不屈の重戦士ハロルド。

 パーティの目となり疾風のように戦場を駆け抜け仲間の危機を払う、俊足の斥候アジュリー。

 膨大な知識と魔力を武器に数多の元素魔法を使いこなし神童の異名を思いのままにした、元素魔道士ムム。

 古の竜族の血を引く一族の巫女として命を癒し慈しむ力と才に恵まれたパーティの生命線、神官アストリッド。

 英雄ジュリアが目立っているため存在が霞みがちだが、その誰もが冒険者の最高峰とも言われる金剛アダマントランク持ちの実力者なのである。

 現在のこの世界において、このパーティを超える戦力を有したパーティは他に存在しないと言われている。万が一この五人が屠られるような凶悪な魔物が誕生するようなことがあれば──その時が世界が滅亡する時だ、と民たちの間ではそういう形で彼らの存在は認識されていた。


「冗談よ、冗談。雑用しかできない何処かの誰かと違って、あんたたちは信頼できる超一流の冒険者よ。そこは保障してあげる」

「……あの、ジュリア……ミナヅキは、確かに戦うための力はなかったかもしれないけれど……それでも、自分ができることを一生懸命に頑張って私たちを助けてくれていた。それを、そんな言い方をするなんて……」


 明らかに小馬鹿にした物言いで『何処かの誰か』のことを嗤うジュリアの態度が流石に目に余ったのか、控え目ながらもアストリッドが物申しを立てる。

 そんな彼女のことをにやにやしながら見やって、ジュリアは、


「あら。あたしは別にミナヅキのことだなんて一言も言ってないけど? それなのにミナヅキのことを言ってるーなんて決めつけるってことは、ひょっとしてあんたもあいつを擁護するふりをしながら心の何処かでは思ってるんじゃない? お荷物のあいつがいなくなって余計な負担が減って清々した、って」

「!……そんなこと……私は、考えてなんか……」

「おいおい、お二人さん、その辺にしとけって。ほら、依頼人が来たっぽいぞ」


 険悪な空気が二人の間に流れ始めたことに危機感を覚えたのか、さり気なく間に割って入ったハロルドが彼女たちの会話を制止する。

 給仕係に案内されて姿を見せた臙脂の外套姿の男に、一同は姿勢を正して向き直った。


「待たせてしまって申し訳ない。この辺の地理には疎くてな……途中で道に迷ってしまったのだよ」

「平気よ。その程度のことなんて、全然気にしないから。あたしたちは」

「そうか」


 赤黒い髪に、緋色の瞳。全身赤で統一された中で唯一黄金のサークレットが目立つ、そんな出で立ち。

 刃物の類を全く所持しておらず、魔道士かそれに近い職業の人間のように思えるが、その割には随分とがっしりとした体つきに見える壮年の男。

 彼は席のひとつに腰掛けると、ジュリアたちにも席に座るように勧めて、懐から一枚の紙を取り出した。


「この度は私の依頼を引き受けて頂き、感謝する。……事態は急を要するため、早々に仕事内容の説明に入らせてもらうが、構わないな?」

「あら。そんな一刻を争う状況だったなんて、依頼を引き受けたのがあたしたちでラッキーだったわね、貴方」


 何と言ってもこの世界で最強と言っても過言じゃない英雄が率いる冒険者パーティなんだから!

 そう言って胸を張るジュリアに、男は僅かに両目を細めて彼女に注目した。


「……ほう。貴殿がかの……反王を討ち取った英雄殿か」

「ええそうよ。因みに一緒にいる四人も、あたしには及ばないけど現役冒険者の中では文句なしの最強クラスの人間ばかりよ。任務はもう成功したも同然だから、安心して報酬の用意をして待っててくれていいわよ」

「それは何とも頼もしい」


 男はにこやかな顔で何度も頷いた。

 その双眸が──口元はこれ以上にないほどに喜ばしそうにしている一方で全く感情を宿していないことに、果たしてジュリアは気付いているのだろうか。


「では、仕事内容の説明をしよう。……とは言っても、貴殿らにやってもらうことは至って簡単だ。これに記されている女を探し出し、私の元へ連れて来てもらいたい。単にそれだけだ」


 男がジュリアの方へと押し出した紙には、探し人と称された一人の人物の特徴が似顔絵付きでこと細かに記されている。


「この女の名はルナリア。しかしあれも馬鹿ではない、流石に偽名を使うなりそれなりの対策はしているだろうがな。……まあ、英雄殿ともなればたかが女一人の嘘を見抜くことなど造作もないことだろう。手段は問わない、本人だと分かれば死体になっていても構わない。とにかくこの女を私の前に連れて来ること。それが今回貴殿らに依頼する仕事の内容だ」

「因みにどういう身分の人間なのか、訊いても?」

「この女は国家転覆を企てた逆賊でな。そのような輩を野放しにしておくわけにはいかぬだろう? 一刻も早く捕らえねばならん……それだけだ」

「……ああ、だから死んでてもいいって言ったわけね……確かに、そういう人間ならわざわざ生け捕りに拘る必要はないわね。納得だわ」

「理解が早くて助かる」


 それは調査に役立ててくれ、と男は紙を一同に渡した。


「先も申したが、事態は一刻を争う。だから申し訳ないが、契約日数には期限日を設けさせて頂くよ。……因みにこの依頼は貴殿ら以外にも請け負っている冒険者殿が何名もいる。成功報酬は、勿論依頼内容を完遂した者に支払うつもりなので、その点を予め了承しておいてほしい」

「……え?」


 ジュリアは弾かれたようにその場に立ち上がった。


「ちょっと待って、これってあたしたち以外にも同じ内容の依頼を受けてる冒険者パーティがいるわけ!?」

「こちらとしては、件の女の確保を最優先に考えているのだ。わざわざ依頼相手をひとつの冒険者パーティに限定する利点がない。この町以外の冒険者ギルドにも、私の部下たちが同様の内容の依頼を出しているのだ。そちらで依頼を引き受けた者がいれば、その分人手が増えるのは当然だ。その方がこちらとしても助かるのでね……何か規約に反したことは言っているかな?」

「……それは……何も、おかしいところは、ないけど……」


 静かに席に座り直しながら、ジュリアは胸中で険しく眉間に皺を寄せる。

 ……確かに大元の依頼人が同じだったとしても、実際にギルドに依頼を出した人が別人なら、それは内容が同じ別のクエストという扱いになる……大元が国だとか何処かの組織だとかそういう大きい所から出てる依頼なら、そういう案件があっても何も不思議なことじゃない……けれど。

 こんな美味しい仕事、冒険者だったら絶対に放っておかないわ……ティンランク扱いのクエストなんて、要は冒険者でなくても誰でも受けられるってことだし。実際に依頼達成できるかどうかは置いといて、目についたら少なからず概要の確認はしようとするはずよ。

 今実際にどれくらいこの依頼を引き受けてる冒険者がいるかは分からないけど、つまり、この依頼は……世界中の冒険者がライバル。先を越されたら、折角の金剛貨三十枚がパーになる。絶対に、この依頼……他の連中に渡してなるもんですか。

 そうよ、例え──船や馬車代が多少高くついたとしても……!


「契約期間は今日を含めて七日間だ。七日後のこの時刻に、再び此処でお会いしよう。良い報告を期待しているよ、英雄殿」


 男は控え目に右手を差し出して、ジュリアとしっかり握手を交わした。

 その表情は──口元は微笑んでいたが、やはり目元はこれっぽっちも笑ってはいないのだった。




「はー、まさか雇用期限があったなんて、びっくりっスねぇ。そんなこと、受注書には全然書いてなかったのに」


 料理屋を出たジュリア一行は、ろくに休憩も取らぬままに町の外を目指して歩いていた。


「どうすんだ? たった七日で世界の何処にいるかも分からん人間を探し出すなんて、無謀もいいとこだぞ? ある程度居場所が絞られてるって言うんならまだ何とかなるかもしれんが、手がかりが全然ないとなると、流石に……」

「……引き受けちゃったものはしょうがないわよ。そもそもあの場でやっぱり無理ですって断ってみなさい、英雄パーティの名誉に傷が付くわ」

「それで失敗したら違約金払わなきゃいけないんスよね? それはそれでどうかと思うんスけどねぇ」


 任務失敗時に支払うことになる違約金は、依頼主から金額が指定されていない限りは基本的に成功報酬の十分の一の額を支払うことになっている。

 今回の場合は、違約金として支払うことになる金額は、金剛貨三枚……金貨に換算して三千枚となる。

 現在のジュリアたちが所有している資産の額を考えれば、支払い自体は可能だ。ただし、それはあくまで『資産』として所有している額であり、貨幣で所有している金額ではない。万が一任務に失敗した場合──彼女たちは所有している物品や武具の中から何かを手離して現金を作る必要があるというわけだ。


「金貨三千枚って結構キツイっスよ? 何か売って金調達してこなきゃ、無理っスね」

「オレの装備を全部売り払ったとしてもその金額は無理だな。そもそもオレは武具がなきゃ仕事にならねぇし、売るなら他の奴の武具にしてくれよ」

「やっぱ普通の武具より魔法の武具マジックウェポンの方が高値がつくんじゃないスかね? 例えばムムが持ってる短剣とか。あれ、殆ど使ってないっスよね」

「…………」


 魔法の才能に乏しい二人に注目され、ムムは慌てて首を左右に振った。

 彼が所有する短剣は、切り裂いた相手が保有している魔力を吸収して自身の魔力へと変換することができる魔法の武具マジックウェポンなのだ。

 これを持つ魔道士は、そこに獲物がいる限り魔力が枯渇することはない。魔道士ならば誰もが入手を夢見る道具であると言えるだろう。


「もう、そもそもあたしたちがちゃんとこのルナリアって女を探し出して引き渡せばいいだけの話なんだから、今から違約金の話なんてしないでちょうだい」


 半ば苛立ちが混ざった溜め息をついて、ジュリアは手にした紙をひらひらさせた。

 例の、依頼人から貰った探し人の特徴が記された紙だ。


「全員が別々に行動して捜索範囲を広げれば、すぐには見つからなくても何か手がかりのひとつくらいは得られるはず。そもそもこのルナリアって女は目が見えないらしいし、そんな体で行ける場所なんてたかが知れてるってもんだわ」

「あー、目が見えないんじゃダンジョンとかにはまず入れないっスね。障害物が多い山とか森も……まぁ行けるっちゃ行けるかもしれないっスけど、そんなとこにわざわざ入って出られなくなったら飢え死に確定だし」

「成程。追われてる身とはいえ、人が全然いないような場所には行かないだろうってことか」

「この際だから、多少の出費は目を瞑るわ……どうせ依頼達成すれば金剛貨三十枚なんだし、違約金払うことに比べたら馬車の運賃なんて微々たるものよ。いいわね、何が何でもこの仕事、絶対に成功させるわよ……!」


 絶対に他の冒険者に抜け駆けされてたまるものか、と欲の炎を燃やして任務の成功を誓い合う彼女たち。

 ばらばらと各々が単独で別々の方へと旅立って行く様子を見つめながら、アストリッドは浮かない顔をしていた。

 ──大勢の冒険者を同時に雇って、世界中回る可能性だってある仕事内容なのに探し人以外の情報が何もない。それなのに雇用期間はたったの七日間……それで任務に失敗したら普通じゃ到底払い切れない金額の違約金。それに……今思えば、依頼人が何処の誰なのか、肝心のことを私たちは聞かされていない……

 どう考えても普通じゃない、と彼女は小さくかぶりを振っていた。

 ……まるで、最初から……この依頼って……




「お疲れ様です、イライア様。如何でしたか、先程の者共は」

「うむ。少々面白いことになった」


 英雄パーティが去った後の席で一人静かに紅茶を飲んでいた依頼人の男は、声を掛けてきた全身甲冑の人物に機嫌良さげな様子で応えた。


「あれがこの世界の英雄……先代ルガル王を討った人間の冒険者とやららしい」

「あの女が?」


 甲冑の騎士は予想外の回答だ、とでも言わんばかりに首を傾げた。


「恐れながら……我には、あの女がそれほどの人間であるようには見えなかったのですが……」

「それについては私も同じ意見だな。あれがそれほどの力を持っているようには見えなかった。魔素量も乏しく、他に驚異となりうる要素も感じなかった……無論、外部を欺くために高位の防御魔法でプロテクトを施している可能性もあるわけだが」


 まぁどちらであろうと構わん、とイライアなる男は笑った。


「あの者共がルナリアを探し出せたならば、それはそれで良し。元々そのつもりでわざわざこんな手の込んだことをしているのだからな。ルナリアを連れて来た時は、契約通りに報酬を支払い、もしも約束の日までに探し出せなかったとしたら──」


 紅茶の残りをくいっと一口で飲み干して、眼光を鋭くするのだった。


「──それを理由に奴らを断罪すれば良いだけのこと。我々にとっては、英雄など邪魔な存在以外の何物でもないからな」

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