第32話 史上最強の魔王。リュミエルの妹に会う。

 しばらく馬車で王都を見て回った後、リュミエルの妹のいる場所へと向かう。

 妹がいるという場所は王都の端の方にある屋敷だった。


 王都の端と言っても貧民街というわけではない。都市郊外といった雰囲気だ。

 貴族の別邸などが広い間隔を空けて建てられている。

 周囲には緑の豊富な丘があり、綺麗な川も流れていた。


『陛下。やっぱり、この王国は平和なんだね。王都を囲む城壁もないよ』

『大陸を統一した王国の余裕だな。それに王都の拡大が早いのだろう』

『確かに城壁は都市拡大には邪魔だもんね』


 王都が拡大した結果、狩猟などを楽しむために郊外に貴族が別邸を建てていったのだろう。

 そして、王都周辺には魔物がいないに違いない。だから壁がなくても襲われないのだ。


 リュミエルは貴族の別邸、その中の一邸を指し示す。


「妹がいるのはあの屋敷です」


 その屋敷の前には二名の獣人の衛兵が立っていた。

 馬車から降りるとリュミエルは、俺たちを案内して立派な屋敷の中へと入っていく。


「これはリュミエルの屋敷なのか?」


 リュミエルは王女。王女ならば屋敷の一邸や二邸を持っていてもおかしくはない。


「私の屋敷ではありません。王家の別荘の一つですね。今は妹が暮らしているだけです」

「リュミエルの妹ならば王女なんだろう? 王女なら、なぜ王宮で暮らさないんだ?」

「妹は病気なので……。王宮から離れてこちらで静養しているのです」

「ふむ。そういうものか」


 静養するのに王宮を離れなければならない病気とは何だろうか。

 そんなことを考えながら、リュミエルの後ろを歩いていく。


 途中すれ違う使用人たちは、リュミエルを見ても軽く会釈するだけだ。

 屋敷の中に居る使用人は全てエルフだった。


 どの使用人からもリュミエルに対する敬意などは感じない。

 そしてどの使用人も気づかれないよう巧妙に隠しながら、俺に鋭い視線を向けていた。


 使用人たちは全員腕が立ちそうな者ばかりだ。

 使用人の中で、最も弱いのは確実に屋敷の前に立っていた衛兵だろう。

 そのことに、不自然さを感じた。


「リュミエル。使用人たちは元々王宮に仕えていた者なのか?」

「はい、お師さまのおっしゃるとおりです。王宮から派遣されている形になります」

「使用人はみな武人なのか?」

「そんなことはないはずですが……。戦闘訓練を受けているのは衛兵さんぐらいだと思います」


 そんな会話を続けている間も、何人もの使用人とすれ違った。使用人の数は多いらしい。

 その全員が俺たちに興味があるようで、さりげなく観察してきた。


 しばらく歩いて、リュミエルはある部屋の扉の前で足を止める。


「私の妹、シレーヌがいるのはこの部屋になります」


 どうやら妹の名前はシレーヌと言うらしい。


「ああ、わかった。ヨルム。病人の部屋だ。騒ぐなよ」

「きゅるー『わかってるよー』」


 それからリュミエルは妹の部屋へと入る。俺もヨルムも一緒に部屋の中に入った。

 部屋の中に使用人は一人もいない。ベッドに横たわっている少女が一人だけしかいなかった。


「姉上! 本当に姉上なのね!」

 その少女はリュミエルを見て、嬉しそうに身体を起こす。


「うん。今日王都に戻ってきたところなの。ただいま」

「姉上がご無事に帰ってきてくれて、シレーヌは本当にうれしいです」

 シレーヌは泣きそうになっている。


 リュミエルが大変な状況に置かれていることをシレーヌは知っているようだ。


「私もシレーヌに会えてうれしいわ。今日は顔色もよさそうね。安心したわ」


 そうリュミエルは言うが、シレーヌの顔色は土気色だ。

 頬はやせこけ、髪の毛も栄養と手入れが足りていないのかひどく荒れていた。

 衣服も着替えさせてもらっていないのか、薄汚れている。


 服装の汚れ具合は街で出会った子供たちと大差ないほどだ。

 流石に生地はシレーヌが着ている服の方が上等だが、とても王女には見えなかった。


「うん、今日は調子がいいのよ。……げほっ、……げほげほっ、げほ」

「大丈夫? シレーヌ」

 リュミエルが慌てて、妹の背中をさする。

「うん、ごめんなさい。大丈夫なの」


 そう言って、シレーヌは力なく微笑んだ。心配させまいとしているのだろう。


「身体の調子が良いからと無理をしてはダメよ」

 リュミエルは、身体を起こしていたシレーヌを横にならせた。


「姉上。そちらの方は? お友達かしら」

「紹介するわね。ハイラムさんとヨルムくん。私の妹、シレーヌ・オルトヴィルです」

「シレーヌと申します。よろしくお願いいたします」

「ハイラムだ。リュミエルの友人だよ」

「きゅるー」


 ハイラムとヨルムが挨拶すると、シレーヌは律儀に頭を下げる。


「姉上がいつもお世話になっております。……ヨルム君って、もしかしてドラゴン?」

「そうなの。こう見えて実はヨルム君は古代竜なの」

「す、すごいです。あのおとぎ話に出てくる古代竜にお会いできるなんて! 光栄です」


 シレーヌは目を輝かせていた。

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