第5話

第5話


マリ(またあの夢だ…)




白い着物を着て、霧がかった真っ暗闇の何も無い空間にたたずむマリ…


あてもなくまた歩き始めると、再び少し離れた場所に同じく白い着物を着た男性の姿が現れる

近づこうとするも近づけず、手を伸ばそうとしても届かず、深い霧で顔も見えない




マリ「貴方は誰なんです?」

マリ「貴方は私に会いにきたのでしょう?だからこうして毎日私の夢の中に現れるのでしょう?」




しかし男性は応えない…男性はいつものように立ち止まりマリの立つ方向に振り返ると、微笑みながら手招きを始めた…




マリ「どうして?私はここにいます、ここにいるんです!」




胸が締め付けられる思いがし、悔しさからか涙がとめどなくあふれ…悲痛な思いで目の前にいる男性に呼びかけ続けるマリ




マリ「貴方は私を知っているのでしょう?!どうして何も応えてくれないの?!」

マリ「貴方は私に会いに来たのではないのですか?!」




それでも男性は応える事なく手を振り続ける




マリ(どうして…??)




しかし、マリ自身にもそれ以上はどうしようもできず、ただそれを見続けた…






「マリ、愛している…」




目覚め、半月ほど経とうとする夜…セイランはマリの部屋を訪れ、再び彼女を求めた。

マリに優しくキスをし、抱きよせるもマリはセイランを拒絶し、体を離そうとした。




セイラン「マリ、僕を受け入れて欲しい、もうずっと我慢しているんだ」

セイラン「君が欲しくてたまらない…マリを心から愛しているんだ」




マリ(私は彼を裏切っていたのかもしれない…賊に襲われ記憶を無くしたのは神々が私へ与えた罰なのかも…でも…)




そんな不実なマリの生活の面倒をセイランは良く見て、毎日のように会いに来てくれて、優しく微笑みかけてくれる…そんな彼の気持ちに応えられない事に申し訳なく思うも、

彼を少しも愛する事ができない…見つめられ、罪悪感に苛まれるマリ




マリ「ごめんなさい…」




俯き顔を背けると、セイランは、傷つき苛立ったのか、マリの顔をつかみ無理に頭を上げさせた

突然の事に驚き抵抗できないマリ




セイラン「なぜ僕を拒絶するんだ!?君は僕の妻だろう?!こんなにも愛しているのに!!!!」




セイランはマリの体を乱暴に寝台へ押し倒すと、無理やりキスをし、マリの体を貪り始めた



触れられた所から、違和感や嫌悪感がし、マリはなんとかしてここから逃げ出したい衝動にかられるも、

自分の不実や彼の気持ちに応えられない罪悪感、お腹の子を守れという老年女性の忠告を思い出し、諦め、セイランを受け入れてしまう




マリ(気持ち悪い…気持ち悪い…気持ち悪い…)




激しく愛撫され、意識が朦朧とする中、ふと自分の体の上にいるであろうセイランを見るとそこには人間ではなく、

何か得体の知れない黒い大きな塊が、蠢いているように見え、あまりのおぞましさと恐ろしさから目を閉じ、

ひたすらセイランの怒りが収まり、満足し、彼がこの部屋から出ていく事を願い耐えるマリ




セイラン「マリ、マリ、愛している…愛している!」



マリ(体は痛みや苦痛を感じても…心が、魂がどんどん体から離れていってしまうようだわ…)




夜着を剥ぎ、肌を露わにしても抵抗しないマリを見て、セイランは満足げに彼女の耳元で囁く




セイラン「やっと僕を受け入れてくれる気になってくれたようだね…マリ!君は僕だけのものだ!僕の妻だ!!」




何度も何度も一方的に求められ、もはや為されるがままに身体中に愛撫の跡を残し寝台の上で息も荒く、ぐったりしていると、

深いフードを被って顔を隠した黒い装束を着た男がセイランを呼びに寝室へやってくる




黒装束の男「おい、いつまでやっているつもりだ?」



セイラン「邪魔をするな!見てわからないのか?」




黒装束の男「…いつまで私達を待たせる気だ?後で好きなだけやればいいだろう?」




セイランは舌打ちをし、苛立ちながらも寝台から立ち上がり、着物を着直すと男と共に部屋を去っていく、








セイランと入れ替わるように…寝室の扉の前で待機していたらしい…老年の女性が入室し、マリを介抱し話かける。




老女「マリ様、気をたしかに…マリ様がしっかりなさらなければお腹の子に障ります」




老女に体を濡れた綺麗な白地の布で優しく拭かれ、徐々に生気を取り戻すマリ

体をゆっくりと起こすと剥がされた衣服を着直し、寝台の上に座りなおす




マリ「私はセイラン様を愛する事ができないのです、どうしても気持ち悪くて受け入れられないのです」



マリ「お腹の子の父親は誰なのですか?本当にセイラン様の子ではないのですか?」



老女「…」



マリ「父親が異なるのなら、その方は今どうされているのですか?」



マリ「セイラン様は…まるで憎の塊のような方です。その激しい感情を私に向けてくるのです。一体私はどんな罪を犯したのですか?」




震え、涙し俯くマリ




老女「マリ様、貴方様は何も罪など犯してはおりません…どうか今はお耐えになってください」




マリ「私はいつまで耐えればよいのでしょうか?このままお腹が大きくなれば子の事がいずれセイラン様にバレてしまいます」




老女「…」




何も応えない老年女性にがっかりし、ため息をつき、寝台から立ち上がり、ふらつきながらも寝室の外へ出ようとするマリ




老女「いけません!マリ様!この部屋を逃げ出されては!おやめくださいどうか!!」




慌てて立ち上がりマリの足元に駆け寄って伏礼する老年女性を見て驚き立ち止まるマリ




マリ「逃げ出すだなんて…記憶のない私に行くあてなどありませんから…体を洗いに行くだけです。私の体調を気遣って毎朝、湯をここまで運んでいただいてましたが、今は夜ですし…すぐ体を洗い流したいのです…」



マリ「これだけ大きな館なのですから、湯あみをする場所はどこかにあるのでしょう?」




老女「湯ならすぐにお持ちいたしますからどうか部屋に留まっていてください」



マリ「大丈夫ですよ、私に良くしてくださる貴方の事はセイラン様には内緒にしておきますから」



老女「いいえ、お願いです、マリ様がこの部屋から出られては、私がセイラン様に叱られてしまいます」



マリ「すぐ戻りますから…」



老女「いいえ!いいえ!どうか…部屋からお出にならないよう!私の息子夫婦やその子供達が人質にとられているのです!」




今にも出ていきそうなマリをもはや説得できないと思った老女は悲痛な面持ちで自身の窮状を嘆いた

そのあまりの内容に、驚き、目を見開き老女を見返すマリ




マリ「どういう事ですか?人質?貴方の家族を?なぜ??」




老女「貴方様は、セイラン様によってここに居場所を封じられているのです!」



老女「天女であらせられる貴方様がここを出られれば、その特別なお力によって居場所が悟られてしまうのです!」

老女「だから私はセイラン様に貴方様が一人でこの部屋から外に出られないよう見張れと命じられているのでございます!」




マリ「なぜそんな事を?悟られる?一体誰に?」



老女「マリ様のお腹の子の本当の父親がマリ様を探しているからでございます!」


老女「セイラン様は罪深い事をなされました…私は家族を人質にとられているとはいえ、セイラン様に命じられ、攫われた貴方様をここに閉じ込める事を手伝ったのです!」


老女「貴方様は、天上人…神の御使い…天女であらせられます。この世界で最も尊きお方…そしてこの国の后でもあらせられます…」




老女「そのような方を攫い、このような仕打ちをさせてしまい…どうかお許しください…」




老女「ですが、どうか…どうか…家族だけは…家族だけは…このままマリ様が一人で外に出られれば、私の家族は殺されてしまいます…」




マリの足元で床に頭を擦り付ける程に伏礼しながら、家族を人質にとられていると告白し震える老女を見て、老女が自分を騙していただろう怒りよりも、

この老女への非道な行いに対する怒りと、老女への悲しみと哀れみを感じるマリ




マリ「私は、私は…セイラン様に誘拐されこの部屋に何らかの力で封印され、監禁されているという事ですか?」



マリ「お腹の子の父親が本当の私の夫で今攫われた私を探しているという事なのですか?」




黙ってうなずく老女を見て、マリは夜毎視る不思議な夢の内容を思い出し確信する…




マリ(きっと、あの方だ!夢で何度も現れた…姿が見えず、近づけなかったのは、きっと私がここに封じられていたからだわ…)



マリ(そして、あの方は今もずっと私を探しつづけられている…会いたい…顔も姿もわからないあの方に会いたい…)




夢の中でしか会えない男性の事を思い、恋しく、切なくなり涙がとめどなくあふれ出るマリ…




マリ(私が攫われここに封じられたというのなら、賊に襲われて怪我をして記憶を無くしてしまったという事は嘘という事に…)



マリ(セイラン様が賊で、私を攫う時、襲って怪我させてしまったから私は記憶を無くしてしまったのだろうか?)




マリはここへ来て以来、セイランから記憶を取り戻すよう何度も励まされた事を思い出す…




マリ(でもそうならセイラン様にとって私の記憶が戻る事は都合が悪いはず…)



マリ(もし、この女性のいう事が本当の事だったとして…どうしてセイラン様は私を攫い、ここに閉じ込めようとしたのだろう?)




マリがこの寝室で目覚め、暮らし始めた当初、セイランは自分の事を妻と呼び、優しく親切で、心からマリを心配し良く尽くしてくれていた事や、

しかし、その優しさの中にとてもおぞましく恐ろしいものを感じ、マリはどうしてもセイランを受け入れられずずっと違和感を感じていた事も思い出す…




マリ「全てをお話ししてください…私は決して貴方の家族を見捨てるような事はいたしません…」




マリは膝をつき、伏したまま震え許しを乞い続ける哀れな老女の手をとり顔をあげさせ、まっすぐ彼女の瞳を見て優しく話しかける

老女はマリを騙した自分を責めるよりも、老女の立場や家族の事を思いやってくれる…マリの優しさに心を動かされ、彼女を信じ、震えながらも真実を語りだす…




老女「セイラン様は…あの力を得られてから狂われてしまったのです…」



マリ「…あの力?」



老女「代々この国の王たる者しか目覚めない、決して王以外の誰も得る事ができないとされている…天上の力…その神々の力をセイラン様は手に入れられたのです…」

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