どこもかしこもお祭り④

 話し合いをすると聞かされていたので、堅苦しい部屋に案内されるのかと思いきや、俺たちはパーティー会場といっても差し支えのない絢爛たる装飾の施された大広間へと案内された。

 テーブルの上に並べられた料理から漂う香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、否応なく腹の虫が鳴ってしまった。

「天音ちゃん、よだれよだれ!」

「あわわわわ~」

 このような煌びやかな場所に、平常時と変わらぬダンジョンへ潜るような格好は似つかわしくないのではないかと思ったのも束の間、落ち着いて周囲を見渡してみれば、皆武器や鎧を装備した泥臭い格好で参加していたので、ほっと胸を撫で下ろした。

「ささやかながら、おもてなしの席を設けさせてもらった。存分に堪能してくれ賜え!」

「あのあの~、ここにある物は全部食べていいんですか!?」

「もちろん、好きなだけ食べてもらって構わないさ!」

「やったです~!」

「天音ちゃん、私がよそってあげるから、そんなに慌てないで」

 天音に好きなだけ食べさせたら、本当にこの会場内に出された料理を全て平らげてしまいかねないので、穂波が透かさずカバーに入った。

「それじゃあ、僕は少し準備があるから失礼させてもらうよ。ワールドボス討伐の話は、また後で聞かせてくれ」

 臥竜はそう言い残すと、慌ただしく会場隅のドアへと消えていった。

「終生、気付いた?」

 栞は神妙な面持ちで話しかけてきた。

「栞、髪でも切ったのか?」

「切ってない。終生は私を怒らせようとしてる?」

「そんな勇気、俺にはないな。で、答えは?」

「臥竜はNPC」

 栞はとんでもない爆弾を投下した。

「え、冗談……じゃなさそうだな」

「尻尾が生えてた。獣人の血を引いてる。現実世界に獣人は存在しないから、臥竜は間違いなくこの世界の住人」

「ふむ。そうやって見分けられるんだな」

 獣人と聞いて、ぱっと思い浮かぶのはやはり猫宮さんだろうか。

「人間のNPCも存在するけれど、私たちには見分けが付かない」

「人間もNPCも変わりないって言いたいのか?」

「そういう意味ではいってない。でも、どう考えるかは終生次第」

「ま、第一線を走るギルドのリーダーがNPCっていうのは、酷い冗談だな」

 この世界に囚われたプレイヤーたちを助けるために、この世界によって生み出された存在が指揮を執るというのは、実に奇妙な現象だった。

 完璧であるはずの電子の世界で、矛盾が起きている。一体なぜそんなことになっているのだろうか。そもそも前提が間違っているとしたら。

 そんな俺の憂い事など知らない天音は、会場に並べてある御馳走を口いっぱいに頬張って幸せそうな笑みを浮かべていた。

 しばし、天音と穂波の様子を目で追っていると、いつの間にか会場に設けられた舞台の上には臥竜の姿があった。

「みんな、本日は遠路遙々、よく集まってくれた! 改めて、ここで感謝の言葉を述べさせてもらおう。愛してるぜええええ!」

「「…………」」

 盛大に滑り倒した臥竜は、何事もなかったように本題へと移った。

 すごいメンタルだ。

「今回、みんなに集まってもらったのは他でもない、新たなダンジョン攻略の話をしたかったからだ! もちろん、普通のダンジョンじゃないぞ!? ずばり、魔族の拠点の一つになっているクライシスの古城を攻め落とそうと考えているんだ! 感じるぞ、皆、滾ってきたな!?」

「魔族の城だって?」

「いよいよか……」

「やってやるぜ!」

「このいちごのムースおいしいです~」

 臥竜の発表に、会場内がざわつき始めた。

 この場に集まった全員が奮い立っているわけではなく、不安を感じていたり躊躇っていたりする者もそれなりの数が居るような印象を受けた。

「ちなみに、ここにその古城のマップがある! ワールドボスのレベルも判明している! Lv.60だ! そして、古城の特殊な仕様も記されている! ワールドボスと対峙できるのは十六人までだ! つまり、今回のワールドボスは選りすぐりの十六人で挑むことになる! 共に魔族を討ち滅ぼさんとする者、歴史の一ページに名を刻まんとする者は、僕にメッセージを送ってくれ賜え!」

 臥竜は会場内の不安な空気を吹き飛ばすように、まるで勝利に拳を突き上げるかのように、そう高らかにマップを掲げてみせた。

 話は以上のようで、臥竜は舞台袖へと消えていった。

 ちなみに、クライシスの古城のマップとワールドボスの情報は、付近のダンジョンの宝箱に入っていたそうだ。

 なぜダンジョンの宝箱にそのような物が入っているのだろうか、などという野暮な突っ込みはしないでおこう。魔族の城を攻略するために必要なアイテムが付近のダンジョンの宝箱に入っているのは、ゲームの世界では当たり前のことだからだ。

「私なんかが参加してもいいのかな……」

 穂波は突然のことに戸惑い、不安を感じている様子だった。

 天音に至っては、完全にフリーズしていた。

 一方の栞は、俺の意見を待っている様子だった。協力者という立場上、ゲームの攻略に関しては俺の判断に従うと決めているようだ。

「こんな機会は滅多にないよな。だったら、俺は参加したい。この先も、俺たち四人だけで城を攻め落とすのは現実的じゃないだろうし」

「異議なし」

 タイミングを見計らって、栞は同意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る