第20話 共食いではありません

「では、ヒューイ、ナーヴェ、前へ」


 ライザームの声で、場の空気が変わった。


「北東の砦『炎喰らいフレイムイーター』ヒューイに、至分の試練トライアルを与える。

 東の砦『炎狼の魔女フレイムウイッチ』メーヴェ、ヒューイの相手を」


 広場の中央で大きく間合をとって、『炎喰らいフレイムイーター』狼獣人ヒューイと『炎狼の魔女フレイムウイッチ上級犬頭人ハイコボルトメーヴェは向き合った。


 魔獣に変化へんげも出来る狼獣人のヒューイだが、犬頭人の上位進化種ハイコボルトとなったメーヴェと並ぶと、人型で犬狼系の魔物だけに、シルエットは男女の違いほどにも、差は感じられない。


「始めよ」


 あっさりとライザームの合図が出され、ヒューイは右手へ回り始め、メーヴェもすかさず相対して回り、何事も起きず一周した。

 ライザームは、始めの合図の他に、何も言わず、何の前提も条件の提示も、指示も出しておらず、注釈も無い。


 ヒューイは取り回しの良い小剣ショートソード短槍ショートスピアの装備だが、盾は持たず、短槍だけを構える。

 対するメーヴェも、短剣ダガー二振りを、両手に逆手で構えていた。


「さぁ、ヒューイ殿、先手はお譲りしますよ」


「気が合うね、メーヴェ殿。私も後手の方が得意なんだよ」


 メーヴェの言葉の挑発を、ヒューイが言葉で煽り返す。


 両手に短剣のメーヴェに、短槍のヒューイでは、どう見ても間合の差でヒューイの先行だが、二人の間合の取り方は、武器を使う接近戦と見せて魔法の投げ合いも、近距離の魔法を掻い潜っての接近戦も、相手の出方次第という風情だ。


 先に手の内を晒した方が、不利。


 だが、フェイントで出した業が手の内なのか、本当に見せかけフェイントか、それを読むところから、既に始まっている。


 短槍を翻して見せるヒューイに、臆する気配も見せず、ナーヴェは息を大きく吸う。


「『火竜の息吹ファイアブレス』」


 ナーヴェの口から、細いが一直線の炎がヒューイへと伸びる。


 高速圧縮詠唱と効果範囲変更の二重掛け。範囲攻撃で無く、炎が狭い範囲になる代わりに更に強く激しい炎になり、ナーヴェの向く方へ炎は集束され、操れる。

 術が持続する間は、ヒューイと炎の追いかけっこになる。

 はずだった。


 ヒューイは、棒立ちでナーヴェの炎を浴び続け、命中した胸元当たりから、炎が上る。

 ヒューイは、一息にその炎を吸い上げた。焼け焦げた胸甲が地面に落ち、カランと高い音を上げ、革鎧が燃え尽き、ヒューイは上半身の毛並を炎に揺らした。吸い込んだ魔法の炎はその上半身から吹き出し、燃えている。いや、上半身の体毛が炎を纏って揺れている。


「お見せしよう、『炎喰らいフレイムイーター』」

 まだ、ヒューイに向けて吹き出し続ける炎の吐息に、ヒューイは向かう。ナーヴェの火を吐くために開いた口を、ヒューイの口がその上から噛みつくように見えた。


「あれ、人間同士ならディープキスってヤツ?」

「どうかな? 舌の遣り取りくらいならそうかも知れんし、お熱いのは確かみたいだが」

「『熱い』の意味が違っておるし、『炎の舌』はそのままの意味じゃ。ノゾムも知ったかぶりは、恥ずかしいことになる前に改めよ」

 経験不足のノゾムの、ピントのズレた質問に、ゼルドがわざとピントを外した答えを返して、すかさず二人ともシルヴィアに釘を刺される。


「ディープキスって、噛みつき合うの?」

「ケイトリンは知らずともよい。聖女セイントにも聖女候補生アプレンティスにも、無縁の知見じゃによって」

 ケイトリンも年頃の乙女なのだが、シルヴィアは面倒事は増やさないでくれとばかりに、釘を刺す。


 もつれ合うように、ヒューイとメーヴェは、噛み合ったまま地を転がる。


「獣のように求め合う、『お互い』をじゃなくて『勝利』を、か⋯⋯つくづく度し難いな戦士ってヤツは⋯⋯」

「うまいこと言ったつもりで得意満面の愚か者のように聞こえるぞ、ゼルド。お主も同じ戦士であろう」


 ヒューイとナーヴェの、合わさる口吻の隙間から炎が噴き出す。ナーヴェがヒューイに呑み干せない程の炎を吹き出したのか、ヒューイが呑んだ炎を吐き返したのか。


 一瞬遅れて、二人の身体が離れる。二人は、残り火を吐き捨て、再び間合を取って立ち上がった。


 炎への耐性云々よりも、お互いの相性の良さと言うか相性の悪さに、開始時より動きが慎重になる。


 本来、犬頭人コボルトは、その名の通り地属性であり土精とも称する。

 炎を自在に操り、自らをさえ炎に変える『炎狼の魔女』。ナーヴェの歩んだ、属性の異なるその二つ名に至る道は、並大抵のものではない。


 だが相手も『炎喰らいフレイムイーター』を名乗る程の火炎魔法の使い手、魔力の炎を喰らって自らの炎、或いは魔力として吸収したものか、瞬時に同等の炎を投げ返して来る。


 油断も隙もなく、相手にとって不足も無い。魔力か、炎か、先に底をついた方の負けだ。


 いつの間にか、またぐるぐると大きな円を描いて、二人は回っていた。


 ナーヴェが敵陣を背にすると、ポーシュ達家族がその向こうで固唾を呑んで見守っていてくれていることが解る。加勢を求めるつもりは無いが、心強い。


 ふとナーヴェは立ち止まり、自分の有様を省みて、笑みがこぼれる。


「嗚呼、だからお兄ちゃん大好きよ。って、これはさっき自分から言ったのに、うっかりしてたわ」


 ヒューイも東の砦の面々を背に、立ち止まり、急に変わったナーヴェの態度に警戒する。


「もう一度言うけど、先手はお譲りしてもよくてよ、ヒューイ殿。二度のお誘いを蹴られたら、こちらから行かせていただくことになるけど、よろしくて?」


「ナーヴェ殿のご随意に。積極的な女性は嫌いじゃない」


 短いヒューイの返答を聞くや否や、既にナーヴェはヒューイの短槍の間合の中に飛び込んでいた。

 掻い潜られては面倒と短槍の穂先を引き、ヒューイは何時でも突けるように小さく構え直す。

 だが、ナーヴェはなぜか急減速する。

 ヒューイにとっては、短槍の良い的だ。ナーヴェのどちらかの手首を、短剣ごと落す勢いで、突く。

 逆手に握る二振りの短剣が、それを握るナーヴェの両手が交差し、ヒューイの短槍に触れるように短剣が挟む。


 ヒューイの短槍の穂先は、ナーヴェの右肩の肉を裂いたが、短槍はナーヴェに担がれたように肩の上にある。両手の短剣が、その左右から掛けられ、押さえつけられている。


「『三重氷炎縛トリプルロック』」


 ナーヴェの囁くような詠唱に、短槍はナーヴェの血と二振りの短剣からの炎と氷の三重螺旋に囚われて行く。

 ヒューイが短槍を手放すより一瞬早く、ナーヴェの三重螺旋は、ヒューイの腕を、首を、胴体を囚え、彼を勇猛な魔術戦士から、憐れな虜囚へと変える。


「そこまで」

 ライザームの声が、ナーヴェの勝利を宣言した。


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