第10話 横槍は認められません
「ゼルド!!」
「ダメですよ、ノゾム殿、決着するまで何人もいかなる干渉も認められていません」
今にも飛び出しそうなノゾムに、さらにポーシュが声をかける。
「両者の合意で始まった挑戦に横槍を入れたら、決して良い結果は招きませんよ」
「でも、僕は仲間をみすみす死なせたりしない! シルヴィア!」
「妾を止めなくてよいのか?」
シルヴィアは、もうノゾムに手を貸すのを決めた口振りでポーシュに言う。
「申し上げたでしょう? 今日私が皆さんと戦う確率は低い、と。ライザーム様の指示無しに私が何かをするのは、私がゼルド殿のライザーム様への挑戦に干渉したのと同じになりますから」
主への忠誠心以上に、何もする必要が無いと確信しているのが、見て取れる。これは悪手か、とシルヴィアは思うが、ノゾムの真っ直ぐさは最優先にして来たのだから、方針は変えない。
「死にはしませんよ。ライザーム様はお約束なさいましたから」
ポーシュはそう言って笑ったが、ノゾムの目には、胴体の三分の一を抉られて血の海に沈んだゼルドしか見えていない。
ノゾムは聖剣を両手で持つと大上段から振り下ろす。強固な結界にわずかに裂け目ができ、今度は聖剣でそれを突くように飛び込み、結界の中へ転がり込んだ。
シルヴィアは、五つの宝珠が嵌まった杖に切り替え、魔力を集め始める。
「杖に眠りし五大精霊よ、呼び掛けに応え、戦場を我が色に塗り替えよ『
シルヴィアの呪文・術式の効果範囲が徐々に拡がり、結界を侵蝕していく。相手の術式を丸々飲み込んで、自分の術式の一部のように支配して書き換えるシルヴィアの得意技だが、大規模・高ランクの術ほど、発動時間と追加の魔力を取られる。
ライザームは結界に入り込んだノゾムに向き直る。
「横紙破りにも程があるぞ、少年」
ノゾムは聖剣を構え、ライザームに突っ込んで来る。
「全く愚かな振舞いを」
振り降ろされた聖剣の切先をライザームは左手で無造作に掴むと、ノゾムの勢いのままに放り投げる。
聖剣の柄を離さなかったノゾムは、そのままライザームの左肩の上を通過して後方へ投げ出され、地を転がる。
「
「仲間の命を救うためだ!」
「ルールは既に教えているぞ。そのルールを破って魔戦士の挑戦を妨害し、私に挑んだからには、お前の挑戦はそれを上回るものでなければならない」
「ゼルドを殺させはしない!」
ノゾムの言葉に、ライザームは落胆する。
「話にならんな。ルールを守れない以上、挑戦者ですら無い。ゆえにお前たちの参戦も認められない」
シルヴィアの術で結界が緩んだが、ケイトリンの聖杯を掲げた詠唱は喉を詰めたように中断され、ケインの必中の【自在矢】は空中で静止し、不自然に伸びた影からマシューは飛び出そうとして下半身が影の中に留まったまま固まっている。
ライザームは杖を呼び出すと、それをナーヴェに投げる。ナーヴェは杖を恭しく受け取り、真っ直ぐに立てる。七つの宝珠が嵌った杖からライザームの声がする。
「失われし精霊王の名において、七つの精霊に命ずる。精霊王の威をもって一切の魔力を従わせよ『
ナーヴェが術をかけているわけではないが、その杖から発せられた術式が、シルヴィアの術式を更に上書きしていく。対抗するために魔力を追加し続けるのは困難と、シルヴィアは術式を中断したが、現状、次の一手が無い。
起き上がったノゾムは再度聖剣を構えているが、勢いを失って進退窮まっている。
ライザームはただ歩み寄ってノゾムの聖剣を再び鷲掴みにし、もう一度ノゾムを投げた。今度はノゾムのみが飛ばされ、聖剣はライザームの手の中に残る。
「挑戦者のみが、この結界内で自在に力を揮うことができ、それ以外の者は干渉できない。外からでも内側に入ってからでもそれは同じだ」
ノゾムは立ち上がろうとして、背中をライザームに踏みつけられる。
あれだけ鍛えたにも関わらず、身体はノゾムの言うことを聞かず、跳ね除けられなかった。
ライザームの後ろに音もなく現れたベリーヌは、その華奢な体格と腕で軽々とゼルドを抱えており、ノゾムの目の前にどさりと放り出す。
ゼルドの身体には、先ほどの大きな欠損はどこにも見当たらず、鎧の端々が血で汚れているだけだった。胸の上下で呼吸していることもわかる。
挑戦者として敗北したという結果が出たからなのか、ゼルドとの間の絆を遮断された気配はもう無くなっていた。
無力な小動物のように、襟首を掴まれ、ノゾムはライザームの左手一本で持ち上げられる。
「それでは勇者よ、予め警告したにも関わらず、それを無視し、挑戦に関する戒律を破り、名分と分別の無い振舞いに至った。今ここで、勇者のはしくれとしての【誓言】を求める! 私に後日改めて挑戦するか、二度と我らの領域に足を踏み入れぬか、さもなくば今ここでの死か」
ライザームの右の掌の中には、高度に圧縮された謎の術式が輝く魔法円を描き、既に発動している。そのままノゾムの鎧の上から心臓のあたりへ掌を密着させる。鎧越しにノゾムの心臓に何かが入り込む気配がした。3
「ノゾム! それはダメ!」
その光を見たケイトリンが叫ぶが、その身体はまだ立ち上がることもできない。
「二つ宣言せよ。一つ目は、我への挑戦を望むか? 望まぬか? 望むならば二つ目はその期限を。望まぬなら二つ目は死か逃亡かどちらかを選べ」
問うライザームに、ノゾムは唇を噛む。
自分一人ならここで命を落とすことを運命と受け入れることもできるが、このままではここまで力を貸してくれた仲間たちの命の灯火さえ消えてしまう。
「僕は、勇者ノゾムは、魔将ライザームとの再戦を望む!」
「若き勇者よ、挑戦までの期限は三日か、三十日か、九十日か、二百七十日か、八百十日か、好きな日数を選べ」
「三十日……三十日だ。三十日後に、僕は再びお前に挑む!」
「勇者ノゾムの宣言はなされた。【誓言】、【同盟】、【停戦】、【滅呪】、誓約の神ゴーディンの名において【締結】する」
五つの術式の魔法円がノゾムの心臓を中心に立体的に五芒星を組んだ。そして一行全員に、その絆を介して効力が及んでいるのがわかる。
「契約はなされた。では、三十日後に会いまみえよう。再戦までの間、我が配下・東の魔軍は汝らを攻撃せぬ。また、汝らも東の魔軍の兵士を傷つけることはできぬ。獣どもにさえ気を付ければ、無事に人間の街まで戻れよう」
ノゾムを下すと、ライザームは結界を解除する。息詰まる雰囲気がかき消された。
「ああ、念のために言っておくが、三十日未満でも再挑戦は可能だ。だが、我へ挑まずこの契約から逃げ、三十一日目の夜明けを迎えれば、お前たちの力は徐々に失われはじめ、以後三日過ぎる毎に仲間が一人死ぬ。勇者よ、お前は全ての仲間を自分の違背のせいで死なせ、その上で一人惨めな最期を迎えるであろう」
ノゾムはそこまで聞くと、意識を失った。
ノゾムが目を覚ますと、寝台に寝かされており、ケイトリンとシルヴィアが顔を覗き込んでいた。
そこは石壁に囲まれた広めの一室で、六つの寝台と六人掛けの木のテーブルと椅子がある。
ゼルドとケインはテーブルについて、黙々と堅そうなパンを齧っている。
「ポーシュ隊長たちが、運んでくれたのよ。もう遅いから、今晩はお泊りくださいって」
ケイトリンはそれだけ言って、ノゾムをテーブルの方へ誘導する。
木の皿の上には、堅そうなパンと摘みたてらしいガーディアンベリーの実が盛ってあった。陶器のカップには、もう冷めてしまった魔猪のスープが入っている。
「食え、ノゾム。勝者から敗者へのお恵みだ。悔しいと思うならそれを噛みしめて飲み込め」
ゼルドは自分に言うかのように、ノゾムに言った。ノゾムもゼルドやケインに続いて黙々と堅いパンを齧り始める。
「で、これからどうしようと思っておるのじゃ?」
「鍛え直す。そして、今度こそ勝つ」
ノゾムが答えるより先にゼルドが言い切る。
「気持ちはわかるけど、まず私の説明を聞いて」
ケイトリンがいつになく真面目な口調で話し始める。
「【誓言】の説明はライザーム自身がしたからいいよね? まず【同盟】、勇者一行である私たちとライザーム配下の東の魔軍は【誓言】の期限が切れるまで同盟軍、つまり味方扱いとなって、お互いに攻撃ができないし、たとえ戦えても経験値が入らないから成長もできないの」
「ちょっと待て、じゃあこの死の山周辺でのレベルアップは?」
「魔軍に属さない魔物の類いならいいけど、魔軍の兵士や使役された魔獣は経験値にならないからほぼ無理」
「死の山と魔の森を抜けて、北東の魔軍か南の魔軍の勢力圏内へ向かっても半月近くはかかります。行って帰って来るだけで三十日の期限が来てしまいますね」
マシューの概算でも絶望的だ。
「【停戦】は、単独では味方の強化魔法の解除と引き換えに敵方の強化系の魔法を無効にするんだけど、勇者だけが仕える魔法【聖戦】も対象になるの。【聖戦】は味方全体の強化・状態異常からの回復効果が含まれているから、【誓言】だけなら勇者に対する不利な効果の魔法や呪いとして【聖戦】の発動で無効にしてしまうことも可能だったけど、【停戦】が含まれるとそれは無理。そして【滅呪】は味方への弱体化系の魔法や呪いを無効にする魔法。単独ならそれだけだけど、問題は最後の【締結】よ。ライザームは失われた東方十神の力を借りたみたいだけど、【締結】は神の力で契約を強化するから、【誓言】破りに対するペナルティは神罰級になるし、【締結】によって神の力を帯びた【誓言】を破ろうとする魔法は【滅呪】が全て呪い系とみなして退けてしまうの」
対勇者用に組み合わされた術式、勇者の挑戦を受ける側の魔軍としては、準備があってもおかしくない。
「ケイトリンの口ぶりだと、その五つの魔法って」
「そう、失われた東方十神の力を借りているとは言え、五つ全て高位の僧侶・神官が使う神聖系の魔法。東の魔軍から見れば、敵が三十日の間戦えなくなる神の恵み、束の間の平和をもたらす魔法ってこと」
慎重にかつ速やかに方針を定めないといけない。残りは三十日なのだから。
「神聖魔法の使い手か、配下のトップが聖騎士なわけじゃな。魔王にとってはそれこそが『闇魔道』ということか?」
シルヴィアはマシューの言った闇の七賢魔を思い浮かべる。あのような曲者が魔軍にはあと何人潜んでいるのか。
「魔法もそうだが、武技さえ使わずにあの強さだ、ケイトリンの言う『緑龍将』が本当の称号なのかもな」
ゼルドは、八龍将を想像する。あれより強いのが七人もいる。楽しみだ。俺はもっと強くなれる。
「今回のような事態を繰り返さないためにも、情報収集のやり直しは、最低限必要ですね」
マシューが絞り出すように呟き、一行はただ頷くほかなかった。
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