第8話 お互い後には退けません
「補助魔術をかけるなら、今の内に。始まれば、誰も干渉できぬようになる」
ライザームは言いながら、魔獣革で出来た胸甲や手甲を付けていく。脛当てはベリーヌが後ろで固定していた。
「どの種類であれ、一度の『挑戦』に対して、一つの『情報』を報酬として提供する。そして『勝利』した場合は、提供する『情報』をもう一つ追加する。『挑戦』の種類に応じて、何らかの報酬が追加される場合もあるが、『黒魔槍』への挑戦には特に定めは無い。そちらからの条件や要望があるなら、聞いておこう。可能なら変更してもよい。また、この挑戦に関する質問でもかまわぬ」
ゼルド本人ではなく、まずマシューが尋ねた。
「これは一騎討ちなのですか? 勝利条件は?」
「私と挑戦者のみの戦いである。開始から終了まで余人は一切干渉できない。勝利条件は片方が負けを認めるか戦闘不能となるまで、生死は問わぬ。が、勇者殿の今後の成長のため、師を奪うのは躊躇われる。命までは取らぬと約束しよう」
「これは、ゼルドを挑発しておるという解釈でよいのか?」
「どうでしょう。本心と挑発の両方かもしれませんが」
シルヴィアとマシューは、ライザームの上からの物言いをいぶかしむ。
「こっちも命は取らないよ、ポーシュ隊長から尊敬する主を奪うのは、心苦しいからね。だけど、その趣味の悪い
ゼルドも戦闘に関わるスキルの一つとして『挑発』はお手の物だ。
「魔戦士よ、本当にこの服を裂くことができたなら、勝敗に関わらずクローチの持つ
ライザームはその挑発を面白がるように言う。
緑と紺の縦縞という奇妙なスーツは、ライザームが自らの魔力を流しこむと、その上から固定された魔獣革の鎧と最初から一体化していたかのように馴染んで見えた。
目の前で相手の防御力の変化を感じたのは確かだが、ノゾムたちには魔力の動き以外に何が起きたかの理解ができない。
ライザームの『隠蔽』なり『鑑定阻害』なりのスキルが、異常に高いということか。
シルヴィアが速度強化の術をかけ、ケイトリンが防御力上昇の術をかける。マシューは手持ちの
ゼルドの『魔戦士』は、上級
魔術具や魔法特性のある武器防具を自分の武技と連携させることができる反面、他者からの支援・補助の術は場合によっては戦闘のバランスを崩し、技の精度を落とす結果になることもあるので事前に選択しなければならない。
固有スキルである『
それこそが『魔戦士』ゼルドの本領である。
「『
ゼルドが呟くように呼ぶと同時に、背負った大剣は『
ライザームは靴と手袋を着け、右手を宙に上げると、強い力を感じさせるが至ってシンプルな形状の黒い槍がその手の中に出現した。
「【
言い終えるのを待たず、槍が黒い霧のように輪郭を失った。ライザームの手にあるのは、何かはっきりしない槍の長さ程の棒状の黒い霧。本来なら槍の石突とおぼしきものが、石の床をガツンと音を立てて叩く。
「おっ!」
瞬時に全員が、ライザームの執務室から強制移動させられていた。
北側の端の真ん中にベリーヌとナーヴェ、北西の角にチャタ、北東の角にカイト、西側の真ん中にチャロ、東側の真ん中にハイト、南西の角にクローチ、南東の角にツランが立っている。
残る南側の真ん中にゼルドを除くノゾム一行とポーシュが、そしてゼルドは北側のベリーヌたちの前に、ライザームはノゾムたちのすぐ前に背中を見せて立っていた。
「もう、始まっているので、チャタたちの内側には干渉できません。応援はいいですが、助勢はもちろん、助言も内容によっては助勢と判定される可能性がありますので、お気をつけください」
ポーシュがこちらにいるのは解説役のつもりか、それとも各辺に配下がいることで結界を作っているのか、少なくともこの距離でライザームが背中を向けているということは、結界の強度か配下の対応に余程の自信があるということなのだろう。
「もう始まっている、ということはわかっているな?」
ライザームが槍状の黒い霧の中央あたりを持って回転させる。槍が風を切る音がする。腰の高さで水平に回転していたかと思うと、流れるように縦の回転に変わり、身体の左右で交互に円を描く。
何かの魔法的な効果を発動させる手順ででもなければ、槍を大仰に回して見せるなど単なる虚仮威しに過ぎない。ゼルドはその回転を読んで真っ直ぐに突く。
「見誤るなと忠告までされた上で、それは情けないのぅ」
シルヴィアのぼやきで、ノゾムはゼルドが初手で乗せられてしまっているのに気付かされた。
槍状の黒い霧が真ん中から折れてゼルドとその槍を挟むのが見えた。
ゼルドは降魔槍を振ってそれを上下に弾き、さらに一歩踏み込むが、その穂先はライザームの左腕の盾のような形の黒い霧に逸らされて空を切った。
その瞬間、下に弾いた黒い霧の半分の先端がゼルドの右足の甲を突く。
「『
銀色の金属甲冑がゼルドの全身に瞬時に装備され、右足で金属の衝突音がした。
「『
ゼルドは長剣と丸盾に切り替える。
「ゼルドが一手遅いのって初めて見た。それにあれは多分剣じゃなくて槌矛だから斬撃じゃなくて打撃、甲冑で防御じゃなくて避けるべきだったわね」
珍しく、ケイトリンが戦闘の分析をする。わずかだが、ゼルドの動きが悪い。
「多分、右足の小指、変形した靴に圧迫されてるか骨が折れてる。相当痛いよ。でも完全に痛覚遮断しちゃうと変形させられた靴での脚捌きの精度が落ちるし、そのままだと痛みに対する反射的な動きで思ったようには動けない。ちょうどいい具合に調整するのに一呼吸か二呼吸、その間が」
「命取りのようじゃな」
ゼルドが装備を交換する時に必要なのは明確な意思とイメージだけだが、補助的にその名を呼んでいたことが癖として身についている。
ゼルド自身と全く同様の戦法を使うことを予想しなかったために、ライザームに後れをとった。
槍が変形したのか、装備が変わったのか、黒い霧の武器を見極めるのに要した、瞬きほどの間。
しかも、戦技というにはあまりにも地味な足への一撃。
後追いで対抗した装備の変更も読まれていた。
その後の四合か五合の間、戦技を繰り出そうとする隙を縫うように、右手の人差し指と左手の小指を強かに打たれた。折れたか捩じれたかはしたようだが、最上級回復薬の瓶を割って浴びることで強制的に治す。
「『
剣と盾と鎧が消え、銀色の籠手が金色の手甲に代わり、空中に二つの盾が現れゼルドの周囲を旋回する。
戦技を出す間を読まれ、わずかな油断と隙を三度突かれた。
だが、それで委縮するのはゼルドの流儀ではない。身体強化と加速をもう一段上げ、もっと速くもっと肉迫する。
武器も戦技も関係ない技を見せられた以上、それ以上の技を返す。
どこまでもゼルドは『魔戦士』なのだから。
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