君に曜日がないとしても

 鈴音すずねくんには、曜日がない。一日しか記憶が持たないから、日々の区別ができないのだ。夜を跨げば、過去が消える。毎日リセットされるのだ。どうしてなのか、性格も変わる。彼には曜日の区別ができなくても、周りにとっては、曜日のようにころころと変わる。それが鈴音くん。

 月曜日、わたしは鈴音くんに告白した。好きだとはっきり告げたのだ。鈴音くんは、困った顔をした。ぼくは明日にはぼくじゃないから、と言った。月曜日の鈴音くんの、一日だけの人格。知ってるよ、とわたしは答えた。それでもわたしは鈴音くんが好きだった。

 火曜日、わたしは鈴音くんに告白した。好きだとまたしても告げたのだ。鈴音くんは、きょとんとした顔をした。ぼくはあなたを知らないから、と言った。火曜日の鈴音くんは、わたしとは素知らぬ他人。そうだよね、とわたしは答えた。それでもわたしは鈴音くんが好きだった。

 水曜日、わたしは鈴音くんに告白した。好きだと懲りずに告げたのだ。鈴音くんは、嘲笑うような顔をした。そうやって、バカにしてるんだろう。俺に記憶がないからって、もてあそんで、腹の底で見下しているんだろう。明日には全部忘れるんだ。ふざけるなよ。なにが好きだ。俺には知り合いすらいないんだよ。記憶の確かな、あんたみたいなおめでたい人間には、わからないだろうけどな。と言った。水曜日の鈴音くんの、ぶつけようのない怒り。そうだね、わからないよ、とわたしは答えた。それでもわたしは鈴音くんが好きだった。

 木曜日、わたしは鈴音くんに告白した。好きだとバカのひとつおぼえに告げたのだ。鈴音くんは、喜ぶような顔をした。ありがとう、ぼくなんかを好きになってくれて。明日には忘れるけど、ありがとう。きみのことは知らないけれど、ありがとう。この人生に感謝しよう。夜には消えてしまう人生だけど。ぼくを知ってくれて、ありがとう。と言った。木曜日の鈴音くんの、とめどない感謝。きょうだけなのね、とわたしは答えた。それでもわたしは鈴音くんが好きだった。

 金曜日、わたしは鈴音くんに告白した。好きだと飽きもせず告げたのだ。鈴音くんは、無表情だった。なにひとつ喋らなかった。わたしもそれ以上なにも言えなかった。それでもわたしは鈴音くんが好きだった。

 土曜日、わたしは鈴音くんに告白した。好きだと相も変わらず告げたのだ。鈴音くんは、ため息をつき、諦めたような顔をした。意味がないよ。わかってるんだろう。無意味なんだよ。ぜんぶ、無意味だ。ぼくは好きでも嫌いでもないよ。きみのことも、だれのことも。だって、意味がないから。どうせ消えるから。いなくなってしまうから。憶えることもできないから。と言った。意味はあるよ、とわたしは答えた。意味は、ある。わたしが鈴音くんを好きだということ。

 日曜日、わたしは鈴音くんに告白するだろう。好きだとふたたび告げるだろう。七曜がめぐり、季節が過ぎ去り、なにもかもことごとく忘れ去られるとしても。君に曜日がないとしても、わたしは君が好きだから。

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