夜囚

 盗賊の首領は、夜送りの刑を下された。懲役二千年。悠久の真夜中に、虜囚としてながらえるのだ。

 盗賊とはいえ、首領はなにも盗んだことはなかった。ただ、危険思想を吹聴してまわった。富や能力で価値づけされる世界を、否定したのだ。それは甚だしい罪とされた。共同体の積み上げてきた序列を、根底から揺るがしかねない。彼は人々の労力を盗もうとしている! そう蔑まれ、責め立てられた。かくして首領は夜送りとなった。

 夜は、広大で果てしない牢獄だった。空はいつまでも暗く、荒れ野はどこまでも続いていた。人はいない。影はいた。それは夜の顔をしていた。言葉にならない言葉をうめき、嘆くように佇んでいた。意思の疎通は困難だった。

 首領が夜をさまよっていると、影の葬列に出くわした。棺を抱えた影の集団が、荒れ野をゆっくりと歩いていく。首領は後をついていった。だが、影たちの歩みに終わりはなかった。墓を探しているようなのだが、墓がどこにも見つからないのだ。影たちは何年も何年もかけて、同じ軌跡を堂々巡りしていた。首領は影たちの葬列から離れた。ここに、自分の求めるものはない。だが、それはどこで見つかるというのだろう。果てのない夜の暗闇の只中で。

 冷たい砂漠に首領がうずくまっていると、どこからか鳥の鳴き声が聞こえた。首領は顔を上げた。満月が、目と鼻の先にあった。接吻しそうな相手の皮膚のように、月面のえぐれた凹凸が眺められた。それは鳥の顔のように見えた。首領は月に話しかけられた。

 おまえの夜に、空はあるのか?

 声のない言葉に、首領は答えた。

 空はある。月も見える。鳥がいる。

 首領の言葉に、月の鳥は笑った。

 おまえの夜は、これからも続くだろう。

 満月はかたちを崩し、青い蝶の集団となって、思い思いの方向に四散した。名残りの燐光が、首領のおもてを照らした。

 冷たい砂漠に、首領はひとりきりだった。先刻のお告げは、刑期の延長を仄めかしていた。暗い痛みが、首領の胸をよぎった。

 どうすれば、あらゆる人間の魂は救われるのだろう。認識さえあらたまれば、関係のなかに光は宿るというのに。どうすれば、それを正しく伝えることができるのだろう……。

 懲役二千年。刑期は延びに延びる。考える時間だけはたっぷりある。首領の長い夜は続く。

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