王子を見つけるための歌
長月瓦礫
王子を見つけるための歌
「なんでっ! 見つからないのっ!」
頭を抱え、マリナは絶叫した。
分厚い雲に覆われた空から大粒の雨がシャワーのように降り注ぐ。
大量の水に打たれる感覚が母国を彷彿とさせ、彼女は勢いのままに歌い始める。
人魚の歌は嵐を呼ぶ歌だ。
そのことをすっかり忘れていた。
いい感じの雰囲気になっても、最終的には結びつかない。
人間と空気が違うことが相手にばれてしまっているのだろうか。
それとも、人魚と悲恋は切っても切り離せないものなのだろうか。
因果関係はよく分からないが、何もかもがうまくいっていないのは確かである。
「あーもー! どーしよー!」
さらに声を上げる。雨も強さを増してきた。
本当に海に沈みそうな勢いだ。
彼女が人間界へ来た理由、それは婚活だった。
海の環境汚染が進み、人魚も数を減らしていた。
他の一族は汚染があまりひどくない遠い海に住まいを移し替えたらしいが、遠い海を渡るくらいなら、近場の人間を騙してでも子孫を増やした方がいい。
そう判断した一族の当主は、さっそく魔女と掛け合った。
昔は声と引き換えに人魚に足を生やしていた彼女も、今回の件について何も言わなかった。すべては人間に原因があり、彼らが海を汚していることを誰よりも知っていたからだ。
「気をつけるんだよ、そう簡単に気を許しちゃいけないんだからね。
金の貸し借りは特にやっちゃいけない。
それに、政治とスポーツ、宗教の話は好まれない話題だ。
相手の話をよーく聞いて、どんな奴か見極めるんだ。いいね?」
「分かってるって……人魚との間でもそうだったじゃん。大丈夫だよ」
「それから、自分の気に入らない物を社会のためといって排除する人間も注意した方がいい。多様性だ何だと言っているけれど、結局はエゴでしかないんだから」
「はいはい。おばあちゃん、マジでSNSとか嫌いだもんね。
やりすぎないように注意する」
「辛くなったらいつでも帰って来ていいからね。
媚薬でも作って待ってるから」
「それ一番やっちゃいけないヤツ!
人間界だと捕まっちゃうから!」
「冗談に決まってるじゃないのさ。
今時、そんなものは流行らないからねえ」
冗談に聞こえないのが怖いんだよなあ。
なんか一回、捕まりかけたとか言ってなかったっけ。
拾い物を寄せ集めて作った棚には瓶がずらりと並んでいる。
長期保存用の料理ばかりであるらしく、瓶が放つ異臭が混ざり合い、独特なにおいが部屋中を満たしている。
「いい相手が見つからなかったら、腹いせに人間界を海の底に沈めてやりな!
なに、そのくらいやっても怒られないよ、死んだやつは口がきけないからね!
そら、気をつけて行くんだよ!」
別れの言葉は完全に悪役のそれだったし、さりげなく人間界の命運を両肩に背負わされてしまったけれど、マリナはあまり気にしなかった。
結婚相手なんてすぐに見つかると思っていた。そんな時期が彼女にもあった。
そんなに難しいのか、婚活って。
相性もあるのかもしれないけど、何が悪いんだ。
運が悪いとかもはやそういう問題ではない。
今日で何十敗目だろう。三桁を超えたかもしれない。
橋の手すりに突っ伏した。
「おねーさん、こんなところで何してるんです?」
「……何もしてない」
「そーですか」
同年代くらいの男が立っていた。
色の薄い髪に眠そうな表情を浮かべている。
今日のイベントにはいなかったタイプだ。
というか、何気なくビニール傘に入れないでほしい。バッグから折り畳み傘を取り出して開く。
「おねーさん、どっから来たんですか?」
「沖縄の海底」
「へえ、めっちゃ遠いじゃないですか。
知り合いのダイバーが言ってたんですけど、海がすんごい綺麗なんですってね」
「……全然。こっちのネオン街のほうが眩しいくらいだよ」
「あー、夜は慣れないとキツいですよね。
俺も眩しいの苦手なんで、気持ち分かります」
あれ、今のツッコむところじゃないの?
海底って言ったはずなのに、何でドン引きしないの。
もしかして、雨の音で聞こえてなかった?
「で、おにーさんは何しに来たの?」
「暇だったんで散歩に」
「ああ、それは災難だったね……」
「別に気にしてないですよ。家も近いですし」
「そっかー」
突然の豪雨でもあまり気にしていないようだ。
今日に関しては自分にも非があるのは確かだ。
まさか、こんなところで叫んだだけでこうなるとは思わないじゃん。
海に沈めるつもりは一切なかったんだよ、マジで。
誰に言うわけでもない言い訳を頭の中で繰り返す。
「おねーさん、急がなくていいんですか?」
「フラれちゃったからね。もういいの」
「そーですか」
どうせ、しばらく予定もない。
気分を落ち着かせるためにも、何か新しい趣味でも探そうかな。
「おにーさんこそ、こんなところで私みたいなのを相手にしてていいの?」
「傘もささないで立ってるんで、思わず声かけちゃいました」
「放っておいてよかったのに」
「いや、そういうわけにもいかないというか。
声も綺麗だったんで、こりゃ逃すわけにもいかないなと」
「……聞いてたの?」
「ええ、まあ。
割とハッキリと聞こえてたっていうか」
タイミングが最悪すぎる。
まあ、あんだけ大声で騒いでいたら何事かと思うか。
無視していた人たちは突然の豪雨でそれどころじゃなかったみたいだけど。
「俺的にはいい線いってたと思ったんですけどね」
「誰なのよ、アンタは」
「霧崎奈波です」
「そういうことじゃなくて……」
「まあ、こういう者なんです」
そのまま名刺を渡された。
「おねーさん。実は俺、タイムトラベラーなんです。
六十年前の世界からやって来ました」
「は?」
「なーんて言っても、信じられないでしょ?
それと同じです。おねーさんが海から来たっていう証明なんて、できませんよね?」
ちゃっかり聞いていやがった。
何ですっとぼけるような真似をしたんだ。
「で、何が言いたいワケ?」
それとこれとは話が違うというか、言いくるめようとしている気がする。
何が目的なんだ、コイツ。
「俺のことは検索すればすぐ出てくると思います。実はイベント期間中なんですけど、挑戦者がいなくて困っていたところだったんです。
だから、受けてたってくれたら泣いて喜びます。先輩にも自慢できますしね」
「何それ、どういうこと」
「俺からの挑戦状だと思ってください。こんな嵐を起こせるくらいなんだ。
おねーさんの本気、見せてくれませんか?」
まっすぐ見つめる。先ほどから一ミリも笑っていない。真剣にこの話をしてるんだ。
何のことかは分からないが、検索すればいいだけの話だ。
「別にいいけど、スカイツリー吹き飛ばすかもよ?」
「それは勘弁ですけど……まあ、それくらいの目標を持ってくれただけ嬉しいです。
それじゃ、楽しみに待ってますから」
霧崎は片手を上げてその場を去った。
挑戦状か。趣味になりそうなものも探していたことだし、受けてみようかな。
分厚い雲の切れ間から太陽がのぞいていた。
彼女が深海系歌手として名を上げることになるのは、また別のお話である。
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