第13話

 雪が積もり始めたころ、ヨーカドーからの帰り道。朋彦はどうにかして、ただお話するだけでなくしたかった。ええい手袋が邪魔なのだ。寒気は強まるばかりだ。外では手袋なしでは厳しい。でも、明るい、ヨーカドーのフードコートとかで手をつなぐのはややおかしい。かといって、学校でいちゃこらするのは、周囲の顰蹙を買う(そういう「勘違い」なカップルを多く見かけていた)。


 だから手をつなぐのは帰り道。夜道。でも手袋が邪魔なのだ。どうすればいいのか。シンプルに言えればいいのだが、何日も言いだせず、タイミングをうかがうばかりになってしまっていた。


 浅尾が手袋を脱ぎ、電信装置をコートの左のポケットから取り出す(彼女は利き手の逆でこれを扱う)。運よく朋彦は浅尾の左にいる。


「えっと、手をつなごう」


「え!」


 浅尾はあわてて電信装置をしまう。しばらくして、ようやく二人は初めて手をつないだ。


 朋彦が女子の手が柔らかなことに大いに感動していると、浅尾は少し回り込んで歩みを止めて、朋彦に向き直る。朋彦の右手を掴んだ左手をあらためて強く握って、それで自分の胸の前に持って行く。


 浅尾は右手を、繋いだ左手に添える。両手で朋彦の右手を包み込む。それで、自分に引き寄せる。朋彦は手首の下のあたりに浅尾の胸部が当たっているような気がして、でも厚いコートの感触に過ぎないような気もして、そのことばかり考えてしまう。


 浅尾が繋いだ手をあまりに引き寄せたため、二人の距離が僅かになる。


 浅尾がいきなり首を小刻みに振る。


「うーこれはダメだ。朋彦君、ごめんなさい……!」


 言うや否や、手を離し浅尾は勢いよく走り去る。ショート・ヘアの髪が靡き、陸上部の健脚であっという間に見えなくなる。朋彦は何が何やら解らず、短距離もいけるんじゃないか? などと考えていた。


 夜に経時簡易短信が来た。


「さっきはいきなりかえってごめん」


「どうしたの? 大丈夫?」


「明日話すね」


「わかったよ」


 更に夜遅くに、卓球部の女子の主将の山本晶から経時簡易短信がもたらされる。


「なんかあったの?」


「わからん。明日話すってさ」


「そっか」


「なんか聴いてない?」


「いやーわからんね。あんたならちゃんとできると思うから、ちゃんとやってね」


「善処する」


 一時間目から七時間目、さらには放課に至るまで、二人は上手くタイミングが合わせられなかった。朋彦は早番の練習を終えて、浅尾の練習が終わるのを男子更衣室で待つ。陽が短く、更衣室の古い電灯(未だにLEDだ)を点けなければならない。新書を読み進める。例によって新書の後半の方、ページを繰るのに手間取るあたりを読む。


 浅尾から経時簡易短信のメッセージが来る。朋彦は生徒玄関へ向かう。


 下駄箱から外靴を取りだす少し前、向こう側の影に浅尾がいるのに気がつく。浅尾は少し手をあげ、やや首をかしげて朋彦に合図する。朋彦は外靴を持ったまま彼女に近付く。


「ごめん昨日は」


「いや、全然。どう? 話せそう?」


 やや時間を置いて浅尾が「うん」と頷く。


 朋彦は外靴を持ったまま再び下駄箱のところに至る。近くには森川芳野の下駄箱がある。サッカー部のいたずらの舞台だ。


 校舎の縁の、庇になった積雪の無いところに、座れるコンクリートのブロックがある。幾ばくかの教室からの明かりで、真っ暗というわけではない。寒さはちょっとこたえるけれど、じきに身体が慣れることを、北国育ちの二人は知っている。白い吐息がとても長く残る。

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