第11話
朋彦は芳野と一緒に、自転車を手で押しながら街を歩く。彼氏がいるのに、他の男と二人でいていいのか? と早い段階で尋ねていた。
「荒木君て、昔の人みたいな考え方するのね」
「や、そう、かな?」
「慎之介君からは、別に他の男子と二人になっても構わないって言われてるから大丈夫」
「そういうもんかねえ?」
「そういうもん、です」
「川上が他の女子と仲良くしてても気にならない?」
「あはは慎之介君知り合い多いから仕方ないんじゃない? やっぱり昔の人みたい」
駅の近くにある総合スーパーに入る。この街に三十年ほど前からあるイトーヨーカドーだ。高校生がよくたむろするフードコートに到着。餃子の王将もあるけれど、飲み物だけならばこっちだ。
フードコートは雑然としていて、家族連れや中高生、あるいはいくばくかの老人がいる。または、それ以外のなにやら他の人と異なるような孤独な人々もいることを朋彦は見知っていた。
フードコートにはスターバックスは……ない。そんなものは田舎にはないのだ。帯広まで行くか、そうじゃなきゃ旭川に行かないとダメ。昔からそうなのだ。しかしスターバックスはないのだけれど、スターバックスのマークをまねした地元だけのコーヒー店がある。二人でカウンターに並ぶ。
「何にする?」
「ほんとにいいの?」
「もちろん」
「じゃアイスコーヒー」
「OK、ええと、Bセット2つで、グレートハードヴァリアントカフェモカと水だしアイスコーヒーください」
Bセットは、簡単な
「荒木君は甘いのは嫌いなの?」
「いや結構好きだけど、ここのアイスコーヒーがうまくて冬でもいつも頼んでる」
「水だし」
「そう。ケーキに合うよ」
「へー今度頼んでみようかな」
適当に選んで席につく。前の人が残した水滴がテーブルにあり、朋彦はテーブルに付属するおしぼりでこれを除く。
芳野がカフェモカを飲み、ケーキを頬張る。朋彦は何かのコマーシャルを見ているかのように感ずる。芳野は振る舞いと言うか、動きがまた可愛いのだ。芳野が天性の感覚でこれをやっているのか、自分が可愛いのを解っていて狙ってやっているのか、朋彦は普段観察していてもさっぱりわからないし、今この瞬間においても判断しえなかった。
練習とその後の覗き行為で、朋彦は喉が渇いていたようだ。アイスコーヒーを三口ほどで飲み干してしまった。ストローから間抜けな音がする。グラスには氷だけ。
「ちょっと荒木君!」
「おあ、飲んでしまった」
「そう! もーせっかく頼んだのにー」
「喉が渇いてて」
「うーん」
「正直言うと、女子と二人でこういうところに来たことがない」
「あはは、そーみたいだね」
芳野は右手をやや開いて口に手を当てて、花のように笑う。
「でも荒木君はそういう正直なところがいいのかもね。変に見栄張らないところ。しゃーないな。アイスコーヒーでいい?」
「さすがに二杯目は」
「いーから」
芳野はそう言いながら席を立つ。女子はこういうのは本当に上手くて、すぐに芳野は偽スターバックスの注文口に行ってしまった。それに、鞄はそのまま。だから朋彦は保安のために席を動けない。しばらくして芳野が戻る。
「ほい」
「ありがと。今度は味わって飲む」
「うんうん」
朋彦は、芳野がようやく自らのモカとケーキをじっくり味わえることに気がついた。
「岡田さんとは、こういうところには来ないの?」
「哉子? 哉子とは幼馴染だけど、確かに来ないなあ。むしろ幼馴染過ぎて遠慮がなくて、飲み物とかすぐ飲んじゃうかも」
「そっか。二人は付き合ってるわけじゃあないんだよね?」芳野のトーンがちょっと下がる。
「哉子と? 全然付き合ってないよ。哉子は昔から年上の男と交際してて、今は社会人の人と付き合ってるんじゃないかな」
「そっかー」
「なんか気になった?」
芳野はテーブルの縁の辺りに視線を移す。
「私はさ、慎之介君と付き合っているわけだけど……どう思う?」
「あやふやな質問だけど、お似合いだと思うよ。美男美女」
芳野の頬と首筋が少しだけ赤くなる。
「それ」芳野の声がさらにか細くなる。
「どうしたの?」
「慎之介君とは付き合って三カ月、かな? 学祭の準備の終わりころから。クラスで学祭に向けて盛り上がるなかで、皆が「川上君と付き合っちゃいなよ、お似合い」って言ってきて。慎之介君にもそういう風に言う人がいたみたい。それで、周囲がそう言うなら……ってデートして」
しばらく互いに沈黙する。先に話したのは朋彦だった。
「じゃあ、好きじゃないってこと?」
「ううん。好き、かな? 慎之介君は悪い人じゃないでしょ。それに色んな人と話ができて社交的だし。話してて面白いよ。でも」
「周りからの、その何と言うか圧もあって……か」
「うん……。これで私たち付き合わなかったら、色んな人が色んな事を言いそうだった。ちょうど学祭前で、クラスごとに対立? 見たくなってたしょ。そんなときにクラスのなかで、その……ね?」
「美男美女同士が」
朋彦は、わざと「美男美女同士」を声色を変えて言い表すことに成功した。
「やめてー。でも、そう。さすが荒木君。私の言いたい事はそういうところ。普段はクラスごとの仲なんて悪くないし、そもそもクラスごとを単位に物事を考えない。学祭でクラスごとに点数が出るから妙に張り切るような仕組みができた。それでね。あー言っとくけど交際を止めたいとかそういうことは、ない」
そう言って、スプーン状の構造を持つストローを右に持ったまま、芳野は両手の平を下にして、ビシッと身体の前に差し振る。
「さっきも言ったけど慎之介君はいい人だしね。でもあの時、確かに何か《狂騒》のようなものがあった」
《狂騒》という単語は、ちょうど今週の国語の授業の小説に登場した単語で、朋彦も音だけで《競争》ではないことを感じ取っていた。女子の一軍グループは他のクラスに何としても勝とうとしていたのを、不熱心な朋彦も感知していた。もう少し言うなら一軍グループの少数の女がそうしていたに過ぎないのだろうけれど、それはピラミッド型の体系に基づき、各女子グループに不可欠のものとして伝播していた。賽が振られて男女交際が生まれた。
それから二人は、芳野がどうしてふたつの部活動を掛け持ちするのかとか、授業のことや、近ごろの特定の誰かの際立った振る舞いとかそれに伴う噂とか、他愛ない話を過ごしてスーパーを出た。冷たい風が吹いて来て、今にも雪が降りそうな気配がする。そのことを話して、それでそれぞれの家路につく。
次の日の一時間目のあとの休み時間。朋彦は芳野がいたずらの主犯のサッカー部員をじっと見つめているのに気がついた。
朋彦が気がついた時には、ほとんど常に、芳野はじっ、と見つめていた。朋彦は、主犯の者は午前中にはとっくに気がついていただろう、と思う。
芳野はしばらく相手にわかるように見据えて、そのうちに友人とのやり取りに入っていく。容貌は度し難く読み難くあり、これは彼女がきっと意図してそうしているものだ。
美しい顔でただ凝視する。相手はいやでも考える。考えた結果、自分が見つめられている答えに、自らおびき寄せられていく。芳野は、何かを言ったり明示したりは決してしなかった。
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