第4話 ギルド
酒場の扉を開けると、まだ時間が早いのか客入りは少なく閑散としていた。
目ざとく大将がカウンターの向こうから声をかける。
「なんだ、今日はやけに早いな」
ヴァンはテーブルの間を進み店の奥のカウンターに腰かけながら、親方に配達を頼まれた刃物を差し出す。
「こっちの用事で来たんだよ。頼まれてた包丁だ、親方が仕上げてくれた」
「おお、有難う。お前のところの親方の腕は最高だからな」
大将は包んでいた布を外し、刃の部分を明かりに照らして確認する。
「いつ見ても素晴らしい、最高の出来だ。ところでお前も腕は上がってるのか」
「まあな、親方と比べたら全然だけど。今度、格安で砥いでやろうか」
「お断りだね。こっちも客商売でやってんだ。切れねぇ包丁なんて願い下げだよ」
「酷い言い方だな。俺だって多少は客がついてきてんだ。まあいいや、大将のお眼鏡にかなうように精進しますよ」
「ああ、せいぜい頑張るこったな」
そう言いながら料理番に包丁を渡すために厨房に向かって歩いていく。ついでに注文も出してくれているのだろう。酒場での食事はいつも大将のお任せにしている。
大将もヴァンと共にルブニールに移り住んだギルドの仲間だ。元々料理が得意で、ヴァンなどは大将の飯で育ったといっても嘘ではない。移住後は早々に空き店舗になっていた酒場を買い取って、今の店を開いた。料理の腕前は確かで味の評判も良く、店はあっという間に繁盛した。今では人を雇い自分は気楽に酒番をしている。常連客もいるので、厨房に引っ込んでいるよりカウンターにいたほうが客着きが良くなるようだ。店を構えてから半年ほどたったころ、繁盛ついでに常連の女性客と懇意になって所帯まで持ってしまった。
それ以来、大将自身は請負仕事から足を洗い、その代わりに仲間たちのため請負仕事の窓口をやっている。どういう人脈なのか、直接なのか間接なのか、ヴァンは請負の
依頼された仕事は、まずは大将のところで振るいに掛けられる。請ける仕事のルールは昔と同じで、仁義にはずれたり道理が通っていないものは、どれだけ金を積まれても請け負わない。その眼力もたいしたもので、仕事にほぼ間違いはないが、仮に依頼に嘘があった場合などは徹底して報復する。巷では報復の話に尾ひれが付いて噂が広がるのでギルドは恐れられ、奏功して虚言に基づく依頼は殆ど無い。
また、仲間の得手不得手や力量を見て仕事を斡旋するので仕事の性質が合わなかったり、任せたいと思う仲間の都合がつかないだけでも躊躇なく断る。その代わり、大将が一度請け負った仕事は大将の命令が絶対であり完遂することが掟だ。決して大将が上位に君臨しているということではなく、ルブニールに移住し、この街で仕事を続けると決めた時に皆の合意で決めたルールだった。
ヴァンにはギルドに依頼される仕事の総量は分からなかったが、それほど多いことはないのだろうと思っている。実際、ヴァンも請負仕事をするのはせいぜい月に一回ぐらいだ。仲間のみんなもこの稼業一本というものはおらず、何かしら別に職をもっているので、特に不都合はないらしい。仕事の頻度こそ少ないが、ヴァンも仲間もギルドが本業だと思っている。それが仲間の誇りであり恩返しであった。
出された料理も食べ終えそろそろ店を出ようかとしていると、他の客の相手をしていた大将がヴァンのところに寄ってきた。
「料理はどうだった」
「ああ、相変わらず美味しかったよ。俺にとっちゃ大将の料理が故郷の味だからな、いつでも最高さ」
「ありがとよ。実際に作ってるのは俺じゃないがな」
「同じだよ。大将が考えたレシピだろ。料理番の腕も良い。だから味は変わらない」
「そう言ってもらえると嬉しいぜ」
そう言いながら、店内を見回すような仕草を見せ、口を動かさず周囲に聞こえぬ声で話し始めた。これも盗賊の所作だ。
「久しぶりにお前にやってもらいたい仕事がある。今回は二人仕事だ。相方が明日の朝、店に顔を出す予定になっているから悪いが明朝にもう一度店に来てくれ」
「仕事なら一人でやれる。そんなに込み入った案件なのか」
ヴァンも口を動かさずに喋る。
「詳しくは明日だ。やるかやらないかは話を聞いてからにしてくれ」
「わかった」
「それじゃぁ、明朝よろしく頼む」
大将は常連客のほうに戻っていった。ヴァンは代金をテーブルに置くと、近くにいた給仕係に一言声をかけ店を後にした。
翌朝、家を出ると外は思った以上に寒く吐く息は白かった。道端の草木には霜がおり水溜まりの表面には氷が張っている。明け方早くに家を出たヴァンは日が明けきる前に店に着いたが、扉を開けると先客が既に一人来ていた。
扉を開けた音に気付いてヴァンのほうを振り向いた男は、日に焼けてやけに健康そうな三十前の男だった。
「おう、ヴァン。待ってたぜ。久しぶりだな」
顔に満面の笑みをたたえた男はコルヌであった。
「コルヌ、 コルヌじゃないか」
久しぶりの再会である。ヴァンは駆け寄り両手をめいいっぱいに広げて力強くコルヌに抱きついた。
「おい、こら、まて。お前もう小僧じゃないんだから重てぇよ」
ヴァンのそのはしゃぎようは、ギルドに入った当初、兄のように慕ってコルヌについて回っていた頃のようだった。
「コルヌ。いつ街に来たんだ。どこに行ってた。いま何してる」
矢継ぎ早に訊ねる。
「ヴァン、ちょっと待て、落ち着け。そう立て続けに言われても答えられない」
「ああ、悪い。だって、もう何年ぶりだ」
「そうさなぁ、二年ぶりぐらいか」
ヴァンたち仲間がギルドの里を離れてルブニールに居を移すことに決めたとき、コルヌはそれに加わらなかった。ブルーノを探しに行くといって一人で出て行ってしまった。
店の奥から出てきた大将がニヤついている。
「いつもは冷静沈着で随分と大人になったもんだと思っていたが、こう見るとヴァンもまだまだ小僧だな」
「だって、久しぶりだったから」
ヴァンはようやく我に返ったと思うと、今度は顔を赤らめた。
コルヌのいる席に並んで座り話を続けた。
「ところで、ブルーノは見つかったのか」
「いや、結局分からず終いさ。あちこち探したんだが。噂すら拾えなかった。そこまで足跡を消してるとなると、探してほしくない理由があるんじゃないかと、一年ぐらいで探すのも辞めちまったよ」
「そうなんだ。」
「すまんな。落胆させちまって」
「いや、大丈夫。俺はギルドの仕事を続けてさえいれば、ブルーノにはまたいつか会えると思ってる。だからそんなに焦ってもいないんだ」
「そうか。ヴァンの言う通りかもな。ところでヴァンは稼業一本なのか」
「違う。今は、刀工ギルドの親方の元で研ぎ師の見習いをしている」
「研ぎ師か、いいじゃねぇか。今度は俺の刃物も研いでもらおうか」
「いいよ、お安い御用だ。コルヌは何をしているんだ」
「おれは配達人だ。手紙だの書簡だのを街から街に届けて回る。郵便というよりは、配達途中で紛失されては困るような重要な書類や手紙が専門で、指定された相手に直接渡すっていう特別配達人だ。時には手紙を渡されては不都合な連中が配達の邪魔をすることがあるから、それなりの技能がなければ勤まらねぇ。郵便ギルドの中でも特別職よ」
「それは凄い。でもコルヌらしい。ギルドは続けているのか」
「しばらくは止めてたんだけど、大将やヴァンにも再会できたし今日から復帰さ」
横で聞いていた大将が頷く。昨日言っていた相方とはコルヌのようだ。二人だけで組んで仕事をするのは初めてかもしれない。
「ところで、コルヌはいつからこの街にいるんだ」
「一月前ぐらいからかな」
「ならもっと早く訪ねてくれれば良かったのに」
「いや、ルブニールはでかい街だ。大将の店を見つけるだけで半月かかった」
大将が眉をひそめて大仰に首を捻る。
「そりゃおかしいな。この店はルブニールでは知らないものがいねぇってくらいの繁盛店だぜ」
「そうらしいな。でも、尚更にこんな有名店が大将のものだなんて思わないだろう」
「随分だな。いいか、店を開いて二年あまりでこの規模だ。昔からお前らが散々食い散らかしていたタダ飯が、どれだけ金になるものだったかってことだ」
「わかった、わかった。大将は名料理人だよ。だがよ、大将の料理に舌が慣れちまっていると、どこの料理も不味くて食えたもんじゃねぇ。ある意味、罪だよな」
褒められて大将は満足した顔で笑っている。
「大将の料理は特に手の込んだものでなくとも、なんとも美味しい味がする。こんなのばかり食べていたら、暴食だの強欲だのって密告されちまうかもしれねぇな」
密告。コルヌのそんな冗談まじりの言葉で場の空気が一変した。
「冗談でもそれはいっちゃぁならねぇ」
大将が眉間にしわを寄せて真剣な表情になる。
「実はな、これから話そうと思っていた仕事の件とも関係あるんだ」
そういうとヴァンとコルヌが並んで座っている正面に椅子を引いて座った。
「今回の依頼だが、的は街の南側にある旧貴族の館に住んでいるアントニオっていう商人だ。表向きは商人だが本業は金貸しでかなり悪質らしい。それで、どうもこいつが教会と組んで密告を煽ってるらしいんだ。街で流れる噂話を集めては、これというものは金をちらつかせて密告を促してるようで、金もアントニオから流れている。当の本人は密告一件につきいくらというふうに教会から金を受け取っているそうでな。完全な商売さ。」
大将は反吐が出るとばかりに、こめかみに青筋を立てて憤怒する。
「
「そうとうな悪人だな」
コルヌが握った拳を音を立ててテーブルに打ち付ける。
「それで何をすればいい。俺は殺しはやらない」
ヴァンが先を促すように訊ねる。
「まずは、アントニオの館に密告のリストがあるらしい。それを盗み出すこと。ついでに可能なら借金の帳面も頂戴してこい。こっちは絶対じゃないがな。盗んだものは後で焼却してもらって構わない。この世から完全に消し去ってくれ。さらに、アントニオに二度と悪事ができないように恐怖を植えつけてきてほしい。これはコルヌの仕事だ。勿論、殺しはなしだ」
「承知した。盗みがヴァンで脅しが俺ってことだな」
コルヌが確認する。ヴァンはこの程度なら一人でも出来そうだが、と考えている。
「その通りだ。ヴァンはコルヌの”脅し”っていうのは見たことないだろう。いい機会だから勉強してこい」
大将はいいながらコルヌのほうを見やると、片方の口角を上げてほくそ笑む。
そんなに怖いのか。確かにコルヌの仕事をちゃんと見たことはない。
「仕事の段取りは二人に任せるから、相談して決めてくれ。期日は三日以内。四日後からアントニオは商売で街の外に行くらしく、それまでの間は夜は確実に館にいることは確認済みだ」
「分かった、明後日の夜にやる。新月だ」
ヴァンは大将とコルヌの顔を見返していった。
今夜あらためてコルヌと打ち合わせをする約束をして、ヴァンは店を後にした。
外に出るとすっかり日がのぼり人の出も増えていた。少し急がないと親方に目玉をくらいそうだ。
当日は夜が更けてから落ち合った。遠目から館が確認できる建物の屋根に上り、アントニオの家の周囲を確認する。コルヌはどこから調達したのか遠眼鏡を持参しており、館の中の様子を
「警備らしき人影は見当たらない。アントニオ一人だ。まだ、部屋の中で何かしてるようだ。部屋の明かりが消えたら取り掛かるとしよう」
コルヌは、姿勢を低くしながら遠眼鏡を覗き込んでいる。
ルブニールのような都市部では、ある程度の金持ちになると夜盗の侵入を防ぐため夜は館全体に結界を張る。そうしておけばどんな名の知れた悪党や教会の魔導士でさえも、特別な手段でも用いない限り侵入できない。
ところが、ヴァンはこの結界の影響を全く受けない。
どうも魔法が使えないだけではなく、魔法というものの影響を受けないらしい。あの夜ヴァンだけが一人助かったのもその性質のためだと思われる。ギルドに加わった直後は魔法が使えないことが大きな引け目だったが、ギルド内にこのことが知れると、盗賊になるために生まれてきた子だと皆に揶揄われ、時にはある種の羨望の目で見られることもあり、自然と劣等感が消えていった。今ではヴァンにとって最大の武器であり特技だ。
部屋の明かりが消えたことを確認したコルヌが合図を送る。潜んでいた建物から地上におり、館の裏手にある林の中を音を立てずに進んでいく。裏口から少し離れたところまで進んで停止する。この辺りが結界の境界だろうとコルヌは見当をつけたらしい。
二人とも懐から
面頬を着けケープマントのフードで頭全体を覆うと、まずはヴァンが結界を抜けて建物に進んでいく。裏口の錠前は掛かっておらず、すんなりと中に入れた。結界で覆われている館に限って施錠していないことが多い。仮りに鍵が掛かっていても壊すだけなのだが。裏口から表玄関のほうに進み、脇の小部屋に侵入する。事前の情報通り、部屋の床部分に結界を発動している魔法円が書いてある。腰につけてある皮袋から水を魔法円に振り掛け、近くにあった適当な布切れで魔法円をふき取る。これで結界は解除されたはずだ。
裏口に戻りコルヌに合図を送る。どこで調べたか分からないが、大将から事前に聞かされた情報では、目的のリストや帳面は寝室に保管されているらしい。アントニオもそこで寝ているはずだから、後は一直線に部屋に向かうだけである。
室内の暗闇に目を慣らしながら、ゆっくりと廊下を進む。寝室の扉の前で一息つく。完全に目が慣れ切ったことを確認してから、音をたてないように慎重に扉を開ける。ベッドに寝ているアントニオを覗き込めば、安心しきった顔で熟睡している。コルヌはアントニオに馬乗りになると頬を数発ひっぱたいた。眠りから叩き起こされ何事かと慌てるアントニオの口に、水で湿らせた布切れを無理やり突っ込み、その上から紐で口枷をして声が出せないよう縛る。今度は体を持ち上げて反転うつ伏せにすると、両腕を足で押さえつけて身動きできないように拘束する。ここまで数分の出来事である。
その間に、ヴァンは寝室にある引き出しという引き出しを片端から引っ掻き回し、目当ての書類を探す。館にはアントニオ以外に誰もいないことは分かっているので、いったん本人を拘束してしまえば、あとはどれだけ音をたてても構わない。ヴァンは乱暴に引き出しに仕舞われている帳面類を確認していく。それらしきものはいくつか見つけたが、細かく確認するのも面倒になって片っ端から持参した袋に詰めていく。後で纏めて焼いてしまえばいい。一通り詰め終わると、仕事を完了したと合図をコルヌに送る。
コルヌはゴソゴソと動いているアントニオの首根っこを掴かみ耳元に口を寄せて囁く。
「あんた、相当いろんなヤツに恨みをかってるようだぜ。人間、悪事はほどほどにしねぇとなあ」
アントニオは口枷されたまま、声にならぬ声で何か叫んでいる。
「こっちは頼まれ仕事だから、恨みっこなしで頼むよ」
コルヌはうつ伏せになっているアントニオの右肩を左手で押さえつけ、空いている右手でアントニオの右手首を絞るように握ると一気に後方に力づくで引っ張り上げる。ガコン、という不気味な音ともに右肩の関節が外れた。アントニオは悲鳴ともつかぬ、獣のような奇声を発している。コルヌは今度は左肩に同じことをする。またもガコンと鈍い音が響く。アントニオはもう両腕動かすことができない。それどころか体を少し動かしただけでも強烈な痛みが全身に走るのだろう、息をするだけで苦悶の表情になる。
「安心しろ命は助けてやる。明日になったら、急いで医者に行くんだな。関節を外しただけだから、ちゃんと直せば元通り両手とも動かせるようになるさ。」
後ろから首に二の腕を回し、耳元で凄みを効かせた声で囁く。
「いいか、これ以上悪事を続けるようなら今度こそ命を取りに来る。教会が後ろ盾だろうが俺達には関係ない。いつでもどこにいてもギルドがお前を監視してるのを忘れるんじゃねぇぞ」
そう言って、首に回した手を思いきり引っ張り上げる。アントニオは体を反りかえして呻き声をあげるとそのまま悶絶した。
「大丈夫だ、気絶してるだけだ。明日になれば下男か誰かが見つけてくれるだろう。ヤブ医者じゃなければ問題なく元に戻るさ」
コルヌは終始笑いながら話していたが、ヴァンはただ呆気にとられていた。
壮絶だった。
これが大将が一度は見ておけといったコルヌの”脅し”ってやつか。俺だったら最初の関節外しで気絶してるかもしれない。
来た道を引き返すように二人は館を後にした。森のあたりまで引き返すとコルヌが処分は任せろというので書類が入った袋を渡し、後は別々に家に戻った。仕事が終われば、いつまでも一緒にいる必要はない。報酬は各々が大将から受け取ればいいので、暫くは会うことも無いだろう。久しぶりの再会だったので少し寂しさも感じたが、組み仕事をした相方とは直後は会わないこともギルドの掟であったので、思い直してヴァンも家路についた。
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