常世と現世の狭間

 第2小隊が消息を断ってから、既に丸1日が経過していた。別の場所で演習を行っていた中隊も応援に駆け付け、人員約300名による捜索が行われている。

 これだけの人数とヘリ4機で山を虱潰しに探しても全く足取りが掴めない事から、中隊長である新岡三佐は次第に焦燥感を覚え始めていた。

「どうなってるんだ一体。これじゃあ、本当に神隠しでも起きたみたいじゃないか」

「しかしあの信号弾から察するに、何か異常を報せようとした行動であるのは事実と思われます。少なくとも、第2小隊は自分たちに何が起きたのかを自覚していたのでしょう」

「もし敵対的な何かに襲われたとして何所かに身を潜めたにしても、そろそろコンタクトがあっていいだけの時間は過ぎただろう。40名近い人数が隠れられる場所なんてこの辺には無いぞ」

 中隊本部では、新岡を含めた本管の人員と各小隊長たちが意見をぶつけあっている。それを仮設へリポートに着陸するUH-60MRのローター音が掻き消した。

「戻って来たようですね」

 第108飛行隊長の南沼三佐が立ち上がった。ヘリポートに降り立ったUH-60MRがエンジンを停止させ、プロペラが完全に止まるのを待ってから機体に近付く。

「何か進展は」

 コクピットから降りた機長がヘルメットを脱ぎながら南沼の元へやって来た。その表情から察するに、収穫は無さそうである。

「ダメですね、手掛かり無しです。補給が済んだらまた飛んでみますよ」

 やはり状況は厳しいようだ。その後も他のヘリが戻って来る度に報告を受けるが、何も見つけられない事実だけが積み重なっていった。

 補給を済ませたUH-60MRが再び飛び上がり、消息を断ったと思われる一帯よりも向こう側、つまり第2小隊が目的地としていた地点へ機首を向けて飛んで行く。山の上をゆっくり飛び続け、搭載しているFLIRや合成開口レーダーからの情報を分析しつつ捜索を続けた。


 ヘリが山を越えて向こう側へ進んで行く。相変わらずセンサー類には何も反応が見られない。しかし、ここでコパイが何かに気付いた。

「……この影、何だと思います?」

「どれだ」

 合成開口レーダーのモニターを注視する。コパイが指差した場所には、森の中に蠢く3つの影が見えた。

「猪の類じゃないか?」

「それにしては縦に大きく見えます。この辺に熊は居ない筈なので、その親子連れとも考え難いかと」

「確認しよう。もしかすると第2小隊の隊員かも知れない」

 ヘリは高度を落としながらその影に近付いていった。FLIRの映像と実景を比較しながら計測を行うと、やはり人間らしい事が分かり始める。しかしどうにも腑に落ちないのは、上空をフライパスした時にこちらへ全く反応を見せなかった事だ。

「気付いてないのか? この高度でヘリのローター音が聴こえてないとは思えんが」

「もっと接近しましょう。そうすれば幾らなんでも気付く筈です」

 機体を3人の真上まで移動させる。周辺に居る小動物たちは流石にヘリのローター音に気付いて逃げ始めたが、3人の影は一切動く事はなかった。肉眼で確認を試みるも、その存在をどうやっても捉えられない。

「中隊本部に報告、近場まで捜索部隊を運んで欲しいと伝えてくれ」

「了解」

 その報告によって、中隊本部は慌しくなった。佐原一尉の指揮する第1小隊から2個班がUH-1に分乗して現場へと空輸される。2機の編隊はそれぞれ1個班を近場まで運び、開けた場所に着陸して隊員たちを展開させた。

 ヘリから降りた佐原一尉は2個班を率いて前進を開始。上空に留まっているUH-60MRと連携して3人の元まで急いだ。

『こちらグリフォンリーダー、地上前進中の第1小隊へ。目標は北西に300mの地点で停止中だ。こちらの接近に反応が見られないため、何らかの負傷をしている可能性も考えられる。速やかに発見願いたい。送れ』

「第1小隊、了解。これより現地へ徒歩で向かう。通信終了」

「互いを認識出来る間隔で広がれ! 各班前進せよ!」

 小隊陸曹の山岸陸曹長が隊員たちに指示を飛ばす。第1小隊1班と2班は左右に展開して前進を始めた。地形は平坦なので駆け足気味に進んで行き、10分もしない内に近くまで辿り着く。

 隊員たちは森の中へ目線を注意深く行き来させるが、人間のような物体を確認出来ていない。ヘリからの情報では既に後方20mにまで近付いているそうだ。

「陸曹長、何か見えるか」

「特にそれらしいのは見えませんね。強いて言えば、10mほど先から急に森が濃くなっているのが気になるぐらいです」

 佐原一尉は思い切って声を掛けてみる事にした。もし近くに居るのが第2小隊の隊員なら、この呼び掛けで何らかの反応があると考えたのだ。

「誰可!」

 そう呼び掛けた直後、ヘリから動きがあったと報告が飛び込んだ。1人は何か人工物の後ろに隠れ、残り2人はどうやら伏せ撃ちの体勢になったらしい。少しの間を置いて返答があった。

「1中隊第2小隊! 斥候!」

 その返答に誰もが違和感を覚えた。信号弾を撃って自ら異常を報せておきながら、まだ演習中である訳がない。佐原一尉は小型の拡声器を取り出し、更に質問を行った。

「こちらは1中隊第1小隊長、佐原だ。その声は第2小隊2班の植田三曹だな?」

「はい! 2小隊2班の植田であります!」

 元気そうな声に佐原だけじゃなく、山岸も安堵している。気を利かした医療担当たちが治療器具を広め出すのを横目に、佐原は質問を続けた。

「状況については後で話を聴く。現在地を教えてくれ」

「申し訳ありませんが、こちらから一尉たちの姿を確認出来ません。どの辺に居られますか」

 佐原は2度目の違和感を感じた。さっきから話しつつ近付いているのに、お互い全く姿を見つけられないのはおかしい。それに、今は真昼間である。視界を遮るような物は精々が森の木々ぐらいで、そこまで森が濃い訳でもない。ヘリからは再三「もう目の前だ」と言われているが、目の前にあるのはただ森が広がっているだけなのだ。

「……植田三曹、聴こえるか」

「はい」

 目の前で声がした。もう拡声器は使っていないから、普通に話しても聴こえる距離に居る筈である。しかし、植田はおろか他の2人も肉眼で捉える事が出来ないのだ。どういう状況になっているのだろうか。

「三曹、ヘリの音は聴こえるか?」

「いえ、聴こえません。しかし一尉の声はかなりはっきり聴こえます。もしかして目の前に居られるのですか?」

 山岸陸曹長もこの異常な事態に顔が引き攣っていた。ヘリの情報では、佐原と山岸の足元で2人が伏せ撃ちの体勢になっているらしい。

 佐原は本部へ直ちに報告し、対応の検討を願い出た。


 植田三曹が見えない味方とやり取りしているのを、井上は遠巻きに眺めていた。だが今の井上は、お社の中を見たいと言う欲求に支配されてどうしようもなかった。

 相変わらず伏せ撃ち状態の植田と宮下を背に、井上はお社の中へ踏み込んで行く。壊れた錠前の扉を開けると内部は6畳ほどの広さがあって、奥には3つの銅像が鎮座していた。真ん中は仏様のような像で、右側が弁天様に近い形の像。左の像は手に棍棒を握り締めた、まるであの鬼のような銅像だった。

「…………これは」

 無関係とは思えなかった。絶対に何かしら関係がある。井上自身、霊感等がある訳ではないが、真ん中と弁天の銅像からはオーラが感じられなかった。しかし鬼の方は禍々しい何かに満ちており、このまま襲い掛かって来そうな雰囲気さえ醸し出している。

 周囲を見渡すと、壁に何かが描き込まれている事に気付いた。銅像の後ろ側にはないが、左右の壁に同じ画が描き込まれている。

「山と神様? それに女神と……鬼」

 どうやら土着信仰を表す画のようだ。細かい事までは分からないが、それぐらいの事は読み取れた。頭の中でどう解釈していいか考えていると、ふいに視線を感じて振り返る。どうやらその視線は弁天の銅像から注がれているようだ。

「……俺に何か出来るなら、手伝わせてくれませんか」

 そう言った瞬間、社から猛烈な放電現象が発生した。凄まじい雷鳴が響き渡り、稲妻が社の外へ幾重にも飛び出す。

 何事かと振り返った植田と宮下は、その青白い光りの中に消えて行く井上の姿を目にした。


 姿の見えない植田が突然「井上一曹!」と叫んだので佐原と山岸は驚いた。すると、目の前に広がる鬱蒼とした森の一部から稲妻が飛び出し、青い白い光と共に森の中から井上一曹が放り出されて来た。

 地面へ勢いよく落ちた井上は2転3転して転がり、その稲妻で感電したのか痙攣を起こしている。

「担架! 担架だ!」

「担架急げ、早くしろ!」

 震える井上の所へ2個班が集まる。抱き起こされた井上は直ぐに意識を取り戻し、自分を取り囲む味方を見て安堵する事もなく立ち上がった。

「植田三曹! 宮下士長! 聴こえますか!」

「落ち着け、まだ起き上がっちゃダメだ!」

 制止する隊員を振り解いた井上は、2人が居るであろう場所まで走って叫んだ。

「必ず助けに行きます! 皆に待っていてくれと伝えて下さい!」

 その発言で、こちら側の仲間と向こう側の2人は唖然とした。同時に、姿は見えないがここにお互いが存在していると言う事実が立証され、何かしらの手段を講じられる確率が上がった事を喜んだ。

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