過食戦争

 僕は都会の商店街を歩いていた。


 ファストフード店はどこも満員だ。


「やっぱりこの店のハンバーガーとポテト最高!」


 誰もが食べ物の虜だ。


「アイスとー、クレープとー、パフェください!」


 誰もが狂ったようにスイーツやファストフードを食べる。


「ハンバーガーハンバーガー・・・あった!!」


 ゴミ箱をひっくり返してでもハンバーガーを求める人もいる。


「頼む!ハンバーガーをくれ!」


「金がない奴に用はねぇ!」


 お金がないのに食べ物を求める人もいる。


「バカな奴め。お金がなければ借金すればいいのに。俺みたいに」


 それを尻目に太った若者が呟く。


 ここは食べることがやめられない世界。


 だから、周りの人を見渡してみると太っている人ばかり。


 スーツのおじさん、自転車に乗っているおばさん、子供、向こうのカップル、店員さんまで太っている。


 みんな太っている。


 僕も太っている


 それでいい。


 食べるのは生存本能。


 やめることはできない。




 僕は今、気分が沈んでいる。


 先日、大好きだった父親が死んでしまったからだ。


 心不全だった。


 病気なら仕方ないとはいえ、相当落ち込んだ。


 今日もやけ食いする気でファストフード店の行列に並んだ。


 もうすぐ僕の番だというのに、目の前の客の注文にずいぶん時間がかかっている。


 どうやら老人のようだ。腕や足がやせ細っている。


 もしかしたらこういうところには慣れていないのかもしれない。


 老人はメニューをじっと見つめ、ようやく口を開いた。


「ご注文をどうぞ」


「サラダ」


 サラダ?こんなところにサラダなんてあるわけないだろ?


 ここはファストフード店だぞ?


「申し訳ございません。当店ではサラダは扱っておりません」


「何!?ここにもサラダは売ってないのか!まったく・・・」


 なぜファストフード店でサラダを注文しているのだろうか?


 認知症か?


 変な老人だ。


「次の方どうぞ」


「ハンバーガーと――」




 昼食を済ませ、お腹を膨らませた僕は近くの公園へと足を運んだ。


 あそこの公園で昼寝をするのが気持ちいいんだ。


 公園に着くと、先ほどの老人が辺りの草を食べているではないか。


 やはり認知症か?


「あの・・・大丈夫ですか?どこか具合でも・・・」


「ふん!メタボは黙っておれ!」


「メタ・・・、何だって?」


「わしは貴様らとは違うんじゃ」


 そういえば気付かなかったが、他の人は太っているのに、このじいさんだけは痩せ細っている。


 こんなに食べ物にまみれているのに、食べることを我慢してきたのか?


「そんなこと言ったって、食べなきゃ死んじゃうよ。ほら、ハンバーガーあげるから」


 空腹のときのために取っておいた昼ご飯の残りを差し出したが、老人は一向に食べようとしなかった。


 老人は僕に見向きもせず、ただひたすら草を食べている。


「どうして食べないの?」


「いいか、これは警告じゃ」


「け・・・警告・・・?」


 僕はごくりとつばをのんだ。


「どういうことだよ、じいさん!」


「わしは炭水化物だけじゃなく肉と野菜もちゃんと食べている。昼はどこにもサラダが売ってなくてな、仕方なくここら辺に生えてる草を食ってるわけじゃ。しかし、それでもこの通り長生きできている。普通の人ならとっくに死んどるじゃろうがな」


「長生き?そ、そんなのたまたまに決まってる!」


「わしが元医者だといっても信じないか?」


 僕は返す言葉がなかった。


 こんなじいさんが元医者だって?


「ずっと患者を診てきたが、間違いなく肥満は体に悪いということがわかったのじゃ。お前さんもすぐ死ぬかもわからんぞ。」


 じいさんはにやりと口角をあげた。


 肥満で死ぬ?


 情報量が多すぎてめまいがしそうだ。


 ここでふと父親のことを思い出した。


 父親は病気で死んだんだ。


 肥満とは何の関係もないはず。

 このじいさんの言うことは聞くべきか?


 もし仮に肥満が悪だとすると、今まで欲望のままに食べてきた自分を否定することになる。


 しかし、このじいさんが長生きできる秘訣も知りたい。


 脳裏に浮かぶのは、まるまると太った父親の笑顔だった。


「は、話だけなら・・・」


「よかろう」




 この世にはおいしいものが溢れかえっている。


 一見幸せそうに見えるだろう。


 しかし、幸せな物を求めることには、必ずリスクがつきまとう。


 我々が口にするファストフードも例外ではなかった。


 糖分は高エネルギーを持っている。


 故に中毒性がある。


 脳がこのような高エネルギーの塊を求めないはずがない。


 ただし、高エネルギーの代償は高い。


 その昔、まだ砂糖が貴重だった頃の人類は、エネルギーとして使いきれなかった糖分を体内に溜め込むことに特化してしまった。


 その溜め込んだエネルギーが脂肪なのだ。


 また、人間の遺伝子は千年そこらでは変わらない。


 そのため、現代人も昔の人類と同じように、余ったエネルギーを脂肪に変換してしまうのだ。


 高エネルギーのスイーツや、ファストフードがはびこっている中、周りに太っている人が多いのも頷ける。


 脳が高エネルギーを欲する。


 余ったエネルギーは脂肪として体に溜め込む。


 脳は物足りず、さらに高エネルギーを欲する。


 このループを止めるには、余程の忍耐力と精神力を要する。


「さらに、太りすぎると病気になりやすくなる。例えば心不全」


「心不全!?」


 父親の死因だ。


 まさか、父親は本当に太り過ぎて死んだとでも言うのか?


「太り過ぎは体内で炎症を起こし、色んな病気になる。病気のリスクが高い肥満はメタボリック症候群と呼ばれる。」


「メタボリック・・・初めて聞いた」


「悪い事は言わん。今すぐ食事を控えるべきじゃ。ま、じじいのたわごとといって聞き流しても構わんがの」


 にわかに信じられない話だが、疑う理由が見つからなかった。


 それに、この人はお医者さんだったんだ。


 信じるしかない。


「・・・・・・お願いします」


「ん?」


「痩せる方法を教えてください」


「・・・ふむ。君の目からは本気を感じる。いいじゃろう。こんなじじいの話を最後まで聞いてくれた礼じゃ。ただし、並大抵の努力では叶わんじゃろう。それでもよいな?」


「はい!!」


 こうして僕は減量に励んだ。


 適度な運動を心がけ、栄養バランスも考えた。


 これをダイエットと言うらしい。


 色んな誘惑に負け、かなりの長期間を要したが、僕は痩せることができた。


 老人はにっこり笑って言った。


「よく頑張ったな。ここまでくれば大丈夫じゃろう。じゃが、気は抜かないこと。決して自分へのご褒美などと甘い物は絶対に食べないこと。それをきっかけに誘惑が爆発してしまうからの」


「分かりました。ありがとうございます!!」


 こうして今日から僕は肥満を卒業した。




 痩せてから世界が180度変わって見えた。


 よくよく考えたらこの世界はおかしい。


 肥満を取り扱う情報が全くなく、肥満について書かれた本も、肥満に関するニュースも見つからなかった。


 まるで、一般市民に知られると都合が悪いかのように見えた。


 なぜそんなことを。


 しかし、考え事をしても仕方がない。


「ねえ、きみ」


 びっくりした。


 こんな人気のない脇道から人が出てくるとは思わなかった。


「このアンパン、買っていかない?今なら安くしておくよ」


 どうしようか。


 糖分は体に悪影響があることが分かったとはいえ、実はずっと前からお菓子を我慢していた。


 食べるとまた太るのは分かっているが、他の人を見ているとだんだん食べたくなってくる。


 ・・・たまにならいいかな。


「1つください」


「まいどありぃ!」

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