第8話 実録‼ 河童(?)を目撃した話

 えびす講って催しがありますよね。「商売繁盛で笹持ってこーい!」のあれです(もしくは大阪プロレスのえべっさんが入場するときに流れる曲です)。

 うちの地元では今はもう完全に廃れてしまったと思いますが、香竹がまだ小さかった頃はかつて小正月(訂正:さっき父に聞いたら11月だそうです)の頃に家々で神棚に恵比寿様をお祭りする催事が執り行われていたようです(こんな書き方すると香竹がエライ歳食ってるように読めてヤダな)。といっても香竹の地元は東北の山の中なので、鯛の代わりに鮒を田んぼの堰から捕まえてきて神棚に供えて恵比寿様を祀ってました(一晩お供えしたら逃がしてあげます。多分恵比寿様がそれに乗ってお帰りになるから)。それだけの行事だったと記憶していますが、畦道の脇に溝切っただけのような堰に網持っていくと、普段は泥鰌しかいないのにその日だけは何故か必ず鮒が捕れたというのが今思えば不思議な思い出。そんな地元の風景にまつわるお話。

 香竹の親族の一人にとあるおばあさんがいて、物心つく前の香竹によく色々なお話をしてくれた。もうとっくの昔に鬼籍に入られたこのおばあさんのお話は、殆ど朧気にしか覚えていないけれど、今思い返すと他の昔話や民話とは全然雰囲気の違うお話ばかりで(夜に家に這入ってくる蜘蛛は夜(良)蜘蛛だから殺すな、とかいう変な風習も)、曲がりなりにも卒論で民話を選んだ身としてはよく記憶に留めておかなかったことを悔やんで余りあるのだけれど、未だに忘れられない、というか、あれが本当の出来事だったのかすら今となっては定かではないエピソードがある。

 どういう経緯でそんなことを言い出したのか記憶にないが、「河童を見たい!」と田舎に遊びに来ていた香竹がおばあさんにせがんだ。そしたらおばあさんは「今の季節だば田んぼの堰さ居っぺがら行くべ」と、改めて文章に起こしてみると本当に一体どういう経緯だよという流れでおばあさんと二人して夕暮れの田んぼに下りていった。

 記憶では稲刈りも終わって大分寒くなってきた頃だと思う。沈みかけた夕日が堰の水面にキラキラ反射していて、「ほら、あれが河童だ」とおばあさんが指さす先に何かひらひらしたものが蠢いているのがうっすら見えるのだけれど、眩しくてよくわからない。細長い白くて見たことのないような生き物がパチャっと水面を叩いて水底に引っ込んでしまったのが一瞬だけはっきりと見えた。

「ああ。逃げてしまった」とおばあさんは呟いて、

「……さあ、河童も家さ帰ったし、俺らも帰っぺ」


 以上が、河童に纏わる香竹の思い出。

 念のため断っておくと、おばあさんはお堅いことで通っている身内の中でも一番しっかりした人でした(一族でアホなのは香竹だけ)。


 あの河童は一体何だったのだろう……。


 というような話。

 で終わってしまえばそれまでだけど、先週やっと久々の二連休を頂いたのでコロナさんが来る前にあちこち一人で旅してまわって集めたパンフレットや資料の山を整理していたところ(※独身貴族は一人旅がお好き)、とある地方の広報に「河童虫」という記事を見つけた。なんでも地方によっては水辺に棲んでいる生き物をまとめて「河童虫」と呼ぶらしい(但し、香竹の地元でそんな呼び方しているのは一度も聞いたことがない)。これで長年の謎が半分解けてすっきりしたけど、それにしてもあんな真っ白くて細長い生き物は見たことがない。もしかして本当に河童だったのかしら。


 その田んぼも堰も区画整理ですっかり昔の面影がなくなってしまった今となっては確かめようもない、そんな香竹の河童目撃談でした。

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