第41話 知的でクール

「それじゃあひとまず、試験お疲れ様でしたと言う事で。乾杯」

「かんぱーい」


 海が高く掲げたグラスに隣の優月が自身のグラスを合わせた。他の客もいるファミレスなので二人とも声を抑えて器用にテンションを上げているのは凄いなと、妙なところに感心してしまう。

 響樹が目の前の二人に合わせるべきかをぼんやりと考えていると、隣から控えめにグラスが差し出された。もちろん通常の高さで。


「乾杯」

「……乾杯」


 両手でグラスを支えた吉乃が少し恥ずかしそうに口にした言葉に、響樹も同じ言葉で返して軽くグラスを触れ合わせた。

 嬉しそうに目を細めた吉乃がそのまま合わせたグラスを見つめており、もう少しその姿を見ていたいなと思った響樹も腕を引かず、二人のグラスはゼロ距離のまま。


「はいはーい。こっちにもいるからね。忘れないでー」

「ほら響樹、乾杯」

「烏丸さんも、かんぱーい」


 優月と海の言葉にハッとし、お互いゆっくりとグラスを離してテーブルを挟んだ向かいの相手とグラスを軽くぶつけ合い、その中身を口に含んだ。


「じゃあ響樹。お前から一言」

「なんでだよ」

「今日はお前が主役だし、料理が来る前にサクッと頼むぞ」

「そうそう」


 前面の敵から目を逸らして隣に視線をやれば、吉乃が「諦めてください」と小さく笑うので、響樹としては「わかったよ」と言うしかなかった。


「俺たちが言っても聞かないくせにな」

「烏丸さんの言う事は聞くんだ」

「別にそういう訳じゃ……ああ、もう」


 これ以上は言っても埒が明かないのでわざと音を立ててグラスをテーブルに置き、「それじゃあ」と三人を見渡した。

 海と優月が小さな拍手で囃し立てるので、それを見た吉乃が同じように白い手を叩いていて、その顔がとても楽しそうで微笑ましい。

 向かいの二人からすれば罰ゲームの一環なのかもしれないが、悪くないなと思える。


「今回の試験、色々と無茶な事をして心配かけて悪かった。それなのにこうやってお疲れ様会に誘ってくれてありがとう。それから海と花村さんは協力してくれて、その事も本当に感謝してる……俺からは以上」

「真面目だと反応しづらいね」

「なあ?」

「お前らな……」


 こういった発言を上手い事場にマッチさせる話術など無いので茶化してもらえるのはありがたくはあるのだが、それを素直にありがとうと言えるかと言えばそうでもない。

 なので目の前の二人に視線で抗議をしていると、隣の吉乃がぱちぱちと音を立てた。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 優しい微笑みの吉乃に応じれば、彼女はふふっと笑う。それが気恥ずかしくて視線を逸らせば、今度は海と優月がニヤニヤと笑っていて仕方なく窓の外を眺めるしかなかった。

 しかし幸いにもそこで食事が届き始め、それが響樹の逃げ場になってくれた。



 食事中の話題は試験についてや二年次分に入った授業など、学校での事を中心にした当たり障りの無いもの。

 会話を主導していたのは海と優月であり、吉乃は基本的に穏やかな笑みを浮かべて聞き手に回っている事がほとんどだった。しかし時々そうでない笑顔も見せており、それが響樹としても嬉しかった。


 そして全員の食事が一段落して少しした頃、優月が妙な事を言い出した。


「そう言えばさ、うちのクラスの女子で天羽君の事カッコいいって言ってた子がいたよ」

「はあ?」


 自分の耳がおかしくなったかと思って周囲を見てみると、海は少し驚いたように口を開いていて、吉乃はグラスを持ったまま固まっていた。耳はおかしくなっていなかったらしいが、発言の内容がおかしい事は確かなようだ。


「その子は知的でクールな目元がいいって言ってて、他にも『ちょっとわかる』って子もいたよ」

「知的でクールな目元ねえ」


 響樹の認識としては自分の顔は別に悪人顔ではない。しかし二重ではあるが眉の角度もあって目付きは悪い。実際に「天羽君て目怖いよね」といった発言を何度も聞いている。


「それマジな話?」

「マジマジ」


 復活した海が優月に尋ねると、彼女は首を大きく縦に振ってそれに答えた。吉乃はまだ固まっている。


「と言うかその前に、なんでそっちのクラスの女子が俺の事知ってるんだ? 他のクラスに知り合いほとんどいないはずだけど」

「そりゃ、天羽君今有名人だし。隣のクラスだからみんな結構見に行ったんだよ」

「ああ、バイアスがかかってる訳か」


 その発言をした女子たちは響樹の事をただ単にあの烏丸吉乃に勝って一位を取った男子だと認識している事だろう。

 そういう目で響樹を見てみれば、もしかすればそのような印象を抱くのかもしれない。信じがたいが。


「バイアス抜きにしても響樹の顔は整ってるだろ。目付きは結構鋭いから万人受けはしないだろうけど、クールな目元って評価は別に的はズレてないと思うぞ」

「そうそう。万人受けはしないけど、好きな人は凄い好きな顔だと思うよ」

「うるせえ」


 どう聞いても褒めているように思えない上に、二人のニヤケ面は何故か響樹ではなく吉乃へと向いている。

 何故だろうと思って響樹もそちらへ視線を向けてみると、口を結んでいた吉乃と目が合い、ハッとしたような彼女にふいっと顔を逸らされてしまった。


「烏丸さんはどう思う? 天羽君の目」

「私は……」


 何気ない調子で尋ねる優月だが、今度はその視線が響樹に向いていた。吉乃の反応で響樹をからかうつもりがありありと見える。

 そして吉乃はと言えば、一旦言葉を切って水を一口飲んでから優月ではなく響樹へと視線を向けた。


「私は、天羽君の目は力があって……いいと思います」


 頬を少し朱に染めてそう言い切り、吉乃は目を伏せて両手を膝の上で握る。

 そんな吉乃から目が離せないでいると「あまり見ないでください」と言われてしまい、慌てて視線を外すとニヤケ面が二つ待っていた。今日はこんな事ばかりだと、そう思う。


「それで響樹、何か言う事は?」

「そうそう。せっかく褒めてもらったんだからさー」


 どうあっても響樹をからかうつもりらしい二人に屈するようで癪ではあるが、確かに吉乃が褒めてくれたのだから言葉は返すべきだと思う。

 恐らく今までの吉乃であれば海と優月の手前、穏やかな笑みを浮かべて当たり障りの無い言い方で上手く流した事だろう。だから、伏し目がちになりながらもちらちらと響樹を窺う今の彼女に、しっかりと礼を言うべき、なのではあるが――


「……ありがとう」


 面と向かっては伝えられなかった。


「天羽君はさー」

「響樹はさあ」


 吉乃からも二人からも視線を逸らしもうだいぶ暗くなった窓の外に目をやっていると、隣からくすりと笑う声が聞こえ、「天羽君らしいですね」と優しい声が添えられた。

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