神呪の描き方
「さて、今日から本格的に仕事をしてもらうわけだけど」
そう言って、ラウレンス様が開発室のみんなをぐるりと見回す。
「アキさんが本当に神呪が描けるのか懐疑的な者もいるだろう?」
……まぁ、それはそうだよね。
「そこでね。アキさんには、今ここで、みんなの目の前で何か描いてもらおうかと思うんだけど……マルック、何かあるかな?」
ラウレンス様が視線を向けた先で、ダンよりちょっと年上くらいの男の人がビクッとする。そして、いきなり話を振られたわたしも、ちょっとビクッとする。
……こういうのって、いきなりなの?これ、普通?
「君たちがアキさんの実力を測るのだから、君たちが選ぶ方がいいだろう」
「では……」
マルックと呼ばれた人は、近くにあった木の棒を持って前に出る。
「なんでもいいから、火を扱う動具を作って見せてくれ」
その言葉に、周囲がざわつく。なんだか、ずいぶん大雑把な課題だなと思う。
……今までにない動具を作れってことかな?
「ちょっとマルック、それは……」
「できないならできないと言ってくれれば構わない。オレだってできないからな。他のものを用意する」
ラウナさんの言葉に被せるようにそう言うと、マルックさんはわたしをじっと睨むように見る。
「オレたちは王都の研究所に入れるほどではないが、それでもきちんと試験を通ってこの立場を得ている。聞いたところ、あんたは正式な神呪師じゃないんだろう?その試験をすっ飛ばして、正式な神呪師であるオレたちに教えるというんだ。オレたちとどう違うのか見せてもらいたい」
……ああ、そうか。たしかに、正式に神呪師として登録されている彼らからすれば、わたしは話にならないほど格下なんだ。
たとえ新しい神呪が作れたとしても、それだけしかできないわたしに教えてもらえと言われることは、彼らには屈辱なのかもしれない。
「できるかい?」
ラウレンス様の問いかけに少し迷って、ラウレンス様を見上げる。素直にできると言った方がいいのか、できないと言っておいた方がいいのか。
……大人の矜持ってよく分かんないんだよね。
「……彼が言ったように、ここにいる者は皆、領主に正式に雇われている神呪師だ。君の腕が確かだと証明されれば、自らの技術を向上させるチャンスを得て喜びこそすれ、悪意を抱く者などいないよ」
ラウレンス様が、わたしの迷いを正確に読み取って答える。いろいろ気になる点はあるが、やっぱりすごい人なんだろうなと思う。
「そうだな?」
「ハイッ!!」
全員の返事が揃いすぎてる点が、今のところ最も気になる点だ。
「簡単なものでいいなら」
「ああ」
わたしは頷くマルックさんから棒を受けとる。
木の棒に火を扱う神呪を描けば、例え上手く描けても棒が燃えてしまう。それでは成功と認めてはもらえないだろう。
「うーん……、ねぇ、紙とか使っちゃダメかなぁ」
「……は?いや、まぁ、構わんが……」
……どうせなら実用的な物がいいよね。
マルックさんを筆頭に、神呪師のみんなは戸惑うように見ている。ラウレンス様は興味津々といった感じだ。
「薪も使っていい?」
ラウレンス様の了承を得て、もらった紙切れと棒に神呪を描く。火の神呪は何度も描いたことがあるので簡単だ。
「できたよ」
わたしが描き終わるのをポカンとして見ていたマルックさんが、ハッと割れにかえる。
「な、何を描いたんだ?」
「え?……火の神呪だけど?あ、あと、水の膜も使ったけど」
質問の意味が分からず、わたしの方までポカンとしてしまう。だって、火の神呪を指定したのはこの人なのに。
「どれ、検証しようか」
ラウレンス様が、神呪をじっと眺めてちょっと笑う。いつもの社交的な笑顔じゃなくて、ホントに面白そうな笑いだ。
「なるほど。いいよ。これはどう使うんだい?」
まずは連動する神呪を描いた紙を貼った薪を、使われていない暖炉に放り込む。次に棒をマルックさんに渡す。
「動かしてみて!遠くからでも暖炉に火を入れられる動具なの!」
冬、雪の中帰ってきた時に、ドアを開けたら暖炉に火が灯っていたら最高じゃないだろうか。
連動させる距離を部屋の長さより少し長めに取っておけば、ドアを開ける前に暖炉に火が入れられる。これは嬉しい。
わくわくしながら見守る中、マルックさんが、棒を作動させる。その瞬間、棒には水の膜が貼りつき、暖炉の中に火が現れた。
「もう少しそのまま流してて!」
そう言い置いて、わたしは暖炉に駆け寄って覗き込む。
紙が燃え尽きかけたところで、やっと蒔きに火が移った。
「やった!成功!」
「ふぅん。遠隔発火装置か。おもしろいね」
いつの間にか後ろに来ていたラウレンス様が感心したように言う。
「商品化できる?」
「そうだねぇ……この紙が他にもあったらそっちも引火してしまいそうだねぇ」
たしかに。紙を暖炉に入れ忘れていたりした場合も危険だ。
「うーん……、じゃあ、いっそ暖炉に直接描いちゃう?」
「暖炉に?」
ラウレンス様が驚いたように数回まばたきをする。
「え、そんなにおかしくはないでしょ?暖炉って元々火をつける場所なんだし」
「まぁ……それはそうだが……」
ラウレンス様の戸惑いがよく分からない。
「で、何か使って、暖炉と棒を一まとめにしちゃう。この棒で火が付けられるのはこの暖炉だけってなるように」
「……できるかい?」
「うーん……例えば石を二つに割って、それぞれに埋め込むっていうのはどうだろう」
「なるほど。では、もし時間があれば作ってみるといいよ」
その言葉に、ハッと自分の立場を思い出した。わたしは神呪を教えに来たのだった。開発なんてしている場合じゃない。
……半年で絶対に描けるようになってもらわなきゃ。
期間の延長なんて言われたらたまらない。
「えーっと、マルックさん、これでいい?」
「あ、ああ。納得しました」
「では早速、マルックの班から見てもらうように」
そう言うと、ラウレンス様は隣の部屋に入って行った。
「はぁ~……」
マルックさんが、大きく息を吐いて椅子に座り込む。何だか知らないが、何かのダメージが大きそうだ。
「どうしたんですか?」
「いや、室長怒らせたら大変だからさ」
何がどう大変なのだろうか。周りの人に視線を向けると苦笑気味にマルックさんの肩を叩く。
「マルックは以前、新人に嫌がらせして一ヶ月完全無視の罰をうけたからなぁ」
「ああ、あれ、すごかったよな。ホントに室長にはマルックが見えてないのかと思ったもん」
「嫌がらせ?」
「いや……、生意気だったんだよ!王都の神呪師に学んだんだとかさ。だから何だって思うだろ?」
……ああ、いそういそう。
神呪師はエリート意識が強い人が多い。特に、王都には研究所があるので、最新の技術を持っているという自負も大きいのだろう。
「で、難しい神呪ばっかその新人にやらせたんだよ」
「なんだよ。あんだけ威張るんだからできて当然だろ?」
「いやいや、相手新人だからな?当然じゃないから罰を受けたんだろうが」
「フンッ」
マルックさんは、どうやら面倒くさそうな人だ。そして、一ヶ月無視という罰が地味に気になる。見えていないと思われるくらいの徹底無視って、なんだかジワジワと蝕まれていく気がする。
「だがまぁ、あんたは本物なんだろうな。あれだけスラスラ神呪描くんだからな」
「あ、そうそう!あれ、全部描いてたんだよな!?あまりに速いから途中から描いてんのかとか思っちゃってさ」
「全部に決まってんだろ!何にもない棒切れ渡したんだから」
マルックさんが棒を周囲の人たちに渡す。
「うわっ、すっげー。火と水なのに全然歪みとかないんだ」
「ホントだ。え?ていうか、何、この繋ぎ目。ここ切り替えのとこだよな?」
なんだか、わたしの神呪を見て盛り上がっている。
「なぁ、どうやったらこんな流れるように繋げられるんだ?」
マルックさんに聞かれるが、正直、何と答えたらいいのか分からない。
「え……なんだろう……?よく分からないけど、何か違う……?」
「例えばここは連動させてるわけだろ?そのすぐ横に場所を指定する部分が来てるわけじゃないか。そうすると、どっちが何を指定してるのかがゴチャゴチャになるだろ?だけどそこを明確に分けるとこんな風に流れるようには繋がらない」
「どうしてゴチャゴチャになるの?」
よく分からない。神呪には模様に意味があるのだ。ちゃんと意味が分かる模様にすればゴチャゴチャになるはずがない。
「いや、この神呪が、この場所を指定するとこと、こっちの場所を指定するとこのどっちと繋がるか分からなくなるじゃないか」
「え?この力はこう流れてるからこっちにしか通らないでしょ?」
「は?」
みんなで首を傾げる。みんなにはわたしが言っていることが伝わっていないようだが、わたしにもみんなが言ってる意味が分からない。
「だって、ここから来る流れが急にこっちになんて行かないでしょ?」
「流れ?」
「うん。流れが通る道っていうのかなぁ」
それを聞いたマルックさんが、眉を顰める。
「……なぁ、あんたさ、神呪描くとき何を思い浮かべて描いてる?」
「え?……なんだろ……」
神呪を描くときはとにかく集中するので、あまり記憶が残らないのだ。
「動き?」
「え……動き?って、何の?」
「え?神呪の」
なんだかみんなが戸惑ったように顔を見合わせている。なんだろう。
「他に何を思い浮かべるの?」
「いや……パーツだろ?組み合わせる」
「パーツ……パーツ?じゃないと思うけど……」
わたしの中では、神呪は一つの完成された動く絵のようなものだ。例えば、発火させる神呪を見ると、力が流れて火を付ける様子が頭の中に絵で浮かぶ。逆に、こういう動きをするという絵を思い浮かべると、全てをひっくるめた神呪が頭に浮かぶ。微調整をするためのパーツは後から見ている気がする。
「最初から全部を含めた神呪が思い浮かぶから、パーツは新しい神呪を考える時に分解するくらいでしか考えないかなぁ」
「……は?新しい神呪?」
「うん。まだはっきりと形が確定されてない神呪。そういう時は、今までの神呪を思い浮かべてどの部分が必要か考えるかな」
いつの間にか、開発室にいるみんながわたしの方を見ていて、一様に呆気に取られた顔をしている。どうしたらいいか分からない空気感にちょっと怯んでしまう。
「いや……根本的な部分で違うんだな……。研究所の神呪師とかも、みんなそうなのか?」
「いやいやいや……オレ一度、研究所の神呪師の仕事見たことあるんだけど、ここまで流れるようにはなってなかったぜ?この子が特別なんじゃねぇ?」
みんな感心したように言う。少なくとも、マルックさんに他意がないのはわかる。
……そういえば、かなり前に、神呪がキレイ過ぎだと言われたことがあったっけ。
たしか、一つ一つの区切り目が自然過ぎて不自然だと言われたのだが、あれは誰に言われたのだったか。
「そりゃあ、王族に見初められるわけだよなぁ」
……あ、王族だ。ていうか、ナリタカ様だ。
旅の途中で絡まれている最中だったと思う。あの時は何を言われているのか分からなかったのだが、今ならなんとなく分かる。
「……ナリタカ様って、ヒューベルトさんの恩人なんだっけ?」
ちょっと振り返ってヒューベルトさんを見上げる。
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「……ふーん」
……あれ、絶対嫌味だったと思うんだけどね。
わたしの認識が間違っているのかヒューベルトさんの認識が間違っているのか、どっちだろう。
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