第四章 期間限定神呪師
お城の生活が始まりました
「今日はみんなに紹介するだけにして、あとは部屋に下がっていいよ。部屋を整えたりする必要があるだろう?」
ラウレンス様が先に立って歩きながら声をかけてくれる。たしかに、今朝方お城に来るとすぐどこかの部屋に案内されて、着替えたらまたすぐに謁見の間に向かわされた。荷物は先に送っておくと言われたが、とりあえず服を出しておかないとシワシワになってしまう。わたしは別に構わないが、あの文官とヒューベルトさんと、何よりフレーチェ様が容赦しないだろう。
「ありがとうございます。ラウレンス様」
自分より上の相手に声をかける時には、できるだけ名前を呼ぶようにと言われている。わたしの場合は立場も年齢も微妙なので、とりあえず誰にでも名前を呼びかければ間違いはないかなと解釈した。
「所作がずいぶん洗練されてきたね」
「ありがとうございます。マリアンヌ様の侍女のフレーチェ様に教えて頂きました」
フレーチェ様の名前を聞いて、ラウレンス様はすぐに思い至ったようだ。
「ああ、あの方なら良い手本となるだろうね。クリストフの紹介かな?」
「はい」
ラウレンス様もフレーチェ様も、たぶん、お城の中でもそこそこ上の立場のはずだ。その二人と知り合いなんて、クリストフさんが謎過ぎる。
ラウレンス様と話しながら歩いていると、この前爆発騒動があった部屋に案内された。
「ここが神呪開発室の研究室だよ。どうぞ」
そう言って、ラウレンス様が先に入って迎えてくれる。さすがに卒がない。ダンは王宮でこういうエスコートができていたのだろうか。全く想像がつかない。
「みんな、作業中だろうが、ちょっと手を止めてくれるかい?」
わたしがヒューベルトさんとリニュスさんを引き連れて中に入ると、全員が作業を止めてこちらを見たところだった。
……いやいやいや、描きかけの神呪とかあるんじゃないの?
こうも見事に作業を中断できるなんて、わたしからしたらあり得ない。ラウレンス様の謎の魅力ということにしておこう。決してラウレンス様が入った途端ビクッとした人たちのことなんて、わたしは見ていない。
「あっ!……ハッ!」
わたしを見た何人かが声を上げる。が、次の瞬間ラウレンス様を見てすぐに口を閉じた。すごいと思う。ラウレンス様が。
「本日付けでこの神呪開発室の特別顧問に就任したアキさんだ」
「アキ・ファン・シェルヴィステアです。半年間ですが、よろしくお願い致します」
軽く膝を曲げて挨拶をする。我ながらキレイにできたと思う。
「……特別顧問?」
「半年……って……」
わたしの挨拶を受けて、部屋にいた人たちがざわざわし出す。まぁ、わたしはどこからどう見ても子どもだから、それは仕方ない。ちょっと猜疑的な目で見られても気にならない。ラウレンス様が口を開こうと息を吸った瞬間にみなさんが一斉に沈黙するのがちょっぴり気になったけど、気にしないことにする。ラウレンス様のリーダーシップがすごいだけだ。
「詳細は後にする。アキさんは今日入城してきたばかりでまだ部屋も整っていないので、正式な着任は明日からとする。以上だ」
ラウレンス様の用件が終わった空気を読んで、場の空気が少し緩む。だが、ラウレンス様が思い出したかのように顔を上げた瞬間、空気がピリッとする。
……ラウレンス様、何したの?
「ああ、そうだ。誰か彼女を案内してやってくれ。アキさん、後の1の鐘が食事の合図だ。食後に必要なところだけでも案内させることにしよう。部屋を整えるのはその後でもいいかい?」
「はい。ご配慮頂きありがとうございます」
「うん。では……ラウナ、後の1の鐘で彼女を寮まで迎えに行ってくれ」
「かしこまりました」
ラウナさんと呼ばれたのは、この前、神呪を消せなくて困っていた人だった。
「ラウナさん、よろしくお願い致します」
わたしは淑女らしい礼を取って、ラウレンス様と部屋を出た。
「ここが女性用の寮だよ」
お城から少し歩いたところに、寮はあった。森の中にひっそりと隠れすように建てられている。
「中は寮監が案内してくれると思うけど、大雑把に、君の部屋は2階か3階。食堂と浴室は共同で1階にある。地下は使用人の部屋だから間違わないようにね」
「男性用も同じなんですか?」
ヒューベルトさんとリニュスさんを振り返って尋ねる。二人は当然わたしとは違う寮だ。
「ああ。これから案内するけど、城を挟んで反対側に男性寮はあるんだ。間取りは同じだね」
「遠いですね」
「うん。まぁ、間違いが起こると困るしね」
ラウレンス様の言葉に首を傾げる。間違いって、恋愛関係ってことだよね?恋愛は困るんだろうか。
ラウレンス様がドアを開けて、玄関のベルを鳴らすと、エプロンで手を拭きながら、恰幅のいい女性が奥から出て来た。
「イルマタル、今日から寮に入るアキさんだ。管轄は神呪開発室だ」
「ああ、はいはい。聞いておりますよ。まぁ、ホントに11歳なのね。間違いかと思ったわ。神呪師さんなんですよね?」
イルマタルさんは、わたしを見て目を真ん丸にして驚いている。
「そうだ。我々神呪師に特別な神呪をご教授くださる特別顧問だ。くれぐれも失礼のないように」
「あらあら、まぁまぁ」
イルマタルさんが朗らかに笑う。ラウレンス様の言い方があまりに大袈裟なので、冗談だと思ったのだろう。わたしだって、どこまでが冗談なのかと考えてしまう。
「アキ殿、我々のどちらかが必ず迎えに来る。アキ殿は決して寮から一人では出ないように」
「分かった」
「とりあえず、リニュスを置いていくので何かあったらすぐに呼ぶように。リニュス、しばらくここを頼む。私は先に確認してくる」
「了解」
ラウナさんが来たら呼んでくれると言い置いて、二人とも外に出て行った。
「朝早くに入城したんでしょう?大変だったわねぇ、その年で謁見なんて。わたしだったら緊張して領主様の前で吐いてしまうかもしれないわ。アハハ」
寮監のイルマタルさんは、なんだか大らかそうな人だった。なんとなく、穀倉領を思い出す。森林領は仕事熱心な人が多いので、仕事中にこんな風に大らかに話しかけてくる人はあまりいない気がする。
「今日のために特訓したんです。でも、全然足りないから、これからもフレーチェ様のお時間がある時にご指導頂くことになってるんです」
フレーチェ様には、城にいる間、自分が時間が取れる時に礼儀作法のレッスンを続けてくれると約束してもらっている。フレーチェ様は荘官の奥様で、お子さんたちがみんな大きくなって手がかからなくなってからマリアンヌ様に遣えるようになったそうだ。家にいる必要がないからマリアンヌ様の近くの部屋で寝起きしているそうで、わたしが通っていた領都の邸宅はフレーチェ様のご実家だったのだそうだ。
「あらあら、まぁまぁ、あのフレーチェ様に?それは結構ね。あの方は所作の美しさと聡明さで有名なのよ。マリアンヌ様の片腕とも言われているお方よ。良いご縁を頂いたわねぇ」
イルマタルさんはお城の事情に詳しいらしい。どこの部署の衛兵がどこで大けがを負ったとか、誰と誰が密かに恋仲だとかを次々と披露しながら、2階の部屋へ案内される。2階に上がって左右に分かれる廊下の、右側に1室だけある部屋がわたしの部屋のようだ。
……おお、角部屋だ。
隣の部屋が一つしかないのは何となく嬉しい。ちょっとくらい騒いでも大丈夫だろう。騒ぐ予定は特にないけど。
ドアを開けると、森の家のわたしの部屋が2つは入りそうな部屋が広がっている。
「寝台と机と本棚とお手洗いと水場が備え付けよ。カーテンは自分で付けてね。ランプはここに一つとそっちにもあるわ。その二つを使い分けてね。油の補充は1階のわたしのところよ。節約してね」
部屋の奥に寝台があり、その奥と横にも窓がある。日当たりも眺めも良さそうで嬉しい。窓と反対側の壁にはお手洗いとクローゼットがあった。わたしが今朝持って来ていた荷物はすでに持ち込まれ、ドアの横に置かれていた。
「朝ご飯と夜ご飯は1階の食堂が使えるわ。あと、前日までに予約すれば昼ご飯も食べられるわね。浴室はいつ使ってもいいけれど、浴槽に湯を張っている時間帯は後の2の鐘から後の4の鐘までよ。わたしはたいてい1階の寮監部屋にいるから、何かあったらそのベルで呼んでちょうだい」
そう言うと、イルマタルさんはドアを閉めて出て行った。そろそろ後の1の鐘が鳴りそうなので、急いで荷解きをする。試しに通信機に向かって着いたよと呼びかけてみたが、反応はなかった。まぁ、今は仕事中だろうから当然だけど。
「わたし、寮には入ったことないから分からないんだけど、城の料理は美味しいわよ」
そう言うと、ラウナさんは中央ホールを突っ切って反対側のに向かう。中央階段の両脇には廊下があって、わたしはいつも向かって左側のドアから出入りしていたのだが、そちらのドアは人が一人通れるくらいの大きさだ。だが、右側はホールからそのまま廊下に続いていてドアがない。廊下も広いし壁自体に絵が描いてある。
廊下はそのまま右側に続いているが、わたしたちは、そのまま真っ直ぐ進んでドアを開ける。そこが、食堂になっていた。
「メニューが決まってるのがちょっと難点なのよね。全然選べないの。好き嫌いはある?」
「いえ」
「そう。じゃあ、良かったわ。マティルダなんて食べられるものの方が少ないんじゃないかと思うくらいなのよ。いつも大騒ぎよ。あ、いたいた」
食堂もまた、豪奢だった。こちらは壁中に絵が飾ってあって、暖炉が二つもある。
マティルダさんについて行くと、神呪開発室の人たちが集まっていた。
「それにしても驚いたわぁ。あなたが特別顧問だなんて。特別顧問が来るって話は聞いてたのよ?けど、まさか子どもだとは思わなかったもの」
「ラウナさんのお子さんって、これくらいじゃなかったでしたっけ?」
「うちは12歳と14歳。けど、こんなにしっかりしてないわぁ。もう、うるさくてうるさくて。すぐ物壊すし、がさつだから神呪なんて到底無理無理」
「ああ、オレ一度見たことあるけど、たしかにすごかった。出店でさ、両手に3本ずつ肉の串持った状態でケンカしてんだぜ?足使って。食ってからやれよって思っちゃったよ」
「小さい頃は家庭教師も付けてたんだけどねぇ。二人とも、全っ然。手伝いは工房と食事処なのよ。まぁ、官僚なんてすぐに諦めたから家庭教師代もあんまり無駄にせずに済んだけどね」
食事をしながらいろんな人が声をかけてくれる。もりもり食べながら普通にしゃべっているので、礼儀作法とかにはあまりうるさくない人たちなんだなと分かってホッとする。それにしても、食堂が豪華すぎて困る。
……ご飯食べる時の椅子って、硬い方が落ち着くんだな。
「ここ、普段はオレたちが昼食とるけど、議会があるときなんかはサロンになったりもするんだよ。だからこんなに装飾過多なの。こんな環境で飯なんて喉通るか~って思うでしょ?でも、通っちゃうんだよね、これが」
開発室で最初に会った金髪眼鏡のお兄さんはサウリさんといった。今日も口調が軽やかだ。
「あれ?お二人は食べないの?」
ラウナさんの言葉に振り向くと、ヒューベルトさんとリニュスさんがわたしの後ろで直立していた。
「……どうしたの?」
「我々は護衛だからな。一緒に食事は取れない。食事中に何かあった時に困るからな」
「オレは食べたいんだけどねぇ~」
ヒューベルトさんの言葉にリニュスさんが苦笑する。
「うーん……、じゃあ、交代で食べればいいんじゃない?わたし、自分が食べてる後ろでそんな風に立っていられると気になって美味しく食べられないよ」
「いや、我々は……」
「だよね!ほら、堅苦しすぎるのも良くないって言われてるでしょ?オレ、後でいいですから先に食っちゃってくださいよ」
何か言おうとしたヒューベルトさんをリニュスさんが遮る。リニュスさんの方が少し若い分勇気がいるだろうにナイスファイトだ。わたしはこれ以上問答したくない。
ぶつぶつ言いながらも席に着くヒューベルトさんの横で、密かにリニュスさんと目配せをし合う。
……真面目過ぎるヒューベルトさん対策は、今の連携でいいよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます