ハチミツは順調、ランプは……
養蜂小屋からダンに説教されながら帰ったが、はっきり言って無駄だと思う。わたしは思いついた神呪で頭がいっぱいだ。漏れないように、他の事、例えばダンの説教などは頭に入らないようになっている。
「ランプに蓋をすると消えるっていうことは、火が燃えるには空気が必要ということでしょ?窯の火の調整に、入り口の大きさを変えるのは、そういうことでしょ?」
「あぁ、そうだな。チッ、ちっとも聞いてねぇな」
「でも、空気はどこにでもあるのに、どこでも勝手には燃えないよね」
「まぁな」
「空気が燃えるんじゃないのかな」
「だろうな」
ダンがいちいちやる気のない返事を返してくれる。わたしの言葉は独り言に近いので、ダンの返事があろうとなかろうと次々口をついて出てくるのだが、それでも、その都度肯定してくれるのは有難い。違っていたら根本から考え直さなきゃいけないからね。
こういう反応をくれる辺り、やっぱりダンは分かってくれてるなと思う。やる気はなさそうだけど。
一旦家に戻ったわたしは、早速炭やき小屋に行って実験しようとしたが、みんなに寄ってたかって止められてしまった。
「忘れてるかもしれねぇけどな、お前はまだ子どもなんだ、子・ど・も!飯食って風呂入って寝ろ!」
「アキちゃん、体は大事よ。育ち盛りなんだから」
「アキ、空気は逃げない」
みんなに言われたら従うしかない。そういえば、わたしは子どもだった。
ため息を吐きつつ神呪のことを考えながら、ダンに首根っこを掴まれてズルズル家に引きずられて帰った。
家に帰ったからといって、そう簡単に頭は切り替わらない。台所に立って、炭が燃える様子をじっと見る。
「炭を壺に入れて置くと、火が消えるよね」
「ああ。それより早く席に着け。飯が冷える」
居間に行って椅子に座り、今度は暖炉の薪を見つめる。
「木も、壺に入れると消える?」
「消えるが、炭も薪も蓋を閉めないと消えねぇ。それより早く飯食え。片付かねぇ」
食事を終えて台所に行き、ダンが食器を洗うのをじっと見る。
「水の中では燃えない」
「火は消えるな。風呂入ってこい」
お風呂には、わたしが以前作った神呪の板切れが張り付けてある。これは、水の中に貼ってある。
「水の中でも熱は生まれる。でも火は出ない」
「いつまでやってんだ。早く入れ!」
神呪を作動させながら、一人でぼんやりと神呪を見つめて考えていたら、ダンがやってきてベシッと頭を叩かれた。やっぱり、あんまり分かってくれてないかも?
次の日から、わたしの新たな挑戦が始まって、そしてすぐに止まった。停滞だ。なにせ、何かを燃やさなければ空気だけでは燃えないのに、何かを燃やすのは危険なのだ。結局、昨日から進んでいない。
「ガラスがあればすぐ解決なのになぁ」
「それなら神呪はいらねぇな」
ダンがクッと笑って言う。ダンは時々いじわるなことを言う。
「作動している間だけ燃え続けるっていう神呪があればいいんだけどねぇ」
「媒体がありゃあ可能だがな」
燃えるものがあれば、もちろん可能なのだが、燃やしてはならない。難しいところだ。
「アキ、明日は領都に出荷に行くが、一緒に来るか?」
わたしが煮詰まっていると、クリストフさんが声をかけてきた。
「あ、行く!」
そういえば、いろんな大人に聞きたいことがあったのだ。
「ねぇねぇ、ダン。ハチミツ飴、食べたくならない?」
「はぁ?」
以前、トピアスさんと契約した時に、ダンにもハチミツ飴を食べてもらった。甘い、と顔を顰めていたが、やはり大人の口には合わないだろうか。
「子ども向けだと売れないんだよ。子どもが自分で買える値段じゃないでしょ?」
「そうだな」
「だから、大人が欲しがるように何とかできないかと思って」
「ふぅん、なるほどなぁ」
そう言って、ダンはわたしが持っていた壺の中からハチミツ飴を一つ出して口に放り込む。
「これでいくらだ?」
「500ウェイン」
「バカ高ぇな」
悔しいが否定できない。あめ玉一つに500ウェイン。リッキ・グラゼルムの肉の煮込みと同じ値段。
……売れるわけないか。
だが、ハチミツがそもそも高価なのだ。これ以上値段を下げるのは難しい。
「薬剤店に薬として置いてもらうっていうのはどうかと思うんだけど……クリストフさん、どう思う?」
そういえば、クリストフさんには、まだハチミツ飴をあげてなかったなと思い、壺を差し出す。
「……なるほど。金持ち向けだな」
「わたしでも、500ウェイン出すならお肉と果物のセットの方がいいもんね……」
「大店は大店同士のつながりがある。誰か、そういう人に広げてもらえば、金持ちの目に留まるかもしれないな」
しょんぼりするわたしの頭にポンと手を乗せて、クリストフさんが少し笑って答えてくれる。
とりあえず、わたしは日頃からハチミツ飴を持ち歩き、それっぽい人を見たら試食として提供することにした。お金は木の実のハチミツ漬けで結構稼げたし、コスティがハチミツを値下げしてくれたので、試食に配る分くらいはいくつかある。
お金に余裕があると、次にお金を稼ぐ方法もいろいろ選べるので便利だ。
「アルヴィンさん、トピアスさんの食事処って、大店?」
「はい?」
突然やって来たわたしの突然の質問にアルヴィンさんが目をぱちくりさせる。
「ハチミツ飴ね、薬剤店とかに置いてもらえないかと思ってるの。でも、小さい薬剤店だと高過ぎて無理でしょ?だから、誰か大店の薬剤店の知り合いとかいないかなと思って」
「ああ……。そうですね……うちは大店とまでは言えないのですが……」
アルヴィンさんは考え込むように視線を揺らせながら答えてくれる。わたしみたいな小さい子ども相手にも、いつも丁寧で真面目ないいお兄さんだ。
「……とりあえず、兄に伝えておきます」
アルヴィンさんは、何か心当たりはありそうだったが、すぐには教えてくれなかった。きっと、トピアスさんに黙って勝手なことはできないと判断したんだろう。そういうところは逆に信頼度が上がる。
「わかった。じゃあ、この壺は試食用に置いていくね。もし、置いてくれそうなお店の店主さんとかがいたら、これ、あげてね」
「試食用ですか。アキさんは本当にいろんなことを思いつくんですね」
アルヴィンさんがクスッと笑う。もしかしたら、こんな風に自然に笑いかけてくれるのは初めてじゃなかろうか。
わたしは、普段笑わない人の笑顔の破壊力に衝撃を受けながら宿を出た。
そして火の日の今日は、グランゼルムの町で買い出しだ。わたしはダンたちと別れて、大通りの十字路付近の避難所に向かった。リッキ・グラゼルムの出店があるところだ。
「おにーさーん」
今日は火の日なので、あのさわやか兄さんが出店当番のはずだ。何とか、リッキ・グランゼルムの偉い人に試食用ハチミツ飴を渡せないだろうか。
「ん?お、おおっ、お、お嬢ちゃーん!」
さわやか兄さんが、わたしを見るなり駆け寄ってくる。約7ヶ月ぶりなのだが覚えてくれていたようで嬉しい。そして、なぜか歓迎されてるっぽいのがちょっと怖い。逃げていいかな。
「探したんだよ!待ってたんだよ!どうしてたんだよー!」
さわやか兄さんが両肩をガシッと掴んで叫びながら揺さぶる。さわやか兄さんがねっとり兄さんになってきている。
……さわやか兄さんがさわやかさを捨てちゃダメだよね。
「あの、木の実のハチミツ漬け!どこかに売った!?」
「え?売ったよ?」
何事かと思ったら、さわやか兄さん自身に却下された木の実のハチミツ漬けのことだった。
「オレに黙って!?」
「え……だって、お兄さん、いらなそうだったじゃない」
……たしか、ハチミツ漬けは普通だとか言われた気がする。
「たのむよー!」
何を頼まれているのか分からないが、お兄さんが膝をついて頭を抱えて悶え始めた。周囲の目が痛い。
「……もしかして、お兄さんも欲しかったの?」
「そう!そうなの!お兄さんも欲しかったの!」
お兄さんはハッとしてわたしに向き直り、再び両肩を掴んで深刻な表情で何度も頷く。
……顔、近すぎだね。
「今日は持ってきてないよ。ハチミツ飴ならあるけど」
「ハチミツ飴?」
「500ウェインだよ」
「高っ」
さわやか兄さんはリッキ・グラゼルムの料理人なので、本当はタダであげても良かったのだが、今回求められているのは木の実のハチミツ漬けだ。ハチミツ飴の方は慎重に行こうと思う。高いからね。
「木の実は今日はないのかい?」
「う~ん……どうだろう?コスティは持って来てるかなぁ」
火の日はコスティが出店を出す日でもある。
「よしっ、これからお兄さんと一緒に確認しに行こう!」
「え?お店はいいの?」
「……君、意外と冷静だね」
お兄さんはノリと閃きで生きてるみたいだなと思う。
「とりあえず、わたしがコスティに聞いてくるよ。その代わり、ちゃんとお金払うからわたしの分の商品取っておいてくれる?」
「ちゃっかりしてるなぁ。いいよ。じゃあ、終わったころにおいで」
今日は鳥肉のトマト煮込みだそうだ。わたしは涎が垂れないように注意しながら、いそいそとコスティが出店をだしている広場に向かった。
コスティはやっぱり木の実のハチミツ漬けを持って来ていた。コスティのお店には現在、ハチミツそのものと、木の実のハチミツ漬けと、ハチミツ飴の3種類が並んでいる。ちょっとお店っぽくなってきた。興味を見せる人もちらちら出てきたが、まだ売れるには至っていない。
「リッキ・グランゼルムの料理人のお兄さんに、試食させてもいいと思う?」
「うーん……でも、一度いらないと言った人なんだろ?なんで今更興味を持ったのか、しっかり聞いてからの方がいいんじゃないか?」
コスティと相談して、試食はリッキ・グラゼルムの中に入れてもらえたらということにした。それ以外はわたしが判断して決めていいそうだ。今のところ、コスティはハチミツを作ってわたしに売ることで稼ぎ、わたしはコスティから買ったハチミツを商品化して売ることで稼いでいる。そう決めてからは、この広場の出店の契約量も、わたしとコスティで半分こにしている。
「お、来た来た。アキちゃん、アキちゃん!」
先ほどの広場に行くと、お兄さんが目ざとく見つけて待ちかねたように手招きする。おいでおいでする手の動きが激しすぎて、傷めないのかと心配になる。
「木の実、あった?」
よっぽど待ち遠しかったのだろう、お兄さんはそわそわと聞いてくる。これ、なかったらどれだけ落ち込んだんだろう。
「じゃあ、行こうか」
「へ?どこに?」
頷くわたしを、当然のように連れ出そうとする。
……あれ?これって誘拐?
「店だよ、店。リッキ・グランゼルム!」
いきなりお店にお呼ばれしてしまった。話が美味しすぎる。このままついて行っていいのかな?誘拐されたりしないかな?
「…………ちょっと保護者が来るまで待ってもらっていい?」
「え?保護者?」
お兄さんが目をぱちくりする。まるで、わたしに保護者がいるなんて想像もしてなかったとでも言わんばかりだ。
「うん。美味しい話をあげるって言われても、知らないさわやか兄さんについて行っちゃダメだって言われてるの」
「…………さわやかって言葉に免じて待ってあげよう」
今、急遽考え出した注意事項だが、ごく自然な感じに響いたようで良かったとホッとする。わざとらしくなっちゃうと相手の気分を害しちゃうかもしれないからね。
わたしは、保護者と合流したらリッキ・グラゼルムに直接向かうことを約束して、馬繋場へと向かった。
無事、ダンとクリストフさんと合流できたわたしは、二人と共にリッキ・グラゼルムに向かう。途中、避難所の前を通ると、街灯が目に入った。領都で見た、街灯の光を思い出す。
「ねぇ、ダン。あの街灯は炎の量もすごかったけど、明るさもすごかったんだよ。あれってどうやってるのかなぁ?」
「石灰を混ぜてあると聞いたことがある」
クリストフさんの答えを聞いて、ちょっとポカンとしてしまう。石灰って、あの石灰?
「焼く前の石灰だな。たしか高温で熱すると光を放つんじゃなかったか?」
……焼き石灰になる前?
巨窯の中で処理されていたので、直接見てはいない。あの窯の中で光を放っていたということか。だが、高温というのが気になる。例え光らせられるとしても、高温で燃やさなければならないのらば、下手すると油よりよっぽど危険だ。
……難しいな。
ハチミツの方は一歩一歩確実に進んでいる実感があるが、ランプの方は全く進まない。ため息が出る。
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