第8話 スマートフォン

 俺は梯子を降りて、黙々と遠ざかっていく先生を追いかけた。ここで彼を逃してしまえば頼る人はこの世に存在しなくなる。しかし、先生はそんな俺の気持ちを踏みにじるようにまるで俺を視界に入れないように一階へ降りていった。俺は姿が見えなくなった先生を動揺しているせいかフラフラと追いかけた。

 「先生、どうしたんですか?ちょっと待ってください。」俺は自分でのビックリするほど必死な声で先生を呼び止めた。

 一階まで降りきるとなぜか先生は俺にスマートフォンを向けていた。擬似的なシャッター音が聞こえると、先生は両手でスマホを操作し始めた。

 「先生、いつスマホなんて買ったんですか?」先生はまるで文明から遮断されているかのようにある発明に没頭しているため、スマホどころかガラケーすら持っている姿を見たことがなかった。それでもパソコンで電話以外の連絡手段はできていたため不便はしていないようだった。

 だが、今目の前にいる先生はスマートフォンを持ち、なんなら慣れた手つきで操作しているではないか。するとぶつぶつと何かを言い始めた。声が小さいというのと滑舌が悪すぎて全く何を言っているのかわからなかった。

 「ちょっと先生、どういうことか説明してくださいよ。」すると先生は俺に向けて手を伸ばした。

 「いや、私は騙されんよ。」そういうと急に辺りをキョロキョロとまるで何かを探しているような行動を撮り始めた。

 「何探してるんですか?」俺も訳がわからずつい強い口調になってしまった。

 「いや、そうしらばっくれても駄目だぞ。君がいるところにはカメラありだ。私が初めてドッキリを見破ってやるぞ!いや待てよ。そしたら面白くなくて私は無かったことになるとか?」先生は俺を一目も見ずに訳がわからないこと言い始めた。

 「何言ってんっすか?さっき取材しておいてそんな隠しカメラなんて仕掛けないですよ。」俺はさっきまで起きていたことを否定されるのは怖かったがあえて、数分前の出来事を掘り下げた。

 「取材?ドッキリじゃないのか?申し訳ないが君がそういう番組に向いているとは思えんのだが?」

 「なんで僕が先生の取材なんてするんですか?」今日一高くて大きな声が出た瞬間だった。

 「そもそも何言ってんすか?カメラだの番組だの。茶化すのはやめてください。」正直先生が真面目に言っていて、今また自分は変なことに巻き込まれていることはわかっていた。しかし、そこ事実を受け入れる気は準備ができていなかった。しかし、準備を整える間もなく、俺はその事実を受け止めなければならなかった。

 「君、アイドルの平越時哉じゃないの?」

 「はぁ?」俺は自分がおかしくなってしまったのか、それとも先生がおかしくなってしまったのかわからなくなってしまった。

 「え?もしかして似てる人?まずい・・・」先生の顔が明らかに青白くなった。

 「え?なに?」俺はわりとテンパった回答をした。

 「君がここにいることを拡散してしまった。正確に君に似ているアイドルだが・・・」先生は2、3歩歩くと、何かを閃いたように立ち止まりこちらを見た。

 「ちょっと待て。ここまで似ているならごまかせるかもしれん。」先生の顔が悪い顔になっていたが、いつもの先生の一面で俺は少し安心していた。そのあとも先生は何かぶつぶつと言っていたが今度は言葉の意味がわからず、またしても理解できなかった。すると再び、何かを思いついたような顔をした。

 「その前に、君は私の家で一体絶対なにをしている?」先生の顔が徐々に強張り始めた。

 「まさか、私の発明を盗みに来たんだな?」先生の迫力に俺は後退った。しかし、もちろんそんなことはない。俺はやっと自分のことを話すチャンスを得た。

 「違いますよ。今日いろいろあって泊めてほしいっていうのとこのポケットラジオも直して欲しくて。」俺がそう言いながらポケットラジオを出すと、先生はポケットラジオを静かに見つめ、なぜか呆れた顔で俺を見た。

 またしても俺は嫌な予感がした。

 「正直、君の言うことを信用できない理由がいくつかある。」そう言いながら先生は徐々に近づいてきた。

 「まず君とは初対面だ。初対面の相手を誰が泊める?」先生の口調はさらに強くなった。

 「それにもし本当に泊めてほしいなら部屋に入る前に言うべきだあろう?玄関で!」俺のすぐ後ろには壁がそびえゆく手を阻んだ。

 「そして今君は私の発明品を手に取りながらこう言った。修理してほしいと・・・」もう俺に逃げ場はなかった。

 「つまり君は私の発明品を盗むだけでは飽き足らず、破壊した。そう言うことになる。違うかね?」俺は今だいぶ不利な状況にいた。

 「ちょっと待ってください。いろいろ言いたいことはありますけど、まずこのラジオは俺が壊してないし、壊れたというよりか使い方がよくわからないから変な雑音の消し方を聞きたかっただけで、壊してないし盗んでもいません。」俺は必死に弁解した。だが、それにしても俺の立場を覆すのは相当難しかった。明らかにおかしいこの世界から俺はどうにか脱出する方法を考えた。しかし、その頼みの綱であった先生がこの有り様では、正直詰んでいた。

 「万引きしたものを持ちながら無実を訴えたところでどんなに頭の悪い裁判官でも君を無罪にすることはないだろう。」まるで人が変わったようになった先生は、俺からポケットラジオを奪おうとしたところを俺はそれを咄嗟に回避した。

 「そこまで言うなら、今あなたの部屋に行って棚を見て見たらどうですか?もしそこになければ俺を煮るなり焼くなりすれば良い。」俺も自分で言いながら言い回しが古臭いと感じていた。先生はそう言うと日本の指を自分の両目に向け、それを勢いよく俺の目に向けると、梯子を登って行った。

 「どういうことだ?」先生のその言葉が上から聞こえてきて少しほっとした。前の出来事で置いてあるものは変わらないと思っていたが、こう自信があるときはたいていミスるっていうのも学んでいたからだ。

 すると再び先生が俺に駆け寄り、両肩を鷲掴みしてきた。

 「君はこれがなんなのか知っているのかね?」鬼の剣幕で俺に掴みかかってきた先生の目線がふと俺が持っているポケットラジオに落ちた。

 「ラジオを聴く以外に何かできるんですか?」俺がよろめきながらそう言っている間に先生の目線はポケットラジオに釘付けだった

 「周波数が違うぞ?どうなってる?」俺は話が噛み合わなすぎて、いつもの雑音を聞いてもらおうとなるかどうかの確認で一度自分で試してみようと、イヤホンをした。

 「ちょっと待ってくださいね。今その音聞かせるんで。」そう言うと俺は電源をつけた瞬間やはりあの脳に刺さる雑音が俺の耳を貫き一瞬視界が白くなった。さすがに聞きすぎも良くなさそうだった。

 視界が元に戻るとそこに先生の姿はなかった。

 「先生?先生?どこいっちゃったんですか?」色々なことが起こりすぎて、もはや人が消えてもあまり驚かなくなってしまった。

 すると上から人が降りてきた。梯子の方に視線を向けると先生が降りてきた。まさかの瞬間移動に少しびっくりしたがさらに先生は俺にハグをし始めた。

 「いや素晴らしい。素晴らしいよ。」なんかいつもの先生なのかまた変な先生二号なのか俺には理解できそうになかった。

 

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