第4話
さて、俺とリリーナがイチャイチャしている間に、チヒロは無事に救出されたわけだが……そのあとでひと悶着があった。
モブの女生徒が突然、リリーナを指さして声をあげたのだ。
「私、リリーナさまがチヒロさまを池に突き落とすのを見ました!」
ここであえて『モブ』呼ばわりしているのは、その女生徒の言動が、リリーナを悪役令嬢に仕立て上げるべく『用意された』ものである気配があからさまだったからだ。
本来の『ミララキ』ならば、ここで他のモブたちも同調してリリーナを糾弾し始めるはず。
いわゆる悪役令嬢の罪を暴くシーンというやつだ。
しかし、居並ぶ野次馬生徒たちは、それぞれが口々に好きなことを言い始めた。
「え、それっておかしくない?」
「おかしい〜、だって、リリーナ様、自分で突き落とした相手を、自分で助けたってこと? ありえなくない?」
そういった否定の声もあれば、もちろん、モブに対する賛成の声もある。
「確かに、チヒロが池に落ちた時に一番近くにいたのって、リリーナ様だしなぁ」
「自分の人気を上げるために自作自演ってのも考えられるよな」
あたりは騒然、ざわざわととりとめのないざわめきが広がってゆく。
モブ女生徒は反応に困って、リリーナを糾弾するべく指さした姿勢のまま、ピキッとフリーズした。
これは何かの比喩ではなく、本当に石にでもなったかのように姿勢も、そして表情も固定されたまま、その場で動きを止めたのだ。
チヒロが声を上げる。
「ちょっと待ってよ! リリーナは私の前を歩いていたんだよ? 私を後ろから突き落とせるわけがないじゃん!」
これがゲームならば、ヒロインはこんな反駁の言葉など吐かないはずだ。
ナヨナヨと泣いていずれかの男性キャラに助けられるのが役どころだろうに……
「誰がなんと言おうと、リリーナは、私を池に突き落としたりなんてしてないから!」
リリーナの方はひどく冷静な表情で、声音も静かなものだ。
「いいのよ、チヒロ、疑いをかけられるのは私の不徳の致すところ、甘んじて悪名をお受けいたしますわ」
「なんでよ! リリーナ、そんなになってまで私を助けてくれたじゃん! むしろ私にとっては恩人じゃん!」
チヒロが指差すリリーナのドレスは、裾からじっとりと泥水を吸い上げて、腰の辺りまで沼色に汚れている。
このやりとりのあいだも、モブ女生徒は相変わらずフリーズしたままだ。
俺はたまりかねて、モブ女生徒に声をかけた。
「おい、なんとか言えよ」
途端に、モブ女生徒は突然ピョンと飛び上がり、両手を振り回して早口で喋り始めた。
「私、見たもの! リリーナ様がチヒロ様のことを池に落とすのを!」
もはや彼女は『モブ女生徒』ではない。
焦りの感情をあらわにして、ひたすら自論をまくし立てる一個の『人間』だ。
「チヒロ様はお優しいから、リリーナ様を庇っているのよ、そうに決まってる!」
この言葉に、チヒロが「チッ」と舌を鳴らした。
「人の性格を勝手に決めつけないでよね、私、優しくなんかないし」
リリーナがそれに続く。
「そうよね、チヒロは私にだって手厳しいことを言うし、見た目ほど優しくはないですわよね」
「リリーナだって、そんなとりすました見た目してるくせに、一皮剥けば純情乙女じゃん。ダレスのことをさ……」
「あーっ! あーっ! あーっ! そのことは言わない約束ですわよっ!」
「やぁねえ、御令嬢が大きな声なんか出しちゃって、はしたない」
「ううっ、チヒロのイジワル……」
まったく、この二人、いつの間にこんなに仲良くなったんだか。
「ともかく、見ての通り、リリーナが私を池に落とすとか、ありえないんだけど?」
チヒロの言葉に、女生徒はワナワナと震えて両腕を下ろした。
「なによ、全然はなしが違うじゃない」
チヒロがそんな女生徒にギュッと詰め寄る。
「あんた、なに言ってるの?」
「リリーナ様とチヒロ様は仲が悪いから、ちょっと嘘の証言をしたら簡単に騙せるって……」
「なに、もしかしてあんたが犯人?」
「ち、違う……私は嘘をついてこいって言われただけで……」
「はぁん? 誰かに言われてきたのね? 誰よ、それ」
「言えない……言えない……です」
見かねたリリーナが割って入る。
「チヒロ、そのくらいにしてさしあげなさい」
「でも!」
「いいですか、チヒロ、黒幕は他人を謀略に使おうとするような、つまり、他人を手駒扱いすることに慣れた上流階級の者だと推察されます。ですからここで自白を強要すれば、彼女自身が黒幕から追われ、厳しい目に遭う危険を孕んでいるのです。なにしろ……上流階級の男どもときたら、町民の一人や二人消えても誰も困るものなどないだろうと本気で思っているような、冷血漢ばかりなのですから」
「なーるほどね、つまり黒幕からこのコを守ってやろうと……リリーナ、あんた、本当に優しいわね」
「優しくなどありませんよ」
「いーや、優しいね。だってこいつ、あんたをハメようとしたんだよ? なのに、情けをかけてあげるんでしょ?」
「いいえ、情けなどじゃありません。私は腰抜けなので、目の前で誰かが傷つくのを見たくないだけです」
「そういうのを優しいっていうんじゃんよ……」
リリーナは答えず、軽く微笑んで女性との手を取った。
「誰の言いつけでここにきたのか、もう気にしなくて良いです、忘れなさい。忘れてしまえば、これ以上の累が及ぶこともないでしょう」
リリーナの体から、青白い光がふわりと立ち昇る。
「忘却の魔法か!」
お忘れだろうが、『ミララキ』は魔法学園もののゲームだ。
だから当然のように魔法が存在する。
リリーナはため息をつくような小さな声で呪文をささやいた。
と、同時に、リリーナから立ち上った魔力の光が、静かに揺らめいて女生徒の体を包んだ。
それは、とても優しい魔法だ……と俺は感じた。
女生徒は祈りをささげるかのように跪き、頭を下げている。
そんな彼女に向かって手をかざすリリーナは柔らかい光をまとって、まるで女神であるかのように神々しい。
俺はそんなリリーナに見とれて、ただ立ち尽くしていた。
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