愛と陰謀の学園生活!

第1話


 俺たちが最初にしたことは『他の攻略対象キャラ』たちの話を聞いて回ることだった。

 というのも、チヒロが「そもそもがゲームなんだから、まったく本編にかかわらないモブキャラが犯人ってのはないと思うのよ」と言ったからだ。


 俺たちはリリーナに恨みを持つ人物を探し出そうとしたわけだが、ここまで時にリリーナを悪く言う人物はいなかった。

 今日はスポーツマンで爽やかで学校中の人気者、テレス=リーヤに話を聞きに来たのだが、彼はさわやかな笑顔でこう言った。


「リリーナ嬢をどう思うかって? そうだなあ、筋肉が少し足りないよね!」


「きんにく……」


「もちろん、筋肉がすべてを決するわけじゃない。生徒会の仕事も頑張っているし、勉強もできるし、人格的に優れた人物だと思うよ、だけど、筋肉が足りないね!」


「きんにく……」


 俺は傍らに立つチヒロの腕を引いて、ひそひそ声で聞く。


「これ、本当に攻略対象キャラなの?」


「二周目以降にしか攻略できない高難易度キャラよ。ちょっと変わり者キャラを作ろうとして失敗しちゃった感はあるけど……見てよ、あの首を痛めているかのようなポーズ! あれこそ攻略される男の特徴!」


 テレスは頭の後ろ――ちょうど首のあたりに片手を当てている。

 確かに痛む首を押さえているようにも見えるこのポーズ、乙女ゲームのスチルで見ることの多いイケメンポーズだ!


「にしてもさあ、製作者ハッチャケすぎでしょ、なんだよ、筋肉って……」


「それともう一つ、この作戦には大きな穴があることに、いま気が付いたんだけど」


「なんだよ」


「攻略対象キャラであるってことは誰もが私に対して多かれ少なかれ好感を抱いているってわけで、そんな相手の前で人の悪口って言わない……かもしれない」


「ああ、たしかに、他人の悪口をいうような性格の悪い男だと思われたくないもんな」


「ということで、ここまで話を聞いた全員、ウソをついているかもしれないって可能性も出てきたわけで……」


「ええ~、マジかよぉ」


 ちょうどそこへ、リリーナが通りかかった。

 彼女は教室を移動する途中なのか、魔法学の参考書をきちんと揃えて胸元に抱えていたが、俺を見ると参考書なんて投げ出さんばかりの勢いで小走りに駆け寄ってきた。


「どうしたんですの? こちらは上級生の校舎ですのに」


 世の中には『輝くような笑顔』という形容があるが、この時のリリーナの顔はまさに、今にも太陽のように眩しく光り始めるんじゃないかというほど明るい笑顔だった。


 だがそれも一瞬のこと。

 俺たちが話をしている相手がテレスであるのを見た途端、リリーナの表情は嵐の前の曇天の如く重たく曇った。


「テレス=リーヤ、こんなところに下級生を呼び出して、何をしていらっしゃるんですの?」


 テレスの方も先ほどまでの爽やかさは何処へやら、少し目を吊り上げて不快そうに唇を歪めている。


「相変わらず失礼だな、君は。この可愛らしい下級生たちが私を呼び出したのだよ!」


「それも『また』あなたの勘違いではなくて? あなた、上級生であるということを何かの特権と勘違いしていらっしゃるから、下級生が自分の言うことに逆らわないことをすごく好意的に解釈していらっしゃるでしょう?」


「なんだよ、好意的に解釈って!」


「あなた、この前、とある女生徒を呼び出したそうね。しかもその女生徒に乱暴までしようとなさった、身に覚えは?」


「……どのの話だ?」


「あら、『身に覚え』がありすぎるようですわね」


「まて、俺の意思で女のコを呼び出したことなどないぞ! みんな本当は俺が大好きで、俺に告白をしたい、だけど勇気がない……だから俺は、そんな女の子たちにきっかけを与えてあげるために誘っただけだ!」


「それが勘違いだというのですよ」


 リリーナは冷たい目でテレスを睨みつけ、凛と背筋を伸ばして、ひときわ通る声で告げた。


「テレス=リーヤ、あなたがそうした悪行の数々をお金でもみ消していることを、生徒会は把握しています。あなたにはいずれ、相応の罰が与えられるでしょう」


「罰だって? どうして生徒会ごときが、俺に罰を与えるんだよ!」


「生徒会『ごとき』とおっしゃったのかしら? 我がアイゼル学園の最高司法機関である生徒会を?」


 もはやテレスは筋肉を見せつける余裕すらないようだ。


「クソッ、カネだ! こうなったら多額の寄付金で教師陣を買収して、貴様ら生徒会をつぶしてやる! 見てろよ!」


 捨て台詞だけは勇ましく、足取りはどこかよろよろして……逃げ出すように去ってゆくテレスの背中に向かって、リリーナが「ふふん」と鼻息を吐いた。


「お金があれば何でも解決できるというものではありませんわ……」


 まったくのド正論だ。

 だが、それが政論であるほど他人からは恨まれるもの……俺はリリーナのことが心配になった。


「大丈夫なのかい、あんなこと言って」


「何がですの」


「俺の覚えが確かなら、テレスの家っていうのはこの国でも一、二を争う大商人だろ、その……仕返しとかさ」


「逆ですわ。頭のいい商人ならば、シュタインベルグ家には手を出さない……交易許可書を取り消されでもしたら、商売ができませんもの」


 確かにシュタインベルグ家は、王の補佐として

 許可書の発行や他の大陸への渡航に関する諸般手続きの実務を担当している。

 特に海の向こうまで商品の買い付けに行かなくてはならない商人にとっては、これらの許可証を発行するシュタインベルグ家を敵に回すのは得策ではない。


「まあ、あの甘やかされて育ったぼっちゃまがそれをご存知かどうかは知りませんけど」


 ツンと鼻先を上げて嫌味を言うリリーナは、いかにも悪役令嬢らしく見える。

 しかし言っていることは至極真っ当だと、俺は思った。


 大体がこのゲームの攻略キャラたちは坊ちゃん気質がすぎる。

 表面上、ヒロインを導いてゆくための強引さーーつまり俺様性能が必要だからだろうが、これが実生活を伴うこの8周目の世界では『世間知らず』だと感じられる。


 例えばテレスの前に話を聞いていたファインフォン伯爵子息は、おじいちゃんが吟遊詩人だったということで、いちいちセリフがウザかった。


「いやぁ、こんな可愛い子猫ちゃんからの質問なら、なんでも答えてあげちゃうよ。もちろん、ボクのプライベートも包み隠さず、ね」


 そう言いながらチヒロに向かって秋波ビームをバシバシ飛ばすのだから、真っ当に話などできない。

 ゲームのキャラクターとしてはアリっちゃあアリだが、これ、よくも今日まで他人とのコミュニケーションに困らず生きてこれたなと……


 他の連中も大なり小なりそんな感じ。

 つまり対外的にリリーナの悪口を言うほど非常識ではないが、みんなテレスのようにリリーナを苦手としている可能性は十分にある。

 そう考えればアインザッハ皇子の態度にも納得がいく。


 俺は念のため、リリーナに尋ねた。


「ねえ、君はアインザッハ王子と婚約してるわけじゃん?」


「ええ、そうですわね」


「それって、皇子は納得してるの?」


「どうでしょうね。そもそもこの婚約は分家筋であるシュタインベルグ家の力が強くなりすぎたから、万が一にも民衆がこれを担ぎ上げて王家を覆そうとすることなどないようにという、いわば本家筋の権力を安定させるための政略的な結婚ですもの」


「じゃあ、愛はないんだね」


 俺の口から出た『愛』という言葉を聞いた途端、リリーナが明らかにうろたえた。


「ありませんわ、愛なんて……というか、ご質問の意図がわからないんですけど、何か、私とアインザッハの間に愛があると不都合でも?」


「ああ、いやいや、そうじゃないよ、そんなに怒らないで」


「怒ってなんかいませんわ! ただ……その……もしかしてあなた、妬いていらっしゃるの?」


「いや、ぜんぜん?」


「むきー!」


 令嬢らしからぬ奇声を発して、リリーナがドシドシと足踏みをした。


「少しくらい妬いてくださってもいいじゃありませんの!」


「いや、それはまずいでしょ。君、婚約者がいるんだし」


「だからそれは、愛のない政略結婚なんです!」


「わかった、わかったから」


 ここまで、腕を組んでじっと熟考の構えであったチヒロが、ふと顔を上げて言葉を発した。


「じゃあさ、リリーナ、あなた、他に誰か『愛する人』がいるの?」


 リリーナが「ふふん」と鼻先を上げる。


「いますわ。もちろん私は政治の道具として嫁がねばならぬ身、彼とどうこうなるつもりはありませんが、心に秘めて生きていこうと思う程度にお慕い申し上げる殿方が!」


「それって、誰よ」


「え、そ、それは……」


 リリーナはふと言葉を飲み込んで、俺の顔をじっと見た。


「ん?」


 小首を傾げてやると、リリーナが「むきー!」と奇声を発して飛び上がる。


「教えませんから! 私の心の中だけの、大事なメモリアルなんですから!」


 そのままの勢いで、リリーナは走り去ってゆく。


「なんだ、あれ……」


 さらに首をかしげる俺に対して、チヒロは冷静だった。


「あんた、ニブいわね」


「なにが?」


「あんなん、好きな人が誰なのか丸わかりじゃん。まさか、気付いてないの?」


「ええ、俺? まさかぁ」


「そのまさか、よ。まあ、これも計画のうちだから、よくやったと褒めてあげるわ。あとはパーティーの日……リリーナから皇子を振るように仕向けて、断罪イベントを回避するだけね」


 もちろんそれが俺たちの目的なのだが……


「なんだろう、なんとなくもやっとする」


 小声で呟いただけの俺の独り言を、チヒロは耳ざとく拾った。


「なによ、なにがもやっとするのよ」


「本当にそれだけで、このループから抜け出せるのかなぁ」


「余裕でしょ。すでに『ミララキ』のどのルートにもなかったオリジナルルートに入っているっぽいし」


「その場合さ、俺たちはその……元の世界に戻るのかな、それともこの世界で新しい人生を生きていくのかな……とか」


「はっはーん」


 チヒロがちょっとムカつくくらいの訳知り顔でうなづく。


「なに、リリーナに情がうつっちゃった?」


「べっ、別にそんなんじゃないよ!」


「あー、あー、無自覚? そういうのもいいね〜」


「茶化さないで、どっちだと思うよ、実際」


「そうねえ、これ、今まで言わなかったんだけど……私、あっちの世界で『自分が眠っている』って感覚があるのよね」


「眠っている? つまりこれ、夢ってことか?」


「あー、そうじゃないの、こっちの世界って現実の他にもう一つ、あっちの世界の現実も私の中では切り離されていなくって……あっちの世界の私はね、事故にあって昏睡状態なの」


「へえ、俺はそんな感覚、ないけどな」


「まあ、あんたは完全にこっちの世界で生きているはずの攻略対象キャラだからね。ほら、私って本来プレイヤーとして行動するはずのキャラだから、あっちの世界とも近いんじゃない?」


「そういうもんなの?」


「たぶん? 知らんけど」


「で、実際、どっちなんだよ、俺たちはあっちに帰るの? それともこっちに留まるの?」


 チヒロが、珍しく真面目な顔になった。


「帰るわね。リリーナを不幸な運命から救ったら、この世界での私たちの役目は終わるもの。だから、あんた、あんまり本気になるんじゃないわよ」


「なんだよ、本気って」


「リリーナよ。どうせ本気になったって別れが待っているだけなんだから、後で辛くなるのはあんたよ」


「別に、本気になんてなってないし」


「そ? ならばいいけど」


 俺たちはそれで別れた。

 次の授業開始が近かったからだ。

 だが、俺は正直、授業に全く身が入らなかった。

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