第32話 弁当
今日で娘の高校の授業が最終日。
私は毎日声かけするのを忘れなかった。
「お弁当持った?」
「うん。さよなら」
なぜか登校して5時には帰宅するのに、「さよなら」と毎日告げ玄関を出て行く。
私は笑顔で「いってらしゃい」と告げる。
奇妙な会話を毎日見ている主人は何かを考えている。
「今日は大雪だ。吹雪で見通しも悪い。気を付けて除雪作業にあたってくれ。通行人や車両には危害を加えないよう頼む。 あ、そうだ弁当用意したから」
主人は町の除雪作業の民間受託企業で働くチーフだ。
雪の降る1週間前からTVやネットの天気予報に釘づけだ。だから私が毎日作っている弁当や娘との会話にも興味がない。特に冬場は…。
その日は大雪だった。近年稀に見る大雪。除雪作業用重機に乗った従業員の苦労は絶えない。時より、ねぎらいの声やジュースをくれる圧倒的人数の町民に挨拶しながら、今日も少人数のクレームを受け、せっせと作業する。
「今日は3回も出動したから、弁当にスゥイーツ足しといたぞ」
主人は出動の度に、自腹で従業員全員分の弁当を作る。
「あなた、業者に頼めば楽なのに」
「そんな事言ったって、手作りの方が愛情こもってるってもんだ。次回も皆頑張ってくれる」
「ええ そうよね。今日はA子の高校最後の日よ。迎えに行って頂戴」
「ああ わかった」
主人は仕事のせいで迎えを忘れた。というか、今日は作業員が不足していたので、自ら重機作業しており忘れてしまったのだ。
「あなた、A子が帰ってこないわ」
「まさか」
A子は隣の市の除雪作業員に助けられていた。深く積もった雪山の陰で乗用車に撥ねられた処を作業車が見つけ、すぐにショベルローダーで救って、病院に届けた。一命はとりとめた。
「ありがとうございました」主人は市の作業員に頭を下げる。
「お嬢さん無事で良かった。あっそうだ。これ」
作業員は弁当箱の入った手提げ鞄を渡して来た。
私は、すぐに弁当箱を開ける。
「からっぽだ。最後も全部残さず食べてくれたんだ」
数週間後、病院のベットで横になる娘は感謝のジョークを交わす。
「お母さん。お弁当作って、病院食飽きちゃった」
「まあ、この娘ったら」
「よし、今日は父さんが手作りするぞ」
3人の他愛もない会話が、いとおいし過ぎる。
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