第8話 表屋空の日常 - 2




 お向かいさんがなくなった。


 これは、303号室の暗丘くらおかさんから聞かされた話。

 そして、そのおばさんを毒りんごで殺したのが、毒島さんであるというのを、僕は聞いていた。


 僕がそれを信じたかというと、どちらとも言えない。

 まさか。とも思ったし、なるほど。とも思った。ただ、リンゴを断ってよかったと、心の底から思ったのだけは事実だ。

 それでも半信半疑というよりは、二信八疑のような感じだった。だって普通信じられないだろう。隣人が毒殺魔だよ。なんて言われて信じる人がいるだろうか。


 冷静になってみれば馬鹿馬鹿しい。僕はそう思っている。

 けれど。


「ああ、うん。おばさんはひとり暮らしで、孤独死ってことになったらしいよ」


 と、毒島さんが言った。

 まるで、世間話のように、大したことでもないというように言う。

 いや、むしろなんて楽しそうな顔をするのだろう。

 僕を見てニコリと笑う。その表情は恍惚としてすらいて、不気味だ。


 聞くんじゃなかった。


 暗丘さんの言ってたこともあながち間違ってないかもしれない。

 でも、もし彼女が暗丘さんの言うように犯人なら、よく自分のしたことを、まるで他人事のように人に話せるもんだ。

 そこには感心してしまう。


 僕は、実はすこしおばさんについては調べていた。

 でもテレビにも、新聞にも、ネットニュースにも載っていなかったのだ。

 僕が言うのも変な話だが、「それどこで聞いたの?」と僕は聞きたい。

 

 怖すぎる。


「どしたの?」


「いや、なんでも」


 なんでもなくはない! 

 が、かと言って僕にどうこうできることもない。

 「君が殺したんでしょ」なんて流石に言えない。言いたいけど」

 そんな僕を彼女は訝しげに見てくる。


「なに?」


「表屋くんさぁ、それ誰に聞いたの?」


「さあ、誰だったかな」


 お隣さんです。と言っていいものか。

 再びはぐらかす僕に、思いの外興味のなさそうな声で、毒島さんは「ふーん」と相づちを打った。

 品物を受け取った彼女は楽しそうに笑う。


「やっぱり、絶対変って言われるでしょ。だって、普通アナタはストーカーですか? なんて、聞けるわけないもん」


……そう、だろうか。

だって気になるし。はっきりさせたいだけの話で。


「たしかにさあ、こんだけ毎日あってたら、アタシのこと普通変だなって思うけどさ」


 思ってるけど。

 すごく思ってる。普通に思ってるから、ストーカーなのって聞いたんだよ。


「普通の人はぁ、変だなって思っても直接は聞かないの。警戒すると思うしぃ、会話もしたくないと思うんだよね」


 ……。


「そういうものかな」


「たぶんね。実際おかしいじゃん。毎日毎日バイト先に顔を出す隣の人。不気味じゃない? 得体がしれないのに、聞けなくない?」


「そうだね」


 確かに不気味だが、気になってしまったものはしょうがないというか……。普通を彼女に説かれたくないというか。

 

「それだけぇ?」


「何が?」


 不思議そうに「それだけ?」とか言われても、それだけだけども……なにか別の感想を期待していたのだろうか。


「結局君はなんでストーカーしてるの?」


 と問えばいいのか? そう思ってそのまま問うてみる。

 毒島さんはとうとう肩を震わせて笑い始めると、ふふふと笑って一言。


「偶然だよ」


 と囁いた。


「ストーカーじゃないってこと?


「そうそう」


「本当に?


「ほんとほんと」


「…………ならいいけど」


 本当に偶然だったら、どんな確率で僕達は会っているのだか……。

 食い下がるのも面倒くさいし。

 ストーカーする子のことはよくわからない。


「あ、本ありがとね、表屋くん」


「はい。ありがとうございましたー」


 最後はいつものお客さんへの対応をして彼女を見送る。

 しかし結局彼女がなんでストーカーをしていたのかは不明だ。あれ以上は聞けないよなあ、だって偶然って言われたしなあ……。



 毒島さんがいなくなると、お客さんもいないため僕は暇な状態になる。しかたなくブックカバーを作っていると、バイトの先輩がレジに入ってきて一言。


「ちょっと変わってるよね」


 と言った。

 僕は目を瞬いて「そうですか?」と首をかしげる。


「まあ、ちょっと変わった友人? ですけどね」


 たしかに見た目も奇抜だしなぁ毒島さん。


「あーいや、そうじゃなくて」


 ?


「なんでもない」


 先輩はそう言うと僕から離れた作業台で本の整理をし始めた。


 もしかして今の、僕に言っていたのだろうか……。

 いや、実際友人に「お前、ちょっと変わってるよな」とはよく言われたりはするし、そんなセリフに「どこが?」と答える僕に対して、誰もが肩をすくめたり、顔をしかめたりするばかりだったけれど。


 でも日常生活において「ちょっとかわってるよね」と言われる人は意外と多いじゃないか。むしろ変わってない人の方が珍しいというか。みんな違って当然というか?


 変わってる人というのは、思っている以上にたくさんいると気づいた時、僕はそんなものかと悟ったのだ。


 ああ、でも。


「毒島さんはやっぱりちょっと変だよね」


 だってストーカーだし。

 やっぱり変な人ってのはいるものなんだな。



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●302号室 表屋空おもてやそら 23歳

 大学生

 三回アパートを変えている。

 普通の青年。

 バイトを複数掛け持ちしている

ps.人からもらったものは決して食べない

 

●301号室 毒島一笑ぶすじまかずえ 18歳

 ピンクツインテールの高校3年生。

 ゆるい喋り方とゆるい頭の持ち主。しかし成績はなぜかいい。

 兄を探している。


ps.毒殺魔

 ストーカー(表屋空限定)

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