第5話 いとしいさぎ

 深夜24時。日付が変わった瞬間にナイアとモントの2人は、ロックとレイジが泊まる部屋に入った。“人気のない所”を希望した訳は、他の人には聞かれたくない話をするため。男子2人の部屋で話す事を提案したのはレイジだが、この部屋ならばマイとラヴちゃんにもバレないという考えからだ。

 座布団に4人は座り、茶色いテーブルを囲んでいる。


「それで、ラヴちゃんの本音じゃない言葉ってなんなんや?」

「うん。ラヴちゃんは14年前の事……マイちゃんの記憶が無くなった時の話をしてたよね?」


 十数時間前の対面を思い出す。院内食堂にてマイの事情について聞いていた時の事を。モントだけはその際も眠っており居合わせておらず、説明のためにナイアが記憶を掘り起こし話す。


『お嬢様が11歳の頃、謎の武装集団によって孤児院が襲われ……抵抗虚しく院の人間はほとんどが虐殺されました。その時のあまりにも大きいショックによってお嬢様の記憶は大半が無くなり、赤子同然の状態になってしまったのです。そして生き残った者はわたくしとお嬢様、院長の3人のみ。ですが院長は間もなく行方不明に……もし今もまだ生きていたとしても相当な老婆になっているでしょう、ね』


「これの、の部分が本音じゃなかった。それ以外は間違いなく本音」

「なんや、それがどうかしたんか?」

「待てレイジ……“謎”って事が本音じゃないとなると」


 勘が鈍いレイジよりも先にロックが気づく。“謎”が本音ではなく、嘘だとすれば。


「ラヴちゃんは、襲ってきた集団の正体を知っていた……って事になるの」

「知ってたら……何か、あるんですか?」


 モントはラヴちゃんの事をあまり疑いたくはない様子を見せた。タスクの奪還にも協力の意を示し、ロック達を『MINE』の捜査にも加えさせるよう提案したのもラヴちゃんだった。


「襲われた事自体は間違ってないだろうし、あくまで可能性の話をするね。私は兄さんに騙されていたから心配性にでもなってるのかもしれないけど、ラヴちゃんは……

 犯罪集団に“マイちゃんを襲わせる”事を提案したのかもしれないの」

「そ、そんなの……なんのメリットがあるんですか。第一、ラヴちゃんさんはマイさんの事を大切に想って──」

「ラヴちゃんが従者になったのは、マイちゃんの記憶がなくなってからの話でしょ? もしかしたらラヴちゃんは……マイちゃんの持つ『人形の白』を好きに扱うために事件を起こさせて、従者になったのかもしれない」


 当人しか知りえない事実を、ナイアは推測で膨らませた。当然モントは驚き、有り得るかもしれない危険な可能性について危惧してしまう。ラヴちゃんが一番の狂人なのではないのか、と。同じ考えが浮かんでしまったロックだが、彼は更に深掘りを進めていく。


「だとしたらラヴちゃんはなんらかの方法でマイの記憶を無くした……っていうのか?」

「それも、あくまで可能性の話だけどね。ラヴちゃんの能力は未だに明かされてないし、ラディと戦ってた時もマイちゃんの力を借りてた。『オレンジ色』の能力は空間を操る傾向にある。だから記憶をいじくるなんてできそうにもないけど、孤児院を襲った武装集団の中にそんな力を持った人間がいたのかもしれない……以上が、私の勝手な妄想だよ」


 他の3人も考え込み、しばらくの間は黙りこくってしまう。今日の内に会ったばかりの人物だったが、共に過ごし助けられた事で好感は持っていた。そんな彼女が、裏で無垢な少女を操っているかもしれないという、無慈悲な推測。


「でもな、ラヴちゃんはそん時まだ8歳やったんやろ? 当時は別に権力なんて持ってなかったやろうし、マイの力を操るつったって、武装集団に奪い取られそうなもんやけどな……」

「私もそう思った。孤児院を襲わせる事を依頼しても、8歳の少女の言う事を全て聞いて従うなんて考えにくい。世界政府総長の娘を襲うのも、リスクがあり過ぎるしね。でも……本音の部分には“ジャムに助けられた”事も含まれてた。武装集団がラヴちゃんとの約束を破ってマイちゃんを奪い取ろうとした時に、ジャムが助けたとするなら」


 それぞれの頭に浮かんだ可能性は。


「ジャムさんはラヴちゃんさんと結託して」

「『MINE』を作り上げた挙句」

「ナイドやラディ達を引き入れ、マイを利用してた……んやと?」


 世界政府総長の娘に従う人間が、詐欺グループの一員なのかもしれない、という最悪の可能性。そして『MINE』のリーダーは暫定で“人や物を自由に他の場所へと移動させる事ができる”能力だと推察されている。『オレンジ色』の能力も空間を操る傾向にあり、ラヴちゃんと合致してしまっている。


「……まあ、これが合ってるとは限らんのやろ? 証拠もない穴だらけの推理やし」

「うん。間違ってるって、願いたい。だから……私は直接ラヴちゃんに“貴女は『MINE』のリーダーなのか”って質問をする。本音だったとしたら私が始末されそうだし、皆やイーサン局長達も一緒に居る時に質問しようと思う。それこそ今日の会議の時だったけど、事前に他の皆に説明が必要だと思うから」


 ナイアの頬に冷や汗が垂れた。ラヴちゃんの刀捌きはその眼で見ており、その気になれば瞬時に人を殺せる事も確信していた。本当に彼女が黒幕なのだとしたら、質問をされた瞬間に斬られる事は必死。質問に答えずともそれをすれば正体を看破したも同然だが、やはりナイアも自分の命が惜しかった。


「……そんな方法、俺は認めない」

「ロック……?」


 ロックが意義を申し立てた。これも“優しさ”からくるものではあったが、ナイアの危険な作戦には乗らず、自身の考えた策に乗るようロックは促す。


「ナイアの力は“声を聞く”事で本音かどうか分かるんだろ? だったら電話越しで会話すれば良い。ラヴちゃんを俺達で囲んだ状態でな。それならラヴちゃんが答えた瞬間。いや答えなくても言葉を濁した瞬間、俺達で捕らえる。そうすれば良い」


 事前に説明せず、ナイドと対峙してしまった事で命を落としてしまったイアを思い出し。ロックはナイアを前線から引き離そうとした。彼の話した策にナイアは頷き、了承した様子。


「ありがと……ロック」

「礼を言うにはまだ早い気もするけどな。これでラヴちゃんがリーダーなんかじゃなくて味方だったら、一番良い結果だな」



 *


「んゅ? ラヴちゃん、まだ起きてたの? ナイアとモントもいない……」


 隣の女子部屋にて。目が覚めてしまったマイ。彼女が心配する先に立っていたのはラヴちゃんで、彼女は左耳を壁に押し当てていた。会話を盗み聞きするために。瞳は最低限の瞬きを行い、表情は完全なる真顔。月明かりに照らされ、普段マイの前では見せない顔にマイも怯えたが。即座に作り物の笑顔へと切り替わる。


「申し訳ございませんお嬢様。隣のロック様達の声が聞こえておりまして。少し気になったのですよ。やはり年頃の男子……夜更かしはするものなのですね。あぁ、ナイア様達は先程用を足しに行かれたようですよ」

「あ、そっか……ねぇラヴちゃん一緒に寝よ? ギュッて抱きしめてくれたら……また、すぐに眠れそ……」


 後半部分で既に言葉はとぎれかけになってしまっていた。素早くマイの布団に潜り込んだラヴちゃんは、マイと抱きしめ合い目を瞑る。


(わたくしが、お嬢様を利用……? 例えお嬢様の友であろうとも、わたくしの“愛”を否定するなんて気持ちが悪い。とっても的外れな儚い妄想でしたね。わたくしはお嬢様を……心の底から、誰よりも、世界で一番、愛しているというのに────!)

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