モントとタスクの記憶

追想『フルルモーメント・ゼロタスク』

 を終えた帰り道だった。黒塗りの車を運転する中年男性、暴力団の若頭は頭髪を黒色に染めている。自身の能力を悟られないようにするためだ。

 隣の助手席に座っているのは、頭髪が茶色だった頃のモント。物憂げな表情で外の様子を眺めている。赤色のマフラーはこの時はまだ巻いておらず、首から下は真っ黒だ。


「なぁモント」

「……なんですか?」


 ワンテンポ遅れての返事。11歳であるにも関わらず裏社会の仕事に手を染め、心が堕ちきっているモントは疲れた声色だった。


「自分が今のままで良いと思っているのか?」

「どういう、意味ですか」


 振り向かず目を合わせない生意気な態度をモントは見せる。彼女は物心ついた時からこの汚れ仕事を働かざるを得なかった立場。若頭なりに、モントの事を考えていた。


「普通の、他の子供みたいに学校に通って……友達を作って恋愛もして。切磋琢磨しながら成長する。そういうのに憧れの気持ちはないのか?」

「無いと言ったら嘘になりますけど……別に僕は、このままで良いと感じてます。僕と同じくらいの歳の皆さんが笑い合いながら遊んでる姿も見ますが、僕はあんな風にはもう……絶対になれないと思ったので。他人を幸せにする資格なんてものも、ないんです」

「そうか」


 大方予想通りの返答を受け取った若頭は一言だけ零し、次に自分自身へ問いかけた。


(何を言っているんだ俺は? この子……モントはボスの隠し子だ。ボスは難病に破れ、当時側近だった俺にモントを託した。息を引き取る直前に“あいつを守ってくれ”とかなんとか。確かに俺はボスを尊敬していた……だがモントに必要以上の情を、情けをかけるだなんて)


 自らが首領の子供だとは、モント自身も把握していない。モントには『お前は一般構成員が遺した子供だ』とだけ伝えられ、真実は組織の中でも上に位置している者のみが知る。


「あ……横から車が!」

「なにっ!?」


 交差点を通過しようとした瞬間。信号無視した車が、2人が乗る車に突っ込んだ。左からの衝撃は凄まじく、助手席に座っていたモントはそれをまともに受けてしまった。横転し、警報音と周辺の人間の話し声を耳に入れながら2人は気を失った。



 *



「なんだ、ここは」


 若頭とモントは、暗黒空間という言葉が相応しい空間に迷い込んでいた。ただしモントの方は意識が覚めず倒れたまま。辺りを見回すも暗闇が彼らを取り囲む。

 しかし、明かりを見つける事には成功する。2人の正面、少し離れた場所には黒く大きな“扉”があった。傷や錆はこれっぽっちも見当たらず、丸い形をした二つの取っ手からは両開きするタイプの開き戸だと見て取れる。申し訳程度の松明が取っ手付近に立てかけられているが、今にも消えてしまいそうな、頼りにならない程の明るさ。


「モント、大丈夫か?」


 若頭は心配と共にモントの上半身を起こしたが目が閉じたまま、返事も無かった。服はボロボロで出血も激しく滲んでいる。幸い呼吸はしているため、このまま痛みを感じず眠っている方が良いと判断した若頭は一人で扉へと向かった。


「禍々しいな。もしや死後の世界かと思ったがそうでもない……恐らく」


 感じる身体の鼓動や、モントの体温は確かなもの。自分への言い聞かせの様なものだったが、彼の中にはどこか確信めいたものがある。扉の向こう側から感じ取れる、懐かしい雰囲気が。


「ボ、ボス……?」


 慕っていた人物の匂い。人の気配が、扉の向こうから。若頭は誘われるまま取っ手に手を伸ばし、一気に開いた。その先に立っていた人物は──首領ボス。しかしの色が違う、と若頭は直感で感じ取った。ボスと同じ見た目でありながら、違う存在である彼は話しかける。


「悪いな。こっち側からじゃこの扉は開けられないんだよ。だからちょっと利用させてもらった!」

「ボスを利用だと……? 相当舐めていらっしゃるようだな!?」


 若頭は戦闘態勢に入ろうと、スーツの胸ポケットからカプセルを取り出し人形ドールを出現させようとした。だがカプセルの色は真っ黒に変色している。中身の粒子が出てくる気配も無かった。


「へ〜ぁ。のカプセルは中からなんか出すのか!」

「これもお前の仕業か?」

「違うって! いや違う事もないか。とにかくこの空間じゃお得意のソレは無効化されるみたいだな。……先に名乗っとくぜ。俺の名は“ゼロ”ってんだ」


 するとゼロと名乗ったボスの身体は黒い煙に包まれ、間もなく別人へと切り替わってしまった。頭にゴーグルを巻き、青い上着を着用している男。しかし白地にヒョウ柄のズボンはあまりにも派手だ。


「こっちの方がお前も話しやすいか? ちなみにこいつは“ボブ”って名前だ」


 声も変わっている。目の前で繰り広げられる常軌を逸した光景に、若頭は唾を飲み込み頷くだけ。ゼロの背後には無数の腕が蠢いていたが、ゼロが制御しており扉から出てくる事はない。


「要件はなんだ」

「お、冷静に聞いてくれて助かるぜ。俺は複数に分裂したんだが、他の奴らが相手したのは慌てたりして取り合ってくれなかったらしいからな。単刀直入に言う。フルルが成し遂げられなかった大義。それを果たせ。そうすれば生きとし生けるもの全てが救われ、魂は洗い流される」

「……よくわからないな」


 若頭は当然の反応。ゼロは余裕綽々といった様子だが、借りているボブの身体からは黒い粒子が零れ落ち限界が近い事も表していた。


「詳しい説明も所々省くが……要は、だ。実質、不死の命を皆に与えられる。もちろんボスも、その妻も生き返るだろうな。その為には────」


 ゼロの説明を、若頭は口を半開きにしながら耳に入れた。説明通りならば世界平和も夢ではない程の、理想の世界。人類全てに影響を与える力は、既に『人形の白』が証明済みである事も、若頭がゼロを信用足り得る理由だった。


「──今からお前に『黒色』の力の一片を渡す。それがあれば擬似的だがフルルと同じ事ができるはずだ。いいか? まずは周辺の人間を同志として集めろ」

「問題ない。俺の力は記憶の共有……いや、洗脳にも似た力だからな」

「おぉ、やるじゃん。『黒色』の力を全て渡す訳じゃないから、元の力は使えるはずだ。ほら手出せ」


 若頭は従うままに右手を差し出した。口車に乗せられたと本人も感じてはいたが、実際はモントの事も考えていた結果。


(ボスと、ボスの妻が蘇生されるというならばきっと……モントにも普通の生活というプレゼントを贈ってやれるかもしれない)


 哀れな少女を救うための数少ない手段が目の前に。人類皆不死身になるという事は、反社会勢力同士の抗争もなくなる可能性があると考えた若頭は、目を瞑って受け入れようとした。


「……! 若頭かしら!」


 唐突なモントの声。背後から横を通り、前に足音が流れ、若頭が目を開けるとそこには。ゼロの手を代わりに握ってしまったモントが。


「な……モント!?」

「お前っ何してくれてんだよ!?」


 想定外の事態に慌てたゼロは必死に手を離そうともがいたものの、モントの握力は彼が思っていたよりも強かった。


「……嫌だ」

「あぁん!?」

「死ねない世界なんて、嫌だ」


 珍しく敬語も使わないモントは、物事を諦めた感傷的な声色で自らの主張を始める。彼女の身体にある傷は重い。痛みも相応にあったが。


「僕はずっと、苦しんでた! 産まれた時から反社の立場で……そんな僕なんかに“普通の生活”なんてできないって知ってる。でもこのまま争っていれば、その内死ねる事も、見てきたから知ってる! だから……嫌なんだ、死ねない世界は」

「勝手な事を言うなよガキ! これは俺の……俺とフルルが紡いできた力なんだぞ!? お前なんかに、お前の様なガキに奪われてたまるかよ!」

「死が、終わりがあるからこそ、きっと……僕以外の皆には生きる価値がある! 他人の人生を、勝手に変えるなぁぁぁぁ!」


 お互いが全力で引っ張り合い。次の瞬間、ゼロの右手首がちぎれた。出血はせず、切断された箇所からは黒い煙が昇る。


「クソが……だが、まだ分裂した俺は存在する! 精々足掻くんだな! うっ、ぐぁぁぁぁぁ………………」


 力が弱まったゼロは、扉の奥から伸びる無数の腕に身体のあちこちを掴まれ──パンのようにちぎって持っていかれた。形はボブという人間のものであり、ゼロ本人の姿は見せないまま、2人の前から消えていく。


「モント、なぜ」

「僕は……不死身になるか、いずれ死ぬかの二択。その好きな方を選んだだけです」


 遺された右手をぎゅっと握り、荒い吐息でなんとか声を発したモント。けれども彼女の取った行動は、若頭の善意を無駄にするもの。彼は到底納得できなかった。


「死んだ方がマシだと思う人間も、実際そうである人間も確かに居る……だが俺は! お前を────」


 理想論を語ろうとしたその瞬間、意識が覚めた。


 *



 若頭の視界には病室の天井が広がった。右隣にあるベッドにはモントが眠っていたが、髪が黒に変色してしまっていた。間もなく彼女の意識も戻り、やはり困惑。


「あ、れ……僕は何を。というか、髪が……?」

「まさか、覚えていないのか……!?」

若頭かしら……良かった、無事だったんですね。僕は真正面からぶつかったせいなのか、あれからの事は何も覚えてないんです」


 嘘はついておらず、モントは若頭が生きていた事に喜んでいる。


(あのモントの行動はイレギュラー的なものだった。だから記憶に齟齬が起きてしまったのか? 僕以外の皆には生きる価値がある、だなんて……それがお前の、本音だったんだな。ならば俺は、その本音を力ずくでも捻じ曲げてやる)


 若頭の、モントへの情は確実に膨れ上がっていた。生まれた時から不自由で、血なまぐさく狭い世界で生きてきたモントに。いつか死にたいとも考え、自分には生きる価値が無いとも考えていたモントに。


「モント……お前はフルル様が叶えられなかった大義を背負える人間だ。“悪魔の扉”を目指せ。そうすればこの世に生きる定命の者は全てが救われ、魂が洗い流されるからだ」

「え……?」

(許せ、モント……俺の能力で記憶を共有する手もあるが、その場合。お前はあの時取った自分の行動も目にしてしまう。もちろん扉を開けようとはしないはずだ。いくら洗脳に近い能力とはいえ、強制力はそれ程でもない。ならば俺に出来る事は)


 若頭はベッドから降り、モントを見下ろす形で立った。演技力はかなりのものであり、迫力は相手を脅す時のそれである。更にモントの黒色になってしまった頭髪を掴み、顔を近づけた。


「俺に従え、モント。“悪魔の扉”を目指すんだ」


 ゼロが消え、説明をする人間も居ない状態。そんな状態でもう一度死にかける程の衝撃をもらい、あの空間へ辿り着けば、モントの動きが変わると踏んだ若頭は考えた。優しくは接さず、真剣に脅す態度での命令を。


 優しい態度のまま、『もう一度死にかけてくれ』なんて、言えなかったからだ。方法も言わず、いつか重体になるのを待つ愚策を、若頭は取ってしまった。



 *



 3年後の冬の日。組織からの扱いは冷たくなってしまったモントの前に、一人の女性が現れた。


「君が、モント?」

「あ……はい」


 寝不足だったモントは反応が遅れ、改めて女性と目を合わせ挨拶を交わした。肘まで伸びている滑らかな赤髪。眼は垂れ気味であるが、鼻は高く顔は整っている。そして首には赤いマフラーが。これが、モントとタスクの出会い。

 場所は二つの雑居ビルの間、汚い路地裏。壊れている室外機に背を預け、寒さに震えているモントの隣にタスクは座った。


「ウチはタスク。今日からウチが、君の世話役になるみたい」

「世話役ですか?」

「そもそも子供を一人にするなって話なんだけどね。ほら、これあげる」


 タスクは巻いていた赤色のマフラーをモントの首にかけた。


「あ、ありがとうございます」


 礼に対しての言葉はなく、代わりにタスクの愚痴が繰り広げられる。


「ウチはね、数年前に死んだ前のボスの娘なの」

「え……そんな人が、僕に?」

「いやいや、ウチはこんな裏の世界には手を伸ばさず、真っ当に生きていくつもりだったの。だけどある時構成員に連れ戻されてね……だからさ、君はウチに優しくしてくれない? 厳しくて汚いのは嫌だからさ」


 お互いが血縁者、姉妹だというのに本人達は気づいていない。これは最後FINAL瞬間MOMENTまで、2人が死ぬまで気づく事は無い。タスクはモントの手を取り、暗い路地裏から抜け出そうと引っ張った。

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