第10話 謁見

 大義、定命の者、魂が洗い流される。それらのワードはロック達が体験した事柄とは違う雰囲気を持っていた。金や欲に塗れた詐欺グループとは明確に違う、幻想的な匂いも感じられる。


「彼は記憶を共有する能力を持っていました。おかげで組の人達はみんなその考えを持って……僕に押し付けてきたんです。でも、何故か僕だけは記憶を共有できなかったみたいで」

「妙な話だな……」


 ロックは顎に手を添え考え込むが一向に答えは出ない。

『黒色』の力がモントに渡った事は想定外の出来事で、本来は大義を成し遂げるべき別の者が受け継ぐべきだったのではないのか。

 そんな推測も過ぎってはいたが、当てずっぽうで根拠もないため言い出せていなかった。


「でも、タスクさんはその記憶を見ても僕に押し付けはしなかったんですよ。だから僕は……タスクさんの事を、大切に思えたんです」


 他の者の質が下がれば、比較的普通の態度を見せる者の好感度は自然と上がる。モントがタスクを信じる理由を、その場の全員がある程度は納得した。


「それじゃ、やっぱりそのタスクって人も改心させなきゃね!」

「お嬢様が望むのならば、わたくしも協力しますが」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます」


 左方向から笑顔を見せる2人に向けてモントは頭を下げる。ラヴちゃんはあくまでマイの意思に従うだけではあったが、その実力はラディを軽々あしらう程。頼もしい事に変わりはなかった。だが車両の中でただ一人、ダムラントだけはハンドルを握りながら不機嫌の感情を増幅させた。


(扇動……便乗。もし本当に善意でやっていたとしても、俺はお前らなんか信じねーよ)



 *



 軍用車両に乗車してからおよそ二時間。外の様子を確認できるのはフロントガラスのみであったが、都会の喧騒とビル群はダムラント以外にも認識できていた。

 世界政府の本部。ロック達の目にもそれは少しだけ映ったものの、都会の中に佇む洋風の城は異質。壁は全体的に白く、紺色の屋根も相まって眼には優しめな印象だ。


「ニュースとかで時々見てたけど、やっぱり立派だけど雰囲気違う気がする」

「ドイル様の趣味っスよ。悪くはないと断言はできるんスけどね。保安局の本拠地もあの中にあるんで、あそこで働くのはなかなか楽しい」


 ナイアが零した言葉に反応したダムラントは、段々とスピードを落とし駐車場へと向かう。レンガ造りの壁は年季を感じさせるもの。警備員が常駐しているゲートの前で止まると、ダムラントは名刺を取り出しフロントガラス越しに見せた。するとゲートはゆっくりと内開きで開いていき、彼らを歓迎する様子。


「ゲートもカードとかチップとか使って電動で動かせばいいじゃないか、とか思っちゃった?」

「思っちゃいました?」


 レイジが口を開けた瞬間、先にマイが発言し続けざまにラヴちゃんも。言おうとしていた事を見透かされたレイジは慌て、反論も繰り出せずただ頷くだけに留まった。


「電動だとね、機械関係に強い人形ドールに突破されちゃうかもしれないの。私は覚えてないんだけど、現に私達が住んでた孤児院は……」

「その通り、わたくし達の孤児院を襲ってきた集団は人形ドールの力を使い電気で動く全ての設備を無力化。パニック状態に陥っただけならまだしも、警察への通報や保安局への救助要請も出来なくなってしまい……先程にも説明した大惨事になってしまったのです」


 目を細め、哀しげな雰囲気を出したラヴちゃんは話す。マイの眉も下がり、彼女達に撮っては思い出したくない、考えたくもない出来事だった。ただ、ナイアは一人ラヴちゃん本音を観察する。


(これは最初から最後まで本音。さっきもだったけど襲われた事は本当で“謎の武装集団”が嘘の可能性が高い。ロック達にもまた相談しなきゃ……)


 心配事を人一倍抱え込んでしまったナイアにストレスが溜まる。と同時に車が動きを止め、全員の身体が揺れた。


「着いたっスよ。総長の元での事情聴取……ま、肩の力は抜いていいっス」



 *



 世界政府本部の内装は、外見から受ける印象とは違い近代的なオフィスビルの様な造りだった。床は白を基調とし、歩くべき箇所は灰の色を使っている。真っ白な照明は眩しさが強いと感じてしまうが、慣れると大した事がない程度のもの。

 まず彼らを迎え入れたのは巨大なエントランス。入って左手には受付があり、スーツを着こなした女性スタッフが笑顔を向けてきていた。するとダムラントが「ちょっと待ってて」とだけ言うと、受付に歩いていき事情の説明を始めた。


「──という訳で、あの子達は事情聴取のために連れてきたんス。ドイル様の娘さんも関係してるんで、支部の方じゃなくこっちに。勿論、イーサン局長も同意済みっス」

「承知しました! 幸い、ドイルさんも今は時間が空いているみたいです」


 ロック達にも聞こえる声のボリュームでの会話。ダムラントの顔と声と態度は良く、彼と話す女性は大体が目を線にして喜びを表してしまう。


「それじゃあ行こうか。ドイル様も保安局の方に来てくれるみたいなんで……出来るだけ早めに、っスよ」

「……この人も人たらし、てかロックよりも上やな多分」


 ダムラント本人にまで届く独り言だったが、悪口ではないので特に何も言われず。



 *



「うん、もうこの部屋に居るらしいっス。早いな〜」


 そのまま一行は会議室の前に着いたものの、総長ドイルは既に部屋で待っているとの報せ。扉の横には警備員が二人立っており、彼らは「部屋の中にも複数人がドイルさんのそばに居る」と言う。


「あぁ緊張する……いきなりこの世で一番偉い人と会うなんて」

「ナイアなら大丈夫だと思うよ? パパは気楽な人だし、きつく当たる事なんてないし」

「なら安心、かな?」


 すっかり親しくなったナイアとマイ。変わらずナイアは不安そうな表情をしていたが、僅かながらも心の緊張が解けていた。


「何を話すか、どんな態度で接するか……ちゃんと再確認してから──」


 ロックが頭を下げながら考え、深呼吸の後に頭を上げた瞬間。会議室の扉は内側から勢いよく開かれた。

 立っていたのは世界政府総長、ドイル。紫色の長髪はまだしも、重役とは思えないほどのラフな格好をしている。長袖の白シャツにジーパン。靴は量販店で買えるセール品の安物。


「待ちきれなくて開けちゃった! ようこそようこそ……わたしが世界政府総長、ドイルだ! あぁ固まらなくて良いよ、気楽にやろうね」

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