第10話 「今度こそ」という言葉は呪いとなる

「判定はっ!?」


 息を荒くしながら、ラディはヘルメットを外し観客席の上に設置してあるモニターを凝視する。スローモーションでリプレイが表示され勝者が明らかになろうとしていた。

 ロック達も同じように眼差しを向け、思わず唾を飲み込んでいた。


「これは……」


 直前まで勝敗が分からない程の接戦。スローモーションという事もあって意図せず焦らされている。彼らの頭は冷え始めていたが心は熱を持ったまま。注目する箇所は観客と同じ。先にゴールラインに乗り上げたマシンは────


「ボクの……」

「俺達の……」


 瞬きすらせず、瞳が乾いても気にせず、4人は真剣に見つめる。

 片方のマシンがゴールラインに辿り着いた瞬間、映像はストップされた。もう片方は寸前の所で止められている。


「……勝ちだ!」


 前輪がラインに乗り、勝利を収めていたのは……【ROCKING’OUT・GLORY MODE】だ。3つの前輪は完全な横並びで揃っていた。

 一瞬の静寂の後、観客席は喧騒に包まれる。賞賛の声も上がったがまともには聞き取れない。


「やった……!」

「俺達、勝ったんやな!」


 達成感に包まれたロックに、レイジは後ろから抱き着き喜びを分かち合う。3対1という条件もあったが、それもラディが出した提案の内。卑怯だ、と反論する気持ちもラディ自身にはなかった。


「ボクの、負けかぁ」


 久々に敗北を味わい、がっくりと目線を落とすラディ。けれど満足もしており、後悔や恨みなどは生まれていない。笑みさえも表れ、すっきりとした顔になっている。


「……勝利の余韻に浸るのも良いが、本題に入らないか?」


 じゃれ合うロックとレイジの頭をぽんぽんと叩き、本来の目的である『ナイドの居場所をラディから聞き出す』事に集中するのを促した。3人はバイクから離れて改めて気を取り直し、ロックはラディに近づこうとする。しかしその瞬間、観客席から悲鳴が放たれた。


「きゃぁぁぁ!? 刃物を持った不審者がぁ!?」


 先程とは違う理由で観客は大騒ぎ。通路から飛び出してきた人物はジャムだった。人形ドールである【JUMP COMMUNICATION】は一刀流の状態であったが、刃の部分には赤い鮮血が付着しており何者かに傷を負わせた事を表していた。


「おいラディ!!」


 ジャムの周りからは観客が離れ、ぽっかりとスペースが空いた事でラディやロック達にも姿が確認できるようになった。ジャムはラディを睨んだが、それは合図でもある。


「みんなー! 早く逃げて〜!」


 ラディはまるで被害者の態度を見せた。迫真の演技で観客達を騙し、彼らは別の通路から避難していく。中には盛大に転び泣き叫ぶ者もいたが、ジャムは追わずにロックにレイジ、最後にロォドを順に見つめただけ。


「行かせない!」

「いい加減うっとおしいんだよ!」


 観客が残らず去った直後、通路から後を追う形でナイアが飛び出し、肩から腕にかけて装備した自転車の車輪で殴りかかった。しかし刃に受け止められ届かず、お互いの力を押し返し震えている。


「なら僕がっ」


 ナイアの更に後ろからモントが駆け出し、もう1本のブッチャーナイフを両手で操り荒削りな振り下ろし。ジャムは咄嗟に後ろへ飛び退き斬撃を回避し、力を入れていたナイアはバランスを崩し転びかける。


「返してもらわなきゃやっぱり不利か〜? オレの【JUMP COMMUNICATION】は、カプセルの中身を出してる時は両手に持ってないと能力も使えないんだよな! 思考を読めないんだよ今は」


 既にナイアとモントの服はボロボロで、頬や二の腕、足からは出血もしていたが決定打は受けていない。しかしそれは、『2本揃った状態で本気を出せば簡単に致命傷を与えられる』という事実も仄めかしていた。


「という訳で返してもらうか」


 ジャムの瞳から色気が溢れ始める。軽々とブッチャーナイフをくるくる回し、振り下ろす方向を悟られる事なく襲いかかった。モントはナイアを庇う形で前に出ると、対抗してナイフを下から上に振り上げる。


「それを待ってたぁ!」

「えっ!?」


 モントの斬撃がジャムの顎に届く寸前、動きが止められた。なんとジャムは右手に持ったナイフと、左の素手の2つを使い真剣白刃取りをやってみせた。左手は広げておりハエを叩く時と同じ動作。道具越しでも圧倒的な腕力を感じたモントは冷や汗をかき、一気に戦意を喪失したような唖然とした顔に。


「返してもらうよ。分かるだろモント? お前じゃオレには勝てない。というか、誰もオレには勝てないんだけどな」


 ジャムはニヤリと笑いながら、ナイフの先端を握り引き抜くと奪い返した。けれどもモントの瞳には再び光が灯り、ジャムを睨み人形ドールの名を口にする。


「お願い、【LIAR】」

「あ?」


 取り戻した【JUMP COMMUNICATION】の持ち手から黒い衝撃波が生まれ、ジャムは困惑。そこには測定機器であるメジャー。【ULTRA INFORMATION】が巻きついていた。メジャーは【LIAR】に変貌し、ジャムの頭部目掛けて右ストレートが迫る。不意打ちという事もあり、更に回避が難しい距離。大きく攻撃を貰いやすい形状の【LIAR】であったが、こうして至近距離で活用する機会をモントは伺っていた。


「──やれやれ」


 しかし。【LIAR】の拳に銃弾が直撃し、位置がズレた事でジャムの顔面には当たらずそばの空気だけを切った。


「あっぶな〜。ありがとねナイド」

「に……兄さん!」


 銃弾が放たれた方には、観客席の上にあるモニターが。そのモニターの上部に座り、見下ろしていたのはナイド。両腕に真っ白な包帯とギプスが巻かれてあり、昨晩の骨折が大きなダメージだった事が外見から見て取れる。【MIDNIGHTER】も隣に立ち、口から煙が昇っていた。


「これで『ナイドの居場所を教える』って条件は果たしたね! ボクはアリバイ作りのためにそろそろ逃げなきゃだから……2人とも頼んだよ!」


 ラディ自身は詐欺及び殺人に手を染めていない。仲間ではあったがあくまで『MINE』の活動を手助けしている協力者のようなポジション。【DESTRUCTION】をカプセルに収納すると、彼は走ってサーキットから去っていく。

 ロォドは追いかけようとしたものの足元に銃弾が着弾し、既に【MIDNIGHTER】の射程圏内だった。


「ここから逃がしはしない。ジャム、君にロォドはとっておく。ただし僕のためにロックは生かしておいてくれないか? 僕がこの手で殺してやりたいんだ」

「ナイド……!」


 そう言いながら銃弾を2回発射するナイド。ターゲットはもちろんロックで、距離があったため避ける事は出来ていたがそれも間一髪。ナイドを倒さなければいずれ当たってしまう。


「分かった!」


 大声で応答したジャムは右のブッチャーナイフを【LIAR】に振りかざす。ナイドの出現に驚いたモントは反応が遅れてしまった。


「戻って! ファイナ──」

「おせぇ!」


 スケートボードの【FINAL MOMENT】に戻そうと名を呼ぶが遅かった。絶大な威力の斬撃攻撃によって竜巻の鎧ごと切断され、真っ二つとなった【LIAR】。上半身と下半身が別れている。そして隙ができたモントには左のブッチャーナイフの一閃が。


「うぁぁぁ……!」


 モントは咄嗟に回避を試みていたが、首の根元から腹部にかけて大きな傷が生まれた。黒いコートが破かれ、隙間からは血液が滲み出る。


「あかんまともに斬られよった!」

「モント!」


 倒れたモントに駆け寄ろうとしたナイアだが、銃弾が近くの観客席に着弾し立ち止まるしかなかった。レイジも同様、離れている事もあり見守る事しかできていない。


「ナイア……僕と話をしよう。僕の妹なら分かってくれるはずだ。汚いお金でも……全て価値は一緒なんだ」


 相変わらず意味不明な独り言に近い発言をし、ナイアは理解できず歯を食いしばる。

 その光景を見たジャムは観客席から飛び降り、ロック達3人を視界に入れナイフを持ち上げた。


「ロックを全殺しするのは愚策だからな、半殺しだな」

「舐めやがって!」


 ロックに狙いを定めジャムは走り出した。残されていた【ROCKING’OUT】にロックは乗り込み反撃しようとハンドルを握る。だがエネルギーの残り残量は既に底をついていた。【GLORY MODE】は3つの人形ドールの車体を動かすため、エネルギーを大量に消費するからだ。


「まずっ……」


 ジャムの走行は速く、今から降りようにも応戦が間に合わない距離。それを理解してしまったロックはただ迫り来るブッチャーナイフを見つめるしかできなかった。


「ロック!!」


 状況を察したロォドが飛び込んだ。人形ドールを使おうにも【OVERLOADING】はバイクであり発車するのにも時間がかかる。腕を広げロックの方を向き、背中で斬撃を受け止めた。


「……ロォドさん!?」


 つい先程のモントとは比べ物にならないほど量が多い鮮血が背中から噴出し、ぐったりと力を無くすと、ロックに抱き着く形で倒れた。

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