白の反逆 LIFE DRIVE

ニソシイハ

プロローグ 白の反逆 生命編

第1話 人形の世界にて

 都市部から少し離れた郊外。早朝という事もあり人気の無い道を走る灰色のオンロードバイクが、黒いコンクリートを少しだけ抉っていく。

 乗っているのは二人の男女で、運転している男の名はロック。灰色の髪をワックスとスプレーを使い派手に乱したような髪型だ。そして彼の背後から腰に手を回しがっちりと抱きしめている女はイア。艶のある綺麗な緑色のショートヘアをしているが跳ねているくせ毛もあった。


「少し離れた商店街に行きたい! って、いきなり言っちゃってごめんねロック?」


 ロックの背中にイアは顔を埋めて言ったが、おかげで反省の色は見られない。彼らはお揃いの黒いパーカーを着用しており、今度はロックの言葉が返る。


「いいんだよいいんだよ。優しいだけが俺の取り柄だってイアも言ってただろ? あれ……もうエネルギーが切れたか。昨日見た時は結構残ってた気がするんだけど……」


 彼が運転する機体の残りエネルギーは尽きようとしていた。スピードメーターの右に表示された残りエネルギーは既に5%程度。


「あっ、ちょうど近くにセルフのエネルギー補給所あるって!」


 イアはタブレット端末に周辺のマップを既に表示させていた。その知らせを聞いたロックはバイクのスピードを徐々に落としていき、左の歩道に寄せると右足を高く上げてから降りた。


「うーわ、カッコイイ降り方」


 明らかな嘘を吐いたイアは大人しく、椅子から離れるような軽い動きで降りていた。彼女は灰色のホットパンツを履いており、膝上ほどまでの丈があるニーソックスも着用している。


「悪かったな嘘つき!」


 ロックはそれ以上の返答はしなかった。イアが無事にバイクから降りた事を確認すると、黒いズボンの右ポケットから灰色の小さい棒状の物体。板ガムのパッケージほどのサイズをしたカプセルを取り出した。それがバイクに向けられた途端、粒子となったように吸い込まれていく。数秒ほどでバイクはカプセルに完全に収まった。


「ありがとな、【ROCKING’OUT】」


 ロックはカプセルに口を近づけ囁いた。【ROCKING’OUT】と名前が付いたバイクは彼の『人形ドール』である。


「やっぱりロックの人形ドール、羨ましいな~……嫉妬しちゃう」


 単に性能の問題か、はたまた近くで囁かれた事に嫉妬したのか分からない程度の表情を出したイア。しかしロックはそんな彼女にも振り回されてはいなかった。


「はいはい後で同じように近くで名前呼んでやるからよ、耳元で叫んで鼓膜ぶっ壊してやる」



 *



 それからもおちょくり合う発言が続いていたが、直接的な暴言や罵倒は全く出なかった。それは彼らが幼なじみであり、恋人同士でもあったから。お互いがお互いを支え合い、信じ合ってきた成果は出ている。


「エネルギー補給ゥ!」


 いつの間にか目的地には辿り着いており、補給ボックスに駆け寄ったロックは勢いよくカバーを開きカプセルをセットした。かつてガソリンスタンドとして機能していた施設は、今となっては人形ドールのエネルギーを補給する場所へと変貌を遂げている。



 20年前のある日、世界政府総長の娘に突然『人形の白』という不可思議な力が謎の人物によって授けられた。謎の人物の名前は“イシバシ”と噂されている。

 当時5歳だったその娘は力の制御なんてものは到底なし得ず、当時生きていた人間、その後に産まれた人間関係なく、全ての人類に平等に『人形ドール』が取り憑く結果となった。取り憑いたとは言っても悪霊のように害を与えることはなく、基本的には持ち主の思いのままに動き従う。

 人形ドールは十二の色で区別されている。黄、赤、青、水、緑、黄緑、紫、茶、ベージュ、オレンジ、ピンク、灰だ。

 更にそれぞれ固有の特殊能力を持ち合わせており、【ROCKING’OUT】は“バイクとして走行できる”能力といった具合。形状と特殊能力は総長の娘の知識、経験、願望が元になっている。

 しかし『人形ドール』を動かすにもエネルギーが必要で、廃業寸前だったガソリンスタンドが食いついた。現在車は殆ど利用されておらず、機動力に優れる人形ドールまでにもなっていた。



「……ほんと、ありがとねロック」


【ROCKING’OUT】のエネルギー補充中の静寂を破ったのはイアだった。彼女の青い目は下を向いており、後悔も混じっている様。


「私と、一緒にいてくれて」

「……いきなりなんだよ?」


 普段とは見せる態度が違う彼女に戸惑い、それを隠すようにロックは、ボックスの中にあるカプセルを見つめながら言った。


「私は、詐欺で全てを失った。家も、家族も。でもロックの家に引き取ってもらって……おかげで、こうして生きていられるんだからさ、言ったの」


 唐突、尚且つ今更すぎる感謝にロックも動揺してしまっていた。彼は持ち前の優しさを遺憾無く発揮する事しかできない。


「イアはただの被害者。まだ小学生の頃だろ? 詐欺なんて絶対分かんないって。礼なんて必要ない。窮屈な世界でも、生きる場所は平等にあるべきなんだよ」

「あ……うん、そうだよね。ただの、被害者」


 ロックは励ましの言葉を送ったものの、やはりイアの様子に疑問を持ち続けてしまっていた。

 彼女はどんな時でも軽い嘘をつく。しかしどれもの範囲内であり、人を過度に傷つける嘘は無かった。

 対してロックは幼少期の頃から『優しい』とは言われ続けていたものの、それはであり、無理に褒めどころを探す大人達が植え付けた印象。しかしロックはそれを疑う事なく信じ行動し続け現実のものとし、嘘のない本物の『優しさ』へと昇華させていた。



 *



「補給完了ぉ……」


 エネルギーは満杯になったがロックのテンションは下がりきっていた。ボックスからカプセルを取り出し、ポケットに戻した後にやっとイアの方に振り向けた。


「さっさと行こうぜ?」


 これもロックの優しさだった。無闇に他人の事情には首を突っ込まず様子を見てから、自身がやれる事をやる。見極めてからロックは行動する性格だ。


「あ、うん。…………ちょっと待って。話し声聞こえない?」


 少し悲しげな声色のイアは、近くに他の人間が居る事を小声で伝えた。同調し口を閉じたロックも耳を澄まし、彼も何者かの話し声を確認できた。


『……あ…………っちはどうだい? こ………だ』

「……嘘じゃないみたいだけど、別におかしくはないだろ。朝の散歩を日課にしてる人かもしれないし」


 しかしロックも小声になっており、イアと同じく警戒している事は明らか。彼は声が聞こえる背後に顔を向けると、警戒の意識は更に強くなってしまう結果となる。


「あそこから……?」


 彼の目に映ったのは使われなくなった廃工場。錆び付いたタンクや配管は、早朝の太陽に照らされ不気味に光っていた。今にも崩壊寸前と見て取れる煙突まである。


「散歩してるんだったらあんな所に行くのはおかしいし、危ないでしょ。だから……注意しに行こうよ。『優しい』が取り柄のロックさ〜ん?」


 イアはロックのそばまで歩き、彼の右肩に左手を乗せた。顔も近づけ、ロックの選択肢を順調に潰していく。



 *



 根負けしてしまったロックは渋々廃工場へと足を踏み入れる事となった。不法侵入となってしまわないか心配はしていたが、イアが調べた限りでは所有者や責任者の情報は出てこなかったため、入っても犯罪行為にはならないと丸め込まれた。


「もう声は聞こえない……ここにはいないのか?」


 ロックの願望が篭った発言だったが、直後に彼は裏切られる事となる。天井は大きな穴が空いており、既に壊れかけだった骨組みの鉄骨がバランスを崩し、ロックの頭上へと襲いかかった。


「危ない……! お願い【LIAR】! ロックを助けて!」


 イアがホットパンツの左ポケットからカプセルを取り出し、名を叫んだ瞬間。現れた人形ドールは鉄骨に右ストレートを直撃させた。大きく激しい金属音が響いたものの、鉄骨は吹き飛び廃工場の床に擦り付けるだけで済んだ。


「うおっ……。ありがとなイア、まさかこんなタイミングで丁度よく落ちてくるなんて」


 イアの人形ドールである【LIAR】は、人間の骨に竜巻状の緑色をした鎧が巻きついているような姿だ。竜巻の鎧とは言っても中身の骨は所々見えており、防御面には期待できない印象。

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