おっさん執事の苦労

 ————果たし状。



 セブンスの家へと走り抜けた俺たちに向かって、留守番役だったニツーさんがやけにいいタイミングでそうでかでかと書かれた一枚の書状を寄越して来た。


「何ですかいこれは」

「村長様が本気だと言う証でございます。もし応じずに逃げて来た場合にはこれをユーイチ殿に渡しておけと」


 果たし状だなんて、それこそ殺し合いの予告じゃねえか。ったくよ、なんてえ物騒なもんを持って来たんだ。




 ————翌朝、村の大広間に来い。東のペルエ市にてその名高きパラディンの前でその剣舞を見せてみよ、逃げ出す事は許さぬ。




 ペルエ市ってのは、この村にいろいろな飾りとかを運んで来る都市じゃねえか。お城こそねえけど、立派な大都会でありセブンスに取っちゃ未知の町だろう。もちろん俺にとってもそれは同じであり、おそらくファンタジー世界ってのはこんなんなんだろうなって改めて教えてくれるそれになりそうだ。


「ニツーさん、そのパラディンってのは」

「相当な腕利きでございます、と村長様やデーン様は申し上げておりますが」

「雇ったのかよ、ったくたかがこんな要件のために」


 ぼっちの俺でも、んな事をしてセブンスがデーン親子になつくわきゃねえだとって事ぐらいはわかる。わかるはずなのによ……。って言うか寝起きみてえな顔してるな。


「あんたも大変だな」

「デーン様はそれほどまで必死なのです、本気なのです」

「そう言われましても」

「ぶしつけながら、私は……ああ申し訳ございませんが、ついユーイチ殿のベッドで……」


 おっさんとなんで同じベッドで、って言うか何やってんだよ、まあ別にいいけど、なんでまたここで寝る必要が……


「もしかして寝ると魔力って回復するんですか」

「まあ、そうですな……はい、私はあくまでもデーン様の執事ですので……」

「女の家を覗こうとするかね」

「ご安心を、私の魔法はやましい事には、どうかご安心を……」


 生命探知の魔法を使って夜逃げしねえか確かめようって事かい、いや本当に大変な仕事だね、大人ってのは本当につらくて大変だね。


「なあセブンス」

「逃げませんから、この戦いが終わるまでは」


 終わったら逃げるんだろうな、本格的に。もうそういう決意が固まってるだなんて、俺にはやっぱり真似できねえな。まじですげえよセブンス。


 そんなわけでとにかくパラディン様とやらの事を隅っこに追いやり、俺達は飯を食いながら荷造りを始めた。あれは要るあれは要らないで話をまとめ、ついでに非常食になりそうなもんも仲良く作った。


「うらやましい事ですな……ああデーン様も」

「静かにしてくれ、逃げやしねえよ。今晩はな」

「ペルエ市ってのはここからどんだけあるんだい」

「馬車ならば半日です」

「俺は馬車の速さってのはよくわからねえんだよ。でもまあ三日か四日ってとこかな。って言うかさ」

「大丈夫ですよ、お父さんもお母さんも守ってくれますから」


 旅立ちの準備に思いを膨らませるだなんて、遠足前日の小学生かよ。まあ俺も楽しみではあるけどな。


「言っとくけど墓石に手を出したらどうなってるかわかってるだろうな、この世界でも死者を冒とくしたらえらい目に遭うのは同じだろう!?」

「おおこわいこわい、まったくその通りでございますから!二人ともごゆっくりお休みくださいませ……」


 っつーかオッサン、いつまで起きてるつもりだよ!だから今夜は逃げねえって言ってるだろ、今夜は!っつーかしれっと会話に混ざるんじゃねえ!



 面倒くさくなった俺がおっさんが寝てたベッドに潜り込もうとすると、セブンスはまた不意打ちで俺の頬を奪いに来た。

 まったく命のやり取りに慣れてもこれには慣れないぜ、マジでセブンスってすげえな。


「ねえ……ユーイチさん……」

「何だよ……」

「できれば一緒に……」

「了解、了解……」


 って言うかなんで俺のベッドに入り込もうとするんだか、もういろいろ面倒くさくなって蛍光灯よりもずっと暗い明りを消して目を閉じると、セブンスがその体を忍ばせて来た。ああ、こいつのために明日は頑張らなきゃいけねえなと思いながら、俺は考えるのをやめた。




 それで翌朝、俺は言葉通りに大広間に来てやることにした。

 ……寝不足のおっさん共々。


 ニツーのおっさんはどうやら、一晩中寝ずに探知魔法を使って俺らの動向を監視してたらしい。


「あんたも案外疑り深いんだな……」

「それはぁ、その、やはりどうしてもデーン様を……」

「給料上げてもらえ!」


 俺が大声で怒鳴ると、おっさんは急に元気になった。現金目当てかと思いきや、デーン様目当てなんだろうな、ああ大したもんだよ本当。




「来たなユーイチ……」


 それで村の大広間にたどり着いた俺が見ちゃったのは、とんでもねえ大舞台とその真ん中でふんぞり返っているデーン。そんで多数の観客。

 完全にタイマンの舞台じゃねえか……。


「今日こそおまえを倒し、セブンスを俺らのものにする!」

「セブンスはいつから勝負の道具になったんだ……?」


 俺がやれやれと思いながらこのイキったおぼっちゃんの待つグラウンドに入ると、デーンはわかりやすいぐらいの笑顔になった。


 そして俺の姿を見るや、デーンは剣を抜いて見せる。

 相変わらず鋭そうな構えをしてやがる。それでも当たるかどうかは別問題だ、って言うか俺だってなぜ避けられてるのかわからねえのに。



「あのさ、言っとくけど俺ひと月も一緒にいて何べんも手合わせしてさ、お前の攻撃いっぺんも当たってねえじゃん。そんな相手に」

「黙れ!そんなおごり高ぶりがいつまでも通用すると思うなよ!」

「確かにその通りだな、まあセブンスのためにも本気で」

「おい、この村は平穏だけど世間はいろいろ大変でな、お前とセブンスがどうしてもこっから出て行くって言うんならと思ってさ、俺は今回助っ人を呼んだんだよ」

「やめてくれよ、俺はお前にすら勝てる自信ねえのに。って言うかセブンスは」

「あーはいはい黙る黙る。さっそく、そのお方様にご登場願うと致しますか!」




 こんな円形の競技場に一体誰が入って来るのかと少しだけ興味を持ちながらなんとなく構えた俺の目線の右端に、そのお方様はやって来た。



 で、俺らを取り囲んでた観衆の皆様からざわめきが起こった。



 何この、白い装束にフルフェイスの仮面、そしてすごく斬れそうな剣。ついでに、ずっと乗ってた一頭の馬。



 本当、全てが様になってた。まあ、一緒に座ってた聖職者様は不安そうに震えてたけど。


「あのさ、セブンスを勝ち取りたきゃ」

「それができねえからこうして来てもらったんだよ、この素晴らしいパラディン様に」



 デーンはすっかり勝った気になってる、って言うかこうもあからさまに人頼みを宣言して恥ずかしくないのかね。まあセブンスだって人頼みだったけど、それでもあそこまでするぐらいには本気だったんだよ。

 こいつは完璧そのパラディン様頼みじゃねえか……。



「…………」


 パラディン様は無言のまま、深々と頭を下げる。俺もつられて頭を下げる。

 そして俺に向かって利き手らしき右手を差し出す。俺も差し出した。



「何やってるんだ」

「立礼と握手だよ。見れば分かるだろ」

「ったくまあ、なーに虚勢張ってんだか……」



 俺らの世界の礼儀が通じる相手だとわかって、少しホッとした。この村に来て当然のように頭を下げまくってた際には少しいぶかしがられたからな。ましてやデーンなんて村長様の息子とは言えまったくそんな事しねえし。参っちまうよね。



 そして立会人として、聖職者らしき男がいる。


 どうやらパラディンと同じ、ペルエ市から来た奴らしい。少し口を抑えながら、頭に大きな帽子とベールみたいなのを付けて素顔をきっちり隠してる。


「それじゃあ、行くか」


 俺の言葉に応えるように、パラディン様も剣を抜いた。



 長い剣だな。そして————速い!

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