Chap.6 Nana’s memory.761 14th July 1861
「ナナ、何か欲しいものはあるか?」
「欲しいものですか?」
「ああ、そろそろここに来てから二年だろう。祝いをしないといけないと思ってな」
一年目の時は博士とベリンダ様にごちそうをプレゼントしてくださいました。それはとても楽しいパーティでしたが、どこか居心地が悪うございました。
「ナナは
「そういうわけにはいかない。お前のおかげでこの家は劇的に綺麗になった。偏りがちな食生活も改善され、体調もいい。助かっている」
「しかし、お給料もいただいているのです」
「小遣い程度だ」
「ですが――」
「なら頼もう。俺は祝いがしたい。お前の欲しいものを教えろ」
博士は威張りながらそうおっしゃります。こういうのをしたり顔というのだとベリンダ様に教えていただきました。
ですが、これは博士の命令ではなく、私への気遣いです。申し訳なさが湧き上がりますが、やはり、嬉しいという感情を検知せざるを得ません。
「ありがとうございます」
「ああ、しばらく猶予を与えよう。適当に考えろ」
心臓のあたりとてもが温かい。
これが喜びだということはこの二年で博士とベリンダ様に教えていただきした。目には見えないのに宝石のようだと思います。大切にしたいです。
夕食を準備します。
ホワイトソースを魚介類に絡めます。歯車が止まる音が、蒸気調理器余熱の終了を報告します。
博士がキッチンに顔を出されます。
「今日の夕食はフィッシュ・パイか」
「はい。魚屋さんでよいものを譲っていただきましたので」
「それは楽しみだ」
博士が食卓の準備を始められます。
メイドである私にすべてお任せしてくれればよいのに、それは俺の信条に反するといって聞いてくださりません。性質として頑固なところがおありです。
食卓に並んだ料理を見て博士はいつもながらの言葉を下さります。
「ありがとう、ナナ」
「とんでもありません」
「では、いただこうか」
博士が
今日の話題が流れていきます。政治や地方の事件の話の中に、行楽情報が挟み込まれます。
映ったのは鉄と鋼でできた遊具の園。
「これは……」
「遊園地というものだな。小説で読んだことはあるだろう?」
私は頷きます。
博士が感情の勉強をするのならと渡してくださる児童書にありました。まるで夢の国のようだと。
食事も忘れて幻影投影箱を見つめてしまいます。博士が首を傾げるのが視界の端で見えました。
「興味があるのか?」
「はい、とても興味深いです」
「それはいいことだ。遊園地は面白いぞ。人類進歩の結晶といってもいい。鎖、歯車、蒸気。すべてを総動員させ、子供を喜ばせる。いや、子供だけではない。大人も夢中になるのだ」
「博士、私、ここに行きたいです」
「は?」
博士が調子の外れた声を上げられます。
「遊園地に行きたいのか」
「はい。欲しいものはこれではいけませんか?」
私の問いになぜか博士の頬が引きつりました。
「どうしても、行きたいか?」
「大変興味をそそられます」
博士は頭を押さえられます。
「そうだな。俺とではなくベリンダと行くのはどうだ?」
「博士は来られないのですか?」
「まあ、そうなるな」
ベリンダ様とともに行くのはとても楽しいことだと思います。ですが、博士も一緒に来ていただきたい。
しかし、わがままを言うわけにはいきません。
「わかり、ました」
「待て待て、そんな顔をするな。わかった、俺も行くから」
「よいのですか!」
声が大きくなります。原因は不明。ですが、今は疑問より喜びの感情が勝っています。
博士の顔に苦笑を検知します。
「もちろんだ。一度言ったことは覆さない」
「ありがとうございます」
そう言うと、博士は目を見開きました。
「お前は本当に人間のような表情をするな」
「そうでしょうか」
「ああ。出来のいい人造人間だ」
博士はどこか悔しそうにおっしゃりました。褒められている。嬉しいはずなのに。
博士にとって私は人造人間でしかないのです。
「ナナ?」
博士の声に我に返ります。
「なんでもありません」
どうして、私は悲しみを覚えたのでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます